#23-2:描かれた分水嶺
わたしは反乱する
二〇九八年十一月――。秋は足早に過ぎ去りつつあり、間もなく初雪が観測される頃合いだった。気温も下がり、コートなしには外出もままならない。夏の星座たちはすっかり消え去り、オリオン座が南天に輝き始める時期である。
イザベラは、レオノール以外のV級たちを密やかにレベッカ邸に集めていた。つまり、エディタ、クララ、テレサ、ハンナ、ロラ、パトリシアの六名である。リビングにはレベッカとマリアの姿もあった。
「わたしはこれから一つの重大な宣言をする」
鋭利な緊張感を纏ったV級の六名が、一斉にイザベラを見た。彼女らの前にはジュースが置かれていたが、誰一人として口を付けた形跡はなかった。
「聞いてしまったら、きみたちの選択肢は四つになる。わたしを逮捕するか。殺すか。従うか。従わないか。そのくらいの重大な事案だ」
ソファに座って硬直している六名の少女たちを見下ろして、イザベラは腰に手を当てた。いつものようにサレットを着けているので、その表情はよくわからない。マリアとレベッカはドアを塞ぐように並んで立っていた。物々しい雰囲気であることは一目瞭然である。
「よって、きみたちには退席する権利がある」
「ネーミア提督」
エディタが右手を上げた。イザベラは黙って頷く。
「その宣言というのは、ヤーグベルテを利するものではない、ということですか」
「一時的にはそうだ」
「一時的に……?」
エディタは眉根を寄せた。イザベラは口元をニヤリと歪める。
「長期的な観点に立てば、わたしの
イザベラの言葉に六名のV級は一様に曇った表情を見せた。イザベラが何を語らんとしているのか、
「これからお話される件は、アーメリング提督は」
「もちろん聞いています」
レベッカは即答した。それを受けて、エディタは頷いた。
「ならば私は聞きます」
「僕も」
クララがすぐにそれに倣った。
「提督が熟慮したことであるなら、どんなものであっても僕たちには意味がある。だから聞く必要があると僕は思う」
「同意します」
テレサも頷いた。第一期のV級三名は、早々に残ることを決めた。次に手を挙げたのは三期のロラだった。
「あたしも聞きますよ。聞かなかったらきっと後悔すると思う、あたしは」
「私も同意します」
ロラの親友でもあるパトリシアが頷きながら言った。最後の一人、ハンナは未だ迷っている様子である。隣に座っているエディタがハンナの肘あたりを軽く叩く。
「どうするんだ、ハンナ」
「不安は、あります。正直に言って」
ハンナは目を伏せながら
「歴史上、提督の、そのような考え方がなかったわけではありません。その判断が、行為が正しいか否かは、歴史が決めます。そして歴史とは、往々にして勝者が創るものです。残された者は、立会人となり、正しい歴史が創られるのかを見届けなくてはならないと思っています。しかし」
ハンナは小さく息を吐く。
「私がその立会人になり得るのか。それは不安です」
「きみの言うことはもっともだな」
イザベラはソファに座り、腕と足を組んだ。
「それで、どうするんだ、ハンナ。立ち去ったとしても、誰もきみを責めたりはしないだろう」
「いえ」
ハンナは首を振る。
「私にもプライドはあります。私は臆病です。しかし、それでも
「なるほど、よかろう」
イザベラはまた頷いた。V級の歌姫たちが座りなおす。レベッカは俯き、マリアは毅然と顎を上げた。
「きみたちの無謀さに感謝する」
イザベラは咳払いの後にそう言った。
「わたしが語るまでもなく、わたしがこれから語る内容については、きみたちは理解していると思う。だから、端的に言おう」
一つ息を吸い、ゆっくりと吐く。
「わたしは、反乱する」
主語と動詞を一つずつ。たったのそれだけで、室内の空気が凍り付いた。誰もが指先一つ動かすことのできない空気に取り巻かれ、やがて息苦しささえ覚え始める。親友や部下たちのその青白い顔を見て、イザベラは淡々と続けた。
「わたしに付くも自由。ベッキーに付くのもいいだろう。次の出撃で、わたしと共に行く者が反乱者となる」
「ちょ、ちょっと待ってください」
エディタがよろめきながら立ち上がった。
「それって、ネーミア提督とアーメリング提督の、どちらかを選べ。そういうことですか!?」
「その通りだ」
イザベラの至極あっさりとした肯定に、六人のヴォーカリストはざわめいた。五人の同僚を見回してから、エディタは険しい瞳でイザベラを見た。
「我々に殺し合えと――」
「その通りだ」
またも当然のように応じるイザベラ。エディタは中途半端に立ち上がった姿勢のまま硬直しながらも、なおも言い募る。
「ネーミア提督、あなたは……死ぬつもりなのですか」
「それは、どうかな?」
「歌姫たちを道連れに!?」
「そうなるだろう。まぁ、もっとも、わたし独りだけになるかもしれないけれど」
あまりにも澱みの無い言葉の群れに、エディタは脱力してソファに座り込んだ。その様子を見届けてから、イザベラは悠然と口にする。
「わたしが反乱したならば、ベッキーの第二艦隊が討伐隊として差し向けられるだろう。無論、他の手段がないからだ」
「それなら」
エディタが震える口調で言った。
「私たち全員で反旗を翻すという手段だってあるのでは」
「わたしは国を滅ぼしたいわけじゃない。むしろ逆だよ。わたしの反乱なんて、後世の教科書では一行で片付けられる程度の物に過ぎないんだ。でもね、その一行を刻むために、わたしは反乱するんだ。これは、ヤーグベルテに目を覚まさせるための儀式みたいなものなんだ」
「しかし、それは」
「言葉による啓蒙の時期は、もう終わったんだ」
イザベラは冷たい声で宣告した。
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