#22-2:闇の中の鼎談

カオス⇔システム

 あらあら――。


 バルムンクの闇の中から、アトラク=ナクアはカティを見ていた。アトラク=ナクアの傍らには、ツァトゥグァと、ジョルジュ・ベルリオーズが佇んでいる。


 アトラク=ナクアは言う。


「あなたの思い通りに事態は動いているようだけれど。それにしても、あの子にディーヴァ因子を仕組んでいるなんて」

「ふふ、あの子はミスティルテインになる予定だったんだ。その時の名残さ。今やあの子はエキドナ。さ」


 アトラク=ナクアとベルリオーズは、戸惑うカティの様子を可笑しそうに眺めている。その中で、ツァトゥグァだけは怪訝な表情を浮かべている。ツァトゥグァは豪奢な金髪を揺らしながら尋ねる。


「でもそれは、あたしたちを利することになるのではなくて?」

「君たちを利する事になろうが、邪魔することになろうが。僕には関心がないんだ、そんなことには。僕は僕の理想のもと、そうなるべき方向へと導いているだけだ。僕の目指すところに辿り着くのであれば、その過程なんてどうだって良い」

「……わからないわね」


 ツァトゥグァは首を振った。


「エキドナのセイレネスが発動アトラクトし、他のセイレネスと衝突することで――」

「セラフの卵は飛躍的な速度で伝播する」

「……!」


 ツァトゥグァは思わずベルリオーズの顔を睨んだ。


「まさかさっき……!」

「ふふふ、そうさ」


 ツァトゥグァの問いに対し、ベルリオーズは微笑んで肯定する。


「ほんのちょっとだけ、カティ・メラルティンの因子を刺激したのさ。エキドナを通じてね」

「それで卵が孵化したと」

「そういうこと」


 ベルリオーズは愉快そうに頷く。


「二十年以上温めてもらっていた卵だからね。そりゃ、相応の成果がないと困るよ」

「直接的に手を下すのは、反則ではなくて?」

「別にムキになるようなことでもないんじゃない?」


 アトラク=ナクアが挑発的に言う。


「だって、この人のこの行為おこないによって、とがびとは増えて、地に満ちる。そして論理と物理は、ますます接近する」

「そういう副産物もあるだろうね」


 ベルリオーズは微笑を浮かべたまま、アトラク=ナクアの言葉を肯定する。


「今の君たちは、を介さねば、僕たちには干渉できない。論理と物理が完全に融合すれば、ゲートは意味を持たなくなるだろう。君たちの思惑通りにね」

「では」


 ツァトゥグァは眉を顰める。


「あなたの求める未来は、いったい何なの」

「僕はね、破壊者ロキなんかにはなりたくないのさ」

「それでは、あなたの行為と、行為の結果は矛盾する」

「矛盾なんてしやしないさ。君たちは僕たちに直接的に干渉できるようになるだろう? 僕はね、その逆を可能にするんだ」

「まさか。人間風情にそんなことができるハズがないわ」


 ツァトゥグァは冷笑を見せたが、ベルリオーズは変わらぬ微笑を浮かべている。


「だそうだけれど、アトラク=ナクア。君の見解はどうなんだい?」

「そうね」


 アトラク=ナクアは軽く腕を組み、頭上の方を見上げる仕草を見せた。


「可能性のない話ではない。そう言っておこうかしら」

「そう、そういうことだよ」


 満足げに頷くベルリオーズ。そして続けた。その左目が赤く輝いている。


「僕はその方向に賭けているのさ。君たちが与えてくれたこのジークフリートは、もはや君たちにも全貌が把握できるようなものではないのさ」

「でもあなた、その意味わかってるの?」


 アトラク=ナクアは氷の微笑を見せつつ尋ねる。闇の中で、その銀髪が揺蕩たゆたっている。


「あなたは、あたしたち混沌カオス――神とでも悪魔とでも言えばいいけれど、そんなものたちへのアクセスを試みようとしているのよ?」

「僕がいるアスペクトと、君たちのアスペクト。別に非対称アシンメトリというわけじゃない。それにね、たとえ僕が賭けに負けたって、どうってことはないのさ。ツァラトゥストラの環に今一度戻るだけ。君風に言えば、ティルヴィングが回収されるだけだ。何事もなかったかのようにね」


 ベルリオーズは肩を竦めつつ言った。アトラク=ナクアはふわりと腕を組む。


「でもね、あなたは賭けに勝たない。その前に私はあなたの目を奪い、墓穴に突き落とすのですから」

「ははは、怖いことを言うね、メフィストフェレス。でもね、残念ながらそれは無理な論理だよ。僕が賭けに勝つことが確定した段階で、僕はもう賭けに勝っている」


 ベルリオーズは左目を赤く燃え上がらせながら、アトラク=ナクアと見つめ合う。二人の表情はまるで極北の湖面のように静謐で、一つの波紋すら許さない。


「どうだい、それでも僕をまだ自由にするのかい?」

「今はまだエンターテインメントの域から出ていませんわ」


 ふふふ、と、アトラク=ナクアは笑う。ベルリオーズは「そうかい」と幾分かつまらなさそうに言った。


「あたしは危機感を覚えていなくはないわ」


 ツァトゥグァが言った。


「でも、あのたちにも興味があるわ。何を思い、何を選択するのか。その結果、人がどう進化するのか」

「たいそうな物言いだけど」


 ベルリオーズが首を振る。


「僕はまだ、そこまで劇的なものは期待できないと思っているよ」

「良いのよ、興味があるだけだから。でも、あなたに勝たせるわけにはいかないというのは、アトラク=ナクアに同意よ」

「ふふふ、でも、そうであるのなら、僕が勝つ可能性が惹起じゃっきされたその瞬間に、僕という存在を抹消しなくちゃならなくなるけれど」


 ベルリオーズは口の端に鋭い笑みを乗せた。


「君たちはこの世界へのアクセス権を欲している。そうである以上、この僕を消すことが得策と言えるのかな、はたして」


 挑発とも言えるその言葉に、ツァトゥグァは無表情に反応する。


「あたしたち、混沌カオスの神を侮らない事ね」

「そう、ならば僕は、さしずめ秩序システムの神だ」


 ベルリオーズはまったくもって平静に、そう言い放った。ツァトゥグァはようやく微笑を見せる。


「それはまた、大きく出たわね。あなたのそのレメゲトンが、どこからもたらされたのか、考えるべきね」

「くだらない起源説を論じるより、そこに在る事物を如何に使うかを考える方が建設的だよ、ツァトゥグァ」


 冷笑と共にベルリオーズはそう言い、金と銀の揺らぎに背を向けた。


「さぁて、僕のいた種は、どうなるかな」

「実りを迎えたのなら、刈り取られるだけよ」


 ツァトゥグァの揶揄するような声に、ベルリオーズは姿を消しながら応じた。


「一粒の麦、もし地に落ちて死なずば、ただ一つにてあらん。死なば多くの実を結ぶべし――だよ」

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