#21:十死零生

#21-1:思惑のトリガーはもうとっくに引かれていたのだ

封鎖海域にて

 二〇九六年も十一月に差し掛かった頃だ。イザベラたちは訓練航海を終えると即座にアーシュオンとの中間海域へと取って返した。アルマたち新人は港に置いてきた。未だ足手まといになるからだ。


「レニー、索敵情報を」


 コア連結室の闇の中、イザベラは先行する戦艦ヒュペルノルへと通信する。


『通常艦隊一個、量産型が二隻います』

「哨戒艦隊か」

『そう思われます』


 なるほど。イザベラは意識をふわりと浮かび上がらせる。朝焼けに向けて突き進む戦艦セイレーンEM-AZと、その周辺十数キロに渡って展開する七十隻の艦艇群の完璧な隊伍は、一種荘厳な眺めですらあった。


「マリア、本隊を探したほうがいい?」

『そうですね』


 すぐに参謀部六課の方から返信がある。


『その哨戒艦隊は第六艦隊で引きつけます』

「M型いるけど、大丈夫?」

『囮として逃げ回ってもらうので、提督次第でしょう』

「提督頼みか」


 イザベラはそう呟くと、その哨戒艦隊を無視して突き進んだ。遠からず敵の本隊が発見されることだろう。ターゲットはそっちだ。その時、味方にすら現在位置を知らせない遊撃艦隊となった第七艦隊から論理回線での通信が入った。


『こちら第七艦隊、クロフォードだ』

「提督!? 久しぶりだね!」

『そうだな。だが挨拶は後だ。第七艦隊の位置を知らせる』


 そう言うなり、イザベラの視界の隅に第七艦隊の座標が表示された。至近距離――具体的には三時間もあれば辿り着ける場所だった。


「こんな近くにいたんだ。でもわたしもレニーも、全く検知できなかったよ!?」

『ヘスティアの隠蔽力ハイドは世界一だからな。ともかく、当海域に敵ミサイル潜水艦群を発見した。発見したまでは良かったのだが、今現在、マイノグーラと交戦中なんだ』

「なんだって!」


 イザベラは慌てて意識をその方向へ向けた。なんでこんな距離になるまで気付けなかったんだ――イザベラは舌打ちする。自分だけならまだ油断していたというのも考えられる。だが、レニーやクララ、テレサに至るまで気付けないというのは少し考えにくかった。


「提督、マイノグーラは何隻?」

『四隻だと思われるが、如何せんレーダーに映らないんでな』

「四隻!」


 イザベラは思わず声を上げる。そしてすぐにクララとテレサに先行するように指示を出す。C級の小型艦艇も一気にセイレーンEM-AZから離れて行く。この距離なら十分に増援が間に合うだろう。


「海域封鎖だ。それで見つけられなかったんだ」


 イザベラはその可能性に気が付いた。四隻のマイノグーラがいれば、不意打ちのコーラスで通常艦隊は半壊する。ヘスティアの特殊な隠蔽能力があったから、恐らくは相互に完全な遭遇戦となったのだろう。だが、それにしても通常艦隊に過ぎない第七艦隊がマイノグーラ四隻から無事に逃げられるはずはない――普通なら。


 マイノグーラたちは潜水艦群を守るために、その能力リソースを割いていたと考えられる。となれば、セイレネスによる海域封鎖くらいしか、イザベラには手段が思いつかない。まさかアレにそんな効果があるとは、イザベラ自身知らなかったのだが。ヘスティアが見つけられなかったのも、ヘスティアの能力というよりも、その海域全体が封鎖されていたからなのかもしれない。


 だがそうなると、潜水艦群には何としても守らなければならないものが搭載されていると考えられる。あるとすれば、SLBM潜水艦発射式弾道ミサイルか。そして考えられるとすれば――。


『時間がない、何隻かは発射体勢にある』

「SLBM……核弾頭だと思う!?」

『もしくは、それに類する何かだ』


 クロフォードは淡々と答える。イザベラは先行するクララとテレサから送られてくる映像を解析しながら唸る。


「マリア、聞いてた?」

『はい、こちらでも状況を確認したところです。ミサイル潜水艦群への攻撃の要を認めます。姉様、射程内に入り次第攻撃を』

「わたしは弾道ミサイルを監視する。攻撃はレニーたちに任せる。それでいい?」


 頭の奥がチリチリする――イザベラは眉間に皺を寄せる。こんな時には決まって何かが起きる。イザベラは唇を湿らせる。


『ハーディ中佐と調整しました。SLBMを撃たせないこと、これを主目的としてください。何か仕掛けてくると思われます』

「そうだね、わたしもそう思う」


 その間に、クララとテレサが砲雷撃戦を開始した旨を報告してくる。すぐ後ろにはレネもいる。マイノグーラたちはこれで何とかなるだろう。問題は敵の潜水艦だ。マイノグーラによる護衛は丸裸にしたところで、現状、攻撃手段がない。第七艦隊も退避を最優先とされたからだ。つまり、イザベラが何とかしなくてはならない。


「クララ、テレサ、一隻でも良い、マイノグーラを沈めろ! 海域封鎖を解かねばわたしの攻撃も半減してしまう」

『了解です。あと二分で片を付けま――』


 クララが応じてくるが、そこに被せるように緊急通信が入った。


『クロフォードだ。敵潜水艦に対潜ヘリの攻撃が通用しないぞ。発射は秒読みだ』

「ってことは――」

『セイレネスだかオルペウスだか知らないが、その系統だ。ちっ、ヘリが全機墜とされた。間違いない、セイレネスだ。光を確認した』

「ちっ」


 舌打ちしながら、セイレーンEM-AZの全コントロールを掌握する。


「セイレネス発動アトラクト!」


 全主砲、斉射――!


 劫火が空域を焼き払う。味方艦船の頭上を飛び越える炎の舌が、水平線へと消えて行く。空海域を灼熱の半球が包み込む。衝撃波が第七艦隊の艦艇群を揺らす。


『手加減してくれよ、ネーミア提督!』

「ごめん、余裕ない!」


 恨めし気なクロフォードの言葉を一刀両断し、イザベラは第二射を用意する。艦首PPC粒子ビーム砲は味方を巻き込むから使えない。電磁誘導砲レールキャノンはミサイルが打ち上がってしまった時のために温存する必要がある。世界最強の主砲群ではあるが、封鎖海域内のセイレネス防御能力を持つ潜水艦を相手にするには力不足だった。せめてあと十五キロ近付ければ、有効打が出るかもしれない。だが、距離を詰められる時間はない。


「斉射――!」


 再び前部十二門の主砲が火を噴いた。白銀の艦体が黄金色に染め上げられる。


「レニー! 有効打は出たか!」

『いえ、弾かれています。本艦からの砲撃も通用しません。マイノグーラが手強い……!』

「クララ、テレサ、どうなってる!」

『ダメです、逃げに転じました。本艦では追いつけません』

「くそっ、しくじった」


 イザベラは唇を噛み、電磁誘導砲レールキャノンへのエネルギー充填を開始する。


『ヘスティア観測班よりネーミア提督。敵潜水艦群、SLBM発射。繰り返します、SLBMが発射されました!』

「ちっ――!」

 

 どういうことだ。レニーでさえ押し切れないということは、ソリスト級がいるということか……!?


「レニー、きみが苦戦している一隻、絶対にきみが仕留めろ。クララやテレサに回してはいけない」

『承知しました。ソリスト級である可能性、ですね』

「ああ」


 短く答え、イザベラは再び意識を集中した。打ち上がっているミサイル、数、十八。電磁誘導砲レールキャノンを撃ち放ち、即座にセイレネスの力を乗せる。放たれた弾丸が無数の粒子に変換されて、ずらり打ち上がるミサイルたちを撃ち抜いていく。


『クロフォードだ。敵は第二射装填に入っている。撃たせるわけにはいかない。第七艦隊は取って返す』

「それは無茶だ! 死にに行くようなものだよ!」

『第二射上がってるぞ!』

「くそっ……!」


 イザベラは全主砲と電磁誘導砲レールキャノンを総動員して、当該空域を撃ち貫く。熾烈な熱量が空間を薙ぎ払う。晴れた空が焼かれていく。


 だが、埒が明かない。


「全艦艇、本艦の艦首PPC粒子ビーム砲攻撃範囲から退避! 本命令はすべてに優先しろ!」


 イザベラはそう怒鳴った。

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