#19-2:憂いのプロファイル

メランコリック・ダイアローグ

 第二艦隊旗艦ウラニアの艦橋ブリッジの窓際に、レベッカは独り佇んでいた。照明すらほとんど落とされてしまっているその空間は、深夜一時という時間も相まって、まるで夜空に浮かんでいるかのようだった。そんな時間にも関わらず、眼下の港はまるで真昼のように明るく、疲れたように歩く歌姫セイレーンたちの様子がはっきりと見て取れた。


「たまらないわね」


 レベッカは大きな声で呟き、首を振った。久しぶりの自宅のベッドで眠れる今夜でも、新人たちは誰一人として熟睡などできないだろう。初めての実戦、初めての犠牲――目の前で人が死ぬという現実を、初めて認識した者だって少なくはないはずだ。敵も味方も、いとも簡単に死ぬのだ。セイレネスの力をもってしても歌姫は死ぬ。そしてセイレネスの力を以てすれば、アーシュオンの兵士など、もっと容易に殺すことができる。マリオンだけではない。クワイア級の娘たちでさえ、殺戮兵器なのだ。軍は、いや、国家は、ひいては国民は、歌姫たちに圧倒的な兵器であることを求めている。何という表現で象嵌されていようと、それは事実だった。生きることも、戦うことも、死ぬことさえも、何もかもを国民に利用される――一方的にだ。


 その時、扉が静かな擦過音と共に開き、レベッカは思わず肩をビクつかせた。


「やぁ、やっぱりいた」

「ヴェ……じゃなかった、イズー……」

「おつかれ」


 イザベラはレベッカに缶コーヒーを手渡した。


「戦闘の一部始終は、六課にお邪魔して見させてもらった。戦術的には問題あったけど、戦略的には正しかっただろうね」

「……そう」


 レベッカはコーヒーに口を付ける。イザベラは自分用のコーヒーを開け、一口飲んだ。


「って、レニーが言っていた」

「レニーが……」

「うん。あの子は聡明だし、言うことは言うよね。おかげでわたしは第一艦隊ですごく楽だよ。実務は全部任せてるんだ」

「私もエディタにお任せ状態。セイレネスの能力云々はさて置くとしても、あの子たちの処理能力には舌を巻くわ」

「だね」


 イザベラはレベッカと並び立ち、眼下に広がる景色を眺める。港には昼も夜もない。統合首都の港は決して眠ることはない。


「でも、わたしたちはさ」


 イザベラはレベッカの肩に手を回した。レベッカは黙ってそれに身を任せる。


「あの子たちに、わたしたちと同じ道を歩かせちゃいけない」

「……ええ」


 レベッカは曖昧に頷き、「でも」とサレットに覆われたイザベラの顔を見る。唯一見える口元からは、何の感情もうかがうことができない。


「私はどうしたらいいのか……」

「わからない?」

「……ええ」


 レベッカは大きく息を吐いた。イザベラはレベッカの肩をぽんぽんと叩いて身体を離した。


「きみはね、言葉が足りないんだよ」

「言葉が?」

「そう、言葉だ」


 イザベラは頷く。


「ちょっとつきあってよ、ベッキー」

「え? いまから?」

「いまだからさ」


 イザベラは鼻歌を歌いながらレベッカの右手を握り、引っ張った。


「きみはね、我慢強すぎるんだ」

「そんなこと」

「きみがどう思ってるかという問題じゃない。きみが我慢強く見えること。それが問題なんだ。言っておくけど、褒めてないよ」


 艦橋を出て、エレベータに乗り込みながらイザベラは言う。レベッカは沈黙する。


「もちろん、わたしはきみの苦しみを理解しているつもりだよ。だけどね、他の人に、たとえそれがエディタやレニーみたいなすごく賢い子にであっても、それを理解してもらえることを期待するのは、驕りなんだよ」

「おごり……」

「うん」


 イザベラは腕を組んだ。


「想いは言葉にしなくちゃ伝わらないんだよ、ベッキー。きみは賢すぎるからもしかしたら理解できないかもしれない。でもね、人間ってさ、言葉を与えられてようやく安心する生き物なんだ。わたしたちみたいな不思議な相互理解能力はこの際置いとくけど、でもね、それだって、わたしはきみの言葉が欲しいと思う」

「言葉……でも、それは……」

「きみの立場は何だい?」


 イザベラのサレットの奥で、空色の瞳が光った。レベッカは息を飲む。


「きみは艦隊の司令官だ。三万人以上の将兵を従える中将閣下だ。望む望まざるとに関わらず、君は一国一城の主なんだ。だからこそ、きみは普通なら言えないことや言いたくないことであっても、三万人全員が理解できる言葉で伝えなきゃならないっていう責任がある」


 イザベラは階数表示を眺めつつ、平坦なトーンでそう言った。レベッカは俯いて唇を噛む。


「ともあれさ、先ずは二人の女の子に、きみの言葉を伝えてごらんよ」

「二人の……?」

「そうさ。未来を担う二人。あの子たちにきみの言葉が響かないとするなら、わたしは本当に、全てのことにがっかりしてしまうと思うよ」


 イザベラはエレベータを降り、小さな会議室の手前で立ち止まった。そしてレベッカの手を引いて、中に入るように促す。


「いいかい、あの子たちは賢い。賢いけれど、きみはそれに甘えるな」

「私はでも、何を話せば……」

「想いを伝えるんだよ。どんな言葉でもいい。どんな内容でもいい。それを聞いてあの子たちがどう思うかなんて、きみは考えなくていいんだ。きみは、きみの、想いを。ただ伝えればいい。体裁とか世間体とか立場とか、そんなこと、ほんとうにどうだって良いことなんだよ」


 イザベラはドアを開けて、レベッカを中に押し込んだ。

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