#22:エキドナ

#22-1:駒は一つ進められる

エキドナの受領

 イザベラが人間弾頭を処理したあの戦いから三日後、寒風が吹き始めた時候、カティは新型機エキドナを受領するため、統合首都の空軍本部へとやってきた。


「って、マリアじゃないか」


 会議室にて誰が待っているのかと思えば、そこに座っていたのはマリアだった。マリアは「おひさしぶりです」と微笑んだ。


「新型機をリビュエまで持っていければ早かったんですけど、そうもいかない事情があって」

「それはいいんだけどさ。こっちでの書類仕事もいくらか溜まってるしね」

「そう言っていただけると助かります」


 マリアはまた頭を下げ、カティに椅子を勧めた。カティは素直にそれに従って、会議机の上にあるタブレット端末に指を触れた。すぐに空中投影ディスプレイが立ち上がり、机上に新型機の立体映像が映し出される。


「これが新型か」

「そうです、エキドナって言います。スキュラのデータをフィードバックして作られた、完全上位互換機です」

「へえ」


 カティは細々と表示されている情報を次々に頭に叩き込んでいく。マリアは目を細めてその様子を見つめる。


「この機体は、あのパウエル中佐にですら扱えません。カティ、あなただけしか動かせないようになっています」

「そりゃまた剛毅な。アタシ専用機に何億ユニオンキャッシュもかけたってことか?」

「あなたにはそれだけの実績がありますし……というのは建前で、本当のところは試作機なんですよ」

「だろうね」


 カティは小さく笑う。マリアもつられて微笑んだ。


「ところで、こいつにはオルペウスは実装されてるよな?」

「もちろん」


 マリアは少し胸を張る。


「従来のものとは性能が格段に違います。カティ専用にブルクハルト中佐が調整に調整を重ねたものですから」

「なるほどね」


 カティはあの飄々たる技術将校を思い浮かべる。しばらく会っていないが、きっと相変わらず政治とは無縁の世界で趣味のような仕事をしているのだろう。


「あと、これは機密事項のため、ホメロス社より開示を禁じられている情報ですが」

「ストップ。そりゃ言っちゃダメなヤツだろ」


 余計な情報とは関わり合いたくないというのが、カティの本音だ。だがマリアは「いいえ」と首を振った。その表情は怖いくらいに真面目だった。


「あなたにはお伝えしておく必要があると、この私が判断しました」

「そ、そうか。うん、で?」


 カティは「やれやれ」と首を回す。マリアは空中投影ディスプレイの中でゆっくりと回るエキドナの姿を見ながら、噛み締めるようにして言った。


「これには、セイレネスも搭載されています」

「セイ……って、え? は?」


 思わずおかしな声でカティは問い返した。マリアはニヤリとどこか悪い笑みを浮かべる。


「戦艦とは比較にならない、ごくごく低出力のものですが、まぎれもなくセイレネスです。機体そのものが、コア連結室になっています」

「クワイア級の物でも艦船に乗せるタイプだろ。まして戦闘機になんて――」

「イリアス計画。ご存知ですか?」

「いや」


 カティはいぶかし気に首を振る。


「簡単に言うと、セイレネスに関する設備の超小型化計画です。実際に、あの二隻の新型駆逐艦は、その計画の結晶として誕生したものです」

「ええと、アキレウスとパトロクロスだったっけ」

「そう、その二隻の制海掃討駆逐艦です。アルマとマリオンのふねですね」


 マリアはカティの前のタブレットを操作して、今度はアキレウスの黒い艦体を表示させた。カティは腕を組んで、横目でそれを見る。


「でも、なんで駆逐艦なんだ? ソリストには戦艦、せめて重巡級を与えた方がいいんじゃないのか?」

「あれはただの駆逐艦ではありませんから。ディーヴァ専用にチューニングされた、いわば、小型のセイレーンEM-AZです」

「ん?」


 カティは首を傾げた。


「ディーヴァ?」

「そうです。アルマとマリオンは、表向きはソリストですが、その実態はディーヴァです」

「なんだって? そりゃ、なんでまたソリストを名乗らせてるのさ」


 確かに空母を撃砕したあの一撃を見れば、イザベラやレベッカに匹敵すると言われても納得せざるを得ない。マリアはおどけたように肩を竦め、「政治の都合ですよ」と言葉を濁した。カティも同じように肩を竦めて見せ、「ならいいや」と返す。


「その辺の話はアタシにはよくわかんないから置いとくとして。セイレネスのシステムが小さくできるようになった、これはまぁいいよ。イリアス計画とか、そういうのもどうでもいい。でも、なんで? なんでアタシの機体に積んであるんだ?」

「航空機への搭載も、イリアス計画の内にあるから――」

「じゃなくてさ」


 カティは燃えるような赤毛を掻き回す。


「アタシは歌姫セイレーンなんかじゃないぞ?」


 カティはマリアの頭上あたりを見つめながら、顎に手をやった。一方で、マリアは涼しい顔をしてカティを見上げている。


「あなたは歌姫セイレーンではない。……誰がそう言ったんです?」

「は?」


 カティは首を傾げる。


「そりゃ、アタシが歌姫セイレーンではないなんて、誰も言わないけど。そんなはずないし」

「ええとですね、興味深い説がブルクハルト中佐から出されてるんですよ」

「ほう?」


 カティは空中投影ディスプレイに映し出されたままになっているアキレウスに視線を送る。真っ黒い、見るからに異物感のある駆逐艦だ。次世代艦船だと言われればそうなのだろう。どことなく、セイレーンEM-AZやウラニアに似てもいる。


「ブルクハルト中佐曰く、ヤーグベルテ系の女性の多くに、能力の多少はあっても歌姫の素養がある……とのことです」

「アタシは骨の髄からヤーグベルテ人だけど、さ」


 そう応じるカティは、まだ九割方疑いの目である。マリアは世間話をするかのように気楽な声で言う。


「ヤーグベルテの血は、今や世界各地に散っています。その血が、歌姫発現の鍵となっている可能性があるんだそうです」

「ほほう?」

「私たちはそれを仮に、レメゲトン現象と呼んでいるのですが」

「レメ……なんだって?」

「レメゲトン」


 マリアは咳ばらいをして言い直した。


「原典を辿れば、それは悪魔を呼び出すための手順書のようなものです」

「はははっ」


 悪趣味なネーミングセンスに、カティは思わず笑った。


「それでアレか。アタシにセイレネスを使わせてみたらどうかって話になったってわけか」

「あなたはヤーグベルテ……いえ、世界一の飛行士パイロットです。あなたこそが本実験に適任であると、ホメロス社は判断しました。スキュラで頂いた多くのデータの検証結果からも、それは合理的判断だと言う事ができます」

「なるほど」


 カティは顎を撫でつつ頷いた。


「ま、そういうことなら。空戦の邪魔はしないんだろうな?」

「それは大丈夫です。操縦系は完全にスキュラと一致させてありますし。カティならたぶん、五時間も模擬空戦をすれば十分慣れると思います」

「そうか。ならよし」


 カティは再びタブレットを操作して、新型機エキドナの姿を表示させた。流線型のフォルムに巨大な可変翼。機首から槍のように突き出しているのはPPC粒子ビーム砲か何かだろうか。


「で、搭載しているセイレネスは? どう使えばいいんだ?」

「ああ、いえ」


 マリアはタブレットを何度かタップして、その解説ドキュメントを表示させた。カティは素早く黙読し、「ふむ」と頷く。


「コックピットがコアウェポン連結室を兼ねているから、自律的に起動、必要に応じて発動……って、ずいぶん都合の良いシステムだな」

「ええ、そんなものです。エキドナのセイレネスはあくまでオルペウスの補助機能なので。セイレーンEM-AZのような完全論理戦闘能力までは有していませんし、物理実体への干渉能力もありません。純粋に戦闘能力を向上させるためのシステム――そう考えて頂いて構わないです」

「なんかチートっぽいな」


 カティは唇を尖らせつつマリアを半眼で見た。マリアは「そうでしょうか?」と首を傾げてみせた。


「でもこれで、エキドナはを得ます」

「セイレネスへの攻撃能力……?」

「ええ。ナイアーラトテップやインスマウスと互角に戦えるようになる……ホメロス社の技術部はそう言っています」

「そうか。それはいいな」


 ナイトゴーントには今さら苦戦はしない。だが、ナイアーラトテップシリーズには未だ戦闘機では歯が立たなかったし、インスマウスが出てきたとあっては一目散に逃げる以外に手がないのは事実だった。


 二人は席を立ち、エキドナの待つ格納庫へと移動する。その途上、マリアはハーディとの日々の丁々発止を面白おかしく語り、カティは久しぶりに声を立てて笑ったりもした。


 格納庫の扉をくぐったその直後、カティは思わずのけぞって固まった。まるで「待っていたぞ」と言わんばかりに、真紅の巨大な機体が傲然と構えていたからだ。


「お、大きいな、これは」


 スキュラも大型だったが、エキドナはそれをさらに一回り大きくしたような機体だった。隣で整備されているF108パエトーンと比較して、全長・全幅共に約1.5倍もの大きさがある。各所の大型姿勢制御噴射器スラスター、翼の付け根上部に固定装備された巨大な二門の五十七ミリ速射砲は、およそ戦闘機とは思えない重武装だ。そして何より、機首から長く張り出している砲が気になった。


「これはPPC粒子ビーム砲か? 電磁誘導砲レールキャノンか?」

「パルスレーザー砲です。試作品ですよ」

「レーザーだって!?」


 カティが驚くのも無理はない。レーザー兵器は実用化されて久しいが、戦闘機に乗せることは事実上不可能だった。艦船の防空設備としても一時期は取り入れられていたが、その消費電力と使用可能時間の短さ、そして膨大なメンテナンスコストを考慮した結果、現在は産廃扱いされている代物だった。


「スキュラにつけてた使い捨てのPPC、あれを何とか固定装備にできればと思ったのですが、技術部がどうしてもこれをつけたいと」

「レーザー復古の時代が来るとでも思ってるのかねぇ」


 カティはぽりぽりと頭を掻く。マリアは小さく肩を竦める。


「エネルギーの問題は、セイレネスが解決するだろうとかなんとか。正直、私も懐疑的なんですけどね」

「見た目は威圧感たっぷりで良いんだがなぁ」


 でも固定装備になってしまっている以上、もはや実戦未経験の段階では何を言っても無駄だろう。カティは腹をくくる。


「ともかく、こいつに乗って、うちの母艦に帰れば良いんだな?」

「そうです。空軍第一師団の戦闘機がエスコートします」

「要らない――とは、言ってはいけないんだろうな」

「政治の都合ですから」

「やれやれだ」


 カティは首をゴキリと鳴らしてから、大袈裟に溜息を吐いた。


「それじゃ、さっそく行くとしよう。マリア、空軍の方をよろしく」

「了解です。では、ご無事で」

「ありがとな」


 カティはさっそく機体に乗り込んだ。

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