未来への糾弾
レベッカがよろめきながら入った室内には、マリオンが座っていた。マリオンは見るからにやつれていて、レベッカはその様子に動揺を隠せなかった。
「マリー……大丈夫?」
「え、ええ。あれからずっと、眠れなくて」
レベッカの所には、そんな報告は上がってきてはいなかった。メンタルチェックが
「ああ、いえ、あたし……じゃない、自分が隠していただけです」
「なぜ?」
「それは……」
マリオンは虚ろな目でレベッカを見上げる。レベッカはそばにあった椅子に腰を下ろし、マリオンと視線の高さを合わせる。
「提督にご心配をおかけするわけにはいかないと思い――」
「何を言ってるの」
レベッカは鋭い口調で応じた。
「その結果、あなたに何かがあったらどうするつもり。他人を気遣うよりも、自分の心配を――」
「しかし、提督。それを報告したからと言って、提督はあたしに何が出来るんですか。慰めてくれるんですか、それとも叱責なさいますか」
マリオンは拳を握りしめてレベッカを見た。目元もすっかりやつれてしまっていたため、それは必然的に睨みつけるような目つきになる。
「あたしたちは、これからもずっとあんなことをしていかなくてはならないんですよね。アルマだって、同じことするんですよね。させられるんですよね」
「そう……ね」
「まるで波のように、あたしが殺した人たちの呪詛が聞こえてくるんです。毎日、一人になると、あの人たちの歌が聞こえてくるんです。一人一人の顔も、声も……」
「わかるわ」
レベッカはマリオンに手を伸ばす。しかし、マリオンはその手を少し乱暴に払い除けた。レベッカは息を飲む。
「あんなこと、アルマにはさせたくない。あたし以上に力があるんですよね、あの子には」
「少し上だって、聞いているわ」
「だったらなおのことです。あたしはあたしの力不足で、四人も友達を死なせてしまった。あの子たちの断末魔が耳の奥から離れない。あの子たちとの記憶が、断末魔でどんどん消されていくんです」
マリオンは涙目だった。レベッカは心の中で舌打ちをした。どうしてここまで深刻な状態になるまで、私はこの子を放っておいてしまったのかと、レベッカは今さらながらに後悔した。
「マリー、ごめんなさい。気付いてあげられなかった」
「それは良いんです」
マリオンは首を振った。黒い髪がディレイを伴って左右に揺れる。
「でも、未来が。明日が。あたしは不安なんです。こんな思いをするのはあたしだけでいい。アルマには、させたくなんてない。でも、いつまで? いつまでこんなことを続ければ良いんです?」
「それは、わかりません」
レベッカは沈鬱な表情で首を振った。それは私だって知りたいわよ――その言葉は飲み込んだ。
「提督にはもっと何かできる力があったはずです。こんなバカげた戦争状態を終わらせることができたはずです。何のためのカリスマですか。何のための影響力なんですか。提督に憧れて軍に入った子たちも大勢いるんですよ、
レベッカはじっとマリオンの目を見ることしかできなかった。マリオンはレベッカの瞳を凝視しながら、なおも言い募る。
「提督や、グリエール閣下に思うところがなかったとは思いません。しかし、結果は、今です。十年以上の間、提督は何をしてきたんですか。あんな恐ろしい兵器で戦い続けて、バージョンアップし続けて、殺す力だけを高めていった。それ以外に何をしてきたんですか」
「そんなことはありません、マリー」
レベッカはそう言って唇を噛む。そうは言ったものの、具体的な反駁が思いつかなかったのだ。
「なぜ、提督は……あんなものをあたしたちの世代に残したんですか」
「それは……だって、私は」
俯くレベッカを、マリオンは静謐な目で見つめている。レベッカは眼鏡を外して長机の上に置いた。
「私だって、喜んでこんなことをしてきたと思う? 望んでこんなことをしていると思う? 何人の悲鳴を、断末魔を聞いてきたと思う? 何人のアーシュオンの人たちをこの手で殺したと思う?」
ヴェーラは民間人さえ殺させられたのよ――レベッカは眉間に力を込め、唇を引き結ぶ。
「マリー、そんなこと、こんな過去を私が認められていると思うの? この先のことを憂いていないと思うの?」
「では、何かお考えが?」
マリオンの黒い瞳がレベッカを完全に捕縛している。唾を飲み込むのにさえ、多大な労力を使うほどに、レベッカはマリオンの深い瞳に囚われていた。
「私は……私たちのケジメはつけます」
「ケジメ?」
「ええ」
レベッカはそう言って、目を伏せた。
「私とイズーは、その未来のためにあなた方、次世代の
「それでは結局、あたしたちの未来は、今の延長でしかないじゃないですか」
「聞いて、マリー」
レベッカはマリオンの両手を握る。マリオンは少し表情をひきつらせた。
「これは無責任に聞こえるかもしれない。けれど、私たちは私たちなりに考えた。その結果が今なの。私たちがあなたたちに残せるのは、戦う力だけ。アーシュオンとだけじゃない。今まさにあなたが直面している怨念のようなものと戦う力よ」
「あたしはそんなものと――」
「戦いなさい」
レベッカは静かに言った。マリオンは目を逸らして押し黙る。
「私たちの誰も、こんな世界を望んではいません。でも、こうなってしまっている。どんな事情があったにしても、今のあなたは
「こんな力なんて、あたしが望んで得たものではないんです」
「それは私も同じです」
レベッカはマリオンのその言葉に被せるようにして言った。マリオンはまた黙る。
「私もヴェーラも、こんなディーヴァと呼ばれる力なんて、欲しくて手に入れたものではありません。十数年前、過去もない私たちは、突然士官学校に編入させられた。私たちの意志なんてまるで関係なく。私たちには殺人兵器となる以外の道なんてなかった。そしてその時のこの国は、まさに存亡の危機に瀕していたのよ」
ナイアーラトテップ、インスマウス、ロイガー、そしてナイトゴーント。アーシュオンの送り出してくる数々の
「私たちにはその状況を打破する力があった――いえ、違うわね。その力は私たちにしかなかった。だから、私たちはセイレネスを使って、このヤーグベルテという国を守ることを選んだ。もし私とヴェーラが、セイレネスを拒絶し続けていたら――この国はもう
レベッカは静かな口調でそう言った。マリオンは目を逸らしたままだった。
「力ある者の責任。私たちは自分たちをそう納得させて、セイレネス・ロンドを踊り続けてきたのです」
「力ある者の……でもそんなのは不公平じゃないですか」
「不公平です」
レベッカは言う。
「不公平ですが、だからと言って力の無い人たちに死ねとは言えません。私たちは、
「でもそれはあたしたちが望んで得たものではありません!」
「だとしても。あなたに力があることは事実です。現実です。その起源を拒絶したって、今は変わらない。起源に
レベッカは首を振りながら言った。マリオンは自らの膝あたりに視線を彷徨わせ、拳を握りしめていた。
「あたしは……怖いんです。あたし自身が怖い。得体の知れない力がこの手にあることが、とても怖いんです。なんなんですか、セイレネスって。スカウトされた時は何も知らなかった。あなたやヴェーラさんのそばにいられると言うので、ただ舞い上がっただけでした。士官学校でもセイレネスの何たるかは教えてもらえなかった。そして実戦でも、あんなものはあたしは知らなかった。ただ、あたしの意志なんてまるで無視して、何かがあたしを通して何かを
「あれはそういうものです。それ以上の事は、私たちでさえ確証は持っていません」
レベッカはまた首を振る。
「でもね、マリー。あれは強大な兵器なのだけれど、正しく使えば人を助けることもできる。あれはあの非人道的兵器、インスマウスを止める唯一の手段です。また、その他のセイレーン搭載型特攻兵器――例えばI型のナイアーラトテップや、人間弾頭の類ですが――、それらを止めることができるのもまた、セイレネスだけ。核兵器の放射能を中和する能力だってある」
「それは詭弁です、提督」
マリオンはぴしゃりと言った。レベッカはその語気に完全に
「兵器はどこまで行っても兵器なんです。平和のための兵器なんてない。見てください、ヤーグベルテの現状を。セイレネスの登場によって、ヤーグベルテの専守防衛の理念はどうなりましたか。最強の剣を手に入れた我が国の上層部は、いったいどんな作戦を立てましたか」
――アーシュオンの都市部への無差別攻撃。
レベッカは唇を噛む。
「そう、ね。あなたの言う通りだわ」
「……すみません、提督」
「ごめんなさい、マリー。今の私には、あなたにかけてあげられる言葉は、その資格は、ないわね」
レベッカは席を立った。マリオンは落ちくぼんだ目で緩慢にレベッカを追う。その時、ドアが開いた。
「だからきみは言葉が足りないって言うんだ」
そう言いながら、イザベラがゆっくりと入室してきた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます