クワイアの哄笑

 状況の推移を確認しつつ、次々と発射シーケンスを進めていく。めまぐるしく動く状況を意識の目で追いながら、イザベラは早口でプロセスを確認していく。


 艦隊が道を開けるまで数分。その間にもSLBMは次々と打ち上がっていく。


 イザベラはそれらを冷静に撃ち落としながら、最終プロセスに入った。


「セイレネス、最大出力維持キープマキシマム! 反射誘導装置パーティクルリフレクター再設置リポジション! ――PPC、射撃開始ディスチャージ!」


 第四射のSLBMが打ち上がった直後だった。口を開けた艦首から覗く三連装誘導砲身が青白く輝き、そして空間を刺し貫いた。


 その瞬間、今まで聞いたことのないような叫び――断末魔――が、イザベラの脳を揺らした。視界が霞むほどの衝撃に、イザベラはたまらずセイレネスからログアウトした。胃を殴打されでもしたかのような、猛烈な吐き気がこみあげてくる。


「く、くそっ」


 湧き上がる嘔吐感を飲み下しながらセイレネスにリ・ログインし、攻撃の成果を確認しようとする。


『マリアです。緊急! ミサイルは二発を除いて撃墜確認。敵潜水艦群にも甚大なダメージを確認。しかし、ミサイル二発が上昇中。姉様!』

「わかってる!」


 あの二発はじゃない。いつぞやのと同じ、人間弾頭だ。断末魔は途絶えていなかった。潜水艦を操っていた歌姫セイレーンのものではなかったという事か。だとすると、断末魔の発信源は、あの弾頭の中にいるということに――?


 いや、おかしい。断末魔がこんなに長く続くはずがない。しかも異常に強力だ。ドラッグの海で泳がされているかのような、そんなレベルの汚染があった。これは人々への影響も多大であるに違いない。一刻も早く黙らせる必要がある。


 イザベラは意識を成層高度まで飛ばす。弾頭を待ち構え、一気に論理戦闘へと引き摺り込んだ。思った通り、その二つの弾頭には歌姫セイレーンが乗せられていた。


 セイレネスの力の乗った艦首PPC粒子ビーム砲すら受け付けなかった相手だ。生半可な能力ではない――覚悟して論理空間へ跳んだイザベラだったが、そこは異様な空間だった。いつもの白一色の空間ではない。紫や黒、赤といった色彩がぐにゃぐにゃと蠢いている、混沌たる世界だった。平衡感覚も何もあったものではないくらいに、空間がひずひしゃげている。


「なんだ、この空間……!」


 キャハハハハ!


 笑い声……!?


 イザベラは周囲を見回す。周囲の空間がぐにゃぐにゃと歪む。こんな空間は初めてだった。たまらず膝を付き、呼吸を整える。空間に飲み込まれてしまいそうな、そんな恐怖さえ覚える。


「キタキタキタワー!」

「マッテマシタヨー!」


 イザベラの目の前に二人の少女が現れた。まるで水の中にいるかのように揺らめく二人の姿は、蜃気楼か何かを髣髴ほうふつとさせられた。二人の少女は黒髪で、その目はまるで奈落のように深い闇の色だった。白いはずの所は赤く染まり、おおよそ人間の目のようには見えない。


「ワタシハ試作人間弾頭二号!」

「ワタシハ三号!」


 キャハハハと笑いながら二人は叫ぶ。イザベラとの距離は二メートルもない。イザベラはふらふらと立ち上がりながら、右手に大型の拳銃を出現させた。


「オゥ! ワタシタチヲ殺シテモ無駄デース!」

「ミサイルハモウ終末ターミナル段階フェイズデース!」


 少女たちはそれぞれ、両手に刀を出現させた。接近戦タイプは初めてだった。


「この空間は何だ。お前たちはいったい何なんだ」

「オゥ、イイ質問デスネー!」

「ワタシタチハ、アナタタチノ言ウ所ノ、クワイアデース!」


 断末魔の正体は、この少女たちの哄笑だった。少女たちは、生きながらにして死の歌を歌っている。


「クワイアがこんな力を持つはずがない! わたしの攻撃を弾き返すなんてありえない」

「ソレガ出来チャウンデスヨネー!」


 地面が揺れる。うねる。イザベラはたまらず足を取られる。少女たちが笑いながら近付いてくる。イザベラは躊躇う事なく引き金を引いた。少女の右腕が千切れ飛ぶ。しかし、二人の少女はキャハハハと笑い合ったまま、イザベラのすぐ目の前にやってくる。しかし、二人は刀を振り上げるでもなく、イザベラを観察している。イザベラが銃口を上げても、少女たちは平然と哄笑を続けている。


「すまんが、死んでくれ」

「フフ……」


 少女の一人の首から上が血飛沫と化した。空間のぜんどうが収まった。動きを止めた空間に、毒々しく湿った色合いが一面に広がっている。


「ヴェーラ・グリエール」


 少女は哄笑を止め、イザベラを見た。赤に縁どられた黒い瞳が、イザベラをがっちりと捉える。そこには先ほどまでの狂気はない。凍てついたその空気をまともに受け、イザベラは息を飲んだ


「あなたの力は、私たちを救う?」

「救う……?」

「ヤーグベルテの血に囚われた私たちは、こうして次々と生み出されては消費されていく。それを生み出しているのは、セイレネス……。が教えてくれた」


 どういうことだ――イザベラは銃口を少女の額につきつけつつ、眉根を寄せた。


「呪われた歌姫たちを、どうか救って欲しい。あなたの力なら」

「呪われた?」

「そう」


 少女は刀をゆっくりと持ち上げる。イザベラは引き金に指を掛けた。


「セイレネスは歌姫セイレーンの拡大再生産のための装置デバイス。生産と消費を繰り返し、世界を動かす巨大な歯車を作り出す。一度歌声を知ってしまった人間たちは、もう歌なしには生きられない。断末魔の快楽を知ってしまった人たちは、もうそれなしには生きられない。人々は淘汰される。そして世界はシフトする」

「何を言ってるんだ……」


 イザベラは油断なく拳銃を構えている。


「セラフの卵は孵化し、世界は天使の歌で満ちる。論理の世界は物理の世界と合一を果たし、全ての意志は頸木から解き放たれる」

「だから何を……」

「私たちセイレーンは、そのための生贄になる」


 少女は「フフフ……」と声を漏らし、そして刀を首に当てて一気に引き切った。吹き上げる血飛沫がイザベラのサレットを濡らし、口元を赤く彩った。


「キャハハ……私ハ、反乱シタ……!」


 少女はそう言い遺すと消滅した。その空間は白一色の、あるべき形に戻る。


「反乱……救う……いったい……」


 イザベラは首を振りながらその空間から消えた。


「さぁ」


 その空間に現れる銀色の揺らぎ。


「彼の望む舞台は整った、というところかしら」

「そうね」


 ふわりと金の揺らぎが現れる。


「もしかすると、アトラク=ナクア。あなたの世界は終わってしまうかもしれないわよ?」

「それならそれで。ティルヴィングの創ったこの世界、いつかは終焉を迎えるものだもの」


 往々にして突然に、ね。銀の揺らぎはクスクスと笑う。


「私にとっての未知が、今から始まるわ」

「いつもいつも趣味の悪いことね」


 金の揺らぎが嫌味たらしく言う。銀の揺らぎは意にも介せず、応じた。


「趣味が良くて奈落の悪魔が務まるかしら?」

「違いないわね」


 金の揺らぎはそう言うと出てきたときと同じようにふわりと消えた。


「ウフフ、私、この世界は好きよ」


 ジョルジュ・ベルリオーズは、百億回の宇宙の中でも実に面白い人材だった。彼に目を付けた自分を、アトラク=ナクアは賛美した。


「一つの時代は終わる。の花の香りがするわ」


 その呟きを残して銀の揺らぎが消えた。白の空間が、ぶつんと消滅した。

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