アタシが……!?

 エキドナでの着艦も無難に終えた。だが、艦上に降り立った時の疲労感は、ついぞ感じたことのない程にひどいものだった。水の中にでもいるのではないかというくらいに身体は重く、音はひずんで聞こえた。今すぐベッドに倒れ込みたいというくらいに、脳が疲弊していた。


「おっつかれさまでっす、隊長!」


 艦橋で待ち構えていたエリオット中佐が、ミネラルウォーターのボトルを手渡してくる。


「ものっそい疲れた顔してますよ。美人がダイナシだ」

「からかうなよ」


 カティは苦笑して、ボトルに口を付ける。冷えた液体が、どんよりと濁った身体の中を浄化していくような、そんな感じがした。


「水がこんなに美味いと思ったのは初めてだ」

「俺の愛情がたっぷりこもってますから」

「気持ち悪いこと言うな」


 いつもの軽口に付き合いながら、カティは自席の端末を起動する。そこには様々なレポートが送られてきていたが、急を要するものはなさそうだった。エキドナの戦闘データが送られてきていたので、何となく開いて眺める。システムログがひたすら並ぶ不愛想なレポートである。


「どうっすか、アレのセイレネスは」

「どうっていうか」


 カティは真っ赤な髪を掻き回す。


 ん? なんでアレがセイレネス搭載機だって知られてるんだ?


「ああ、やっぱりっすか。カメラ映像見てたんですけどね、ちょっとあり得ない防御能力と攻撃力があったじゃないっすか。だからそうじゃねーかなって」


 なるほど。カティは納得する。それもそうだ、データリンクされた機体の戦闘中の映像は、リビュエにいれば誰でも簡単に見ることができる。


「アレは不気味だった。正直二度と起動したいと思えないくらいにね」

「そうっすかぁ」


 エリオットは頬を引っ掻く。そろそろ中年の域に達しているはずなのだが、その容姿はまだ三十歳前後と言われても納得してしまいそうなほど若々しい。カティと初めて出会った時と、ほとんど印象が変わらない。


「隊長、案外歌姫セイレーンかもしれないっすねぇ」

「まさか」


 カティは首を振る。


「アタシが歌姫セイレーンだと言うなら、世の中の女はみんな歌姫セイレーンってことになるだろ。アタシが歌姫とか、悪い冗談にしか聞こえない」

「でもさぁ、隊長」


 エリオットは、どこからともなく取り出した缶コーヒーに口を付けつつ言った。


「考えてみりゃぁ、歌姫様たちと一番長く接してるのは隊長っすよ? だったら何らかの影響があったっておかしくないじゃないっすか。俺たちだって、あのでいろいろ影響受けてるんでしょ? なんかの論文で読みましたよ」

「うーん……」


 カティはにぶっている思考能力を叱咤しつつ唸る。マリアもさっき、「ヤーグベルテ系の女性は、能力の多少があっても歌姫である」という仮説を教えてくれた。だとすると、生粋のヤーグベルテ人である自分にも、その能力があってもおかしくはない……気はする。


「確かに、セイレネスには脳に作用する何かがある。さっき聞いた歌姫のもそうだったみたいだし」


 おかげでだるすぎるし――カティは首に手を当てながら、また唸る。


「歌姫の断末魔? ああ、よく雑誌に出てる奴だ」

「聞いたことが?」

「まさか。誰が好き好んで、あんな可愛い子たちの悲鳴を聞きたがるんすか。俺はンなサイコパスたぁ違いますよ。俺たちの仕事は、断末魔なんて上げさせねぇことですからね、冗談じゃない」

「悪かったよ、そんなに怒るな」

「怒っちゃいませんけどね」


 エリオットは飄々とした態度のままだ。


「まー、アレです。話戻しますけど、隊長もセイレネスの適性調べてもらったらどーです? 案外ディーヴァだったりして」

「ありえないって」


 カティは苦笑する。もし自分にそんな力があったのなら、とっくに戦艦にでも乗せられていたはずだからだ。だが、もしそんな力があるというのなら、あいつらをもっと助けてやれるかもしれない。そんなふうにも思った。


「決めた」

「へ?」

「戻ったらブルクハルト中佐に依頼する。適性検査ってやつだ。アタシには知る権利がある」

「それもそーっすね。まぁ、何らかの力があるのは確定だと思いますけど」


 そこでエリオットは「ああ、そうだ」と手を打った。


「電話で聞いてみたらどーすか? あんなバカ高い機体にわざわざクソ高いセイレネスのシステムを突っ込んだんだ。何らかの前提ありきでしょ、普通に考えてさ」


 それもそうだとカティは納得する。あの機体、もしかしたら数十億ユニオンキャッシュ――イージス駆逐艦くらいの建造コストがかかっているのではないかとさえ思う。


「んじゃ、俺はちょっと休みます。あー、眠い眠い」


 エリオットは欠伸あくびをしながら艦橋から出て行った。カティはさっそく通信班にブルクハルトとの回線をつなげるように指示する。


『カティ、お疲れ様』


 メインスクリーンに、何らかの作業をしている様子のブルクハルトが映る。


「やっぱりまだ残ってましたか、教官」

『うん。エキドナの処女戦だからね。いろいろ確認したいデータがあってさ』


 その気さくさは昔のままだ。ブルクハルトはもう四十代に突入していた気がするのだが、趣味を仕事にしているおかげだろうか。その顔はとても若々しい。昔から今に至るまで、ブルクハルトはカティにとっては尊敬すべき技術者であったから、必然的に言葉も丁寧になる。


「教官、単刀直入に伺いますが――」

『君は歌姫セイレーンだよ』


 機先を制され、カティは思わずつんのめる。


「えっと……?」

『だから、歌姫でもない人に、セイレネス搭載戦闘機なんて普通、与える?』

「でも、アタシは歌姫の適性検査とかした覚えは――」

『さっきの戦闘が適性検査みたいなもんだよ』

「は、はい?」


 我ながら間抜けな反応だとカティは思いながらも、ブルクハルトの言っていることが理解できずに、必死に首を傾げる。


『君が歌姫であることはとっくに分かっていたのさ、技術本部ではね。だから、あの戦闘では、君の等級を調べさせてもらったんだ』


 ついていけずに、カティは無意識に腕を組んだ。掌が汗で湿っていた。


『恨み言なら第三課のアダムス大佐に言ってやってくれよ。エキドナ配備計画はアダムス大佐主導だったんだから』

「そうだったんですか」


 アダムスの野郎が。エディットが生きていたら、さぞ嫌な顔をしただろう。


『で、君の能力なんだけど、これまたフシギだね』

「ふしぎ?」

『揺らぎがすごいんだ。津波みたいな波形だよ』


 カティは腕を組み替える。


『起動前はクワイア級以下の反応しかないのに、発動後は時としてディーヴァ級レベルに達している』

「ディーヴァ!?」


 また、そんな冗談を……と、笑い飛ばそうとしたが、ブルクハルトは至って真面目な顔をしていた。そしてその表情のまま、ブルクハルトは淡々と言った。


『君はいわば、歌姫キラーかもしれない』

「えっ……」

『君の波長が最大に高まったのは、敵に歌姫……ええと、アーシュオン的にはショゴスだっけ。ともかく、セイレネスを使える者が現れた時なんだ。ナイトゴーントの時にもV級レベルに達している。そして君は、今までヴェーラやレベッカに大きな影響を与えてきた。……イザベラにもね』


 それは、そうだけど。カティは心の中で反論を用意しようとする。


『そこからして君は少し、いや、恐ろしく特異な存在なんだ。セイレネスを中心に考えた場合にはね。ま、この辺は僕の仮説の域から出ていないから、話半分でよろしく頼むよ』


 そこまで言って、ブルクハルトは少し考える。


『もっともね、僕の仮説は、こと、セイレネスに関しては、今の所全部当たっているんだけどね』

「ということは」

『ま、これが最初のハズレになるかもしれないし。それじゃ僕はまだまだ仕事があるから。君も今夜はしっかり休むと良いよ。疲れただろう』


 ブルクハルトはそう言って、ほとんど一方的に通信を切った。


 取り残される形になったカティは、呆然と座り込む。


 アタシが……歌姫だって? それも、ディーヴァ……?


 両方の掌を睨みつつ、カティは大きく息を吐いた。

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