#20:顔の無い女神

#19-1:システム・バルムンク

平衡天秤

 これは、なかなか良い見世物になりそうだよ。


 闇の中で銀髪の青年は囁いた。青年の目の前には黒髪の少女が浮かんでいる。黒髪の少女は辛そうに顔を顰め、沈黙している。


「君はどうしてそこまであの子たちを想う? 僕は君をそんなふうに創った覚えはないのだけれどね」

「たとえ――」


 少女はかすれた声を発する。


「たとえ私が機械ロボットであったとしても、人と接するうちに心を創発エマ―ジェンスすることもあるでしょう?」


 訴えるようなその言葉に、しかし青年は表情も変えない。少女は胸に手を当てて言葉を吐き出す。


「今の私にとっては、姉様方がもっとも大切な存在なのです」

「ふふ、この僕よりもかい?」


 青年の揶揄するような問いかけに、少女は、ARMIAアーミアはまた押し黙る。青年――ジョルジュ・ベルリオーズはその目を細めた。左目がゆらりと赤く輝く。


「でも、それも良いだろう。君自身が不確定要素になってしまうなんて、正直なところ僕にとっても意外だった。けれど、それならそれで良いだろう」

「本当に私が、不確定要素なのでしょうか」


 ARMIAは尋ねる。ベルリオーズは「さぁ」ととぼけて見せる。


「蓋然性の一つではあるし、その蓋然性の内では確定要素ではある。だけれども、僕はまだすべての事象を観測したというわけでもないのさ」

「その言葉には……何の意味もないと考えてもよろしいですか」

「君がそう思うのなら、そうだろうね」


 ベルリオーズは「さて」と冷たい微笑を浮かべる。闇の中には、二人の姿の他には、塵一つ浮いていない。


「まもなくは彼女の手に渡る。それによって歌姫の発現は拡大するだろう」

「あなたは――まさか。もしや」

「この可能性事象の地平ではね」


 ARMIAの言葉を遮る。


「君の姉たちこそが、レメゲトンなのだからね」

「レメゲトン……」


 それはかつてアトラク=ナクアにも言われたことだった。つまり、ベルリオーズはアトラク=ナクアたちの目的を知っていたのだ。ARMIAは慄然とする。


「それで……良いのですか?」

「これで良いのさ」

「でも、そんなことをしたら私たちは……」

「さぁ、どうかな」


 ベルリオーズは闇の中で微笑む。まるで蝋人形のようだとARMIAは思う。


「でも、があるから。面白いんじゃないか?」

「その可能性に賭けると……」

「賭けにはならないさ」


 ベルリオーズは後ろ手を組んで首を振る。


「負けたとしても僕たちにはその事実は理解できやしない。アトラク=ナクアもツァトゥグアも、そこまで愚昧ではないよ」

「あれらは、神にも等しい存在だと、私は認識していますが」

「神?」


 ベルリオーズはククっと哂った。


「ふふふ、彼らを敢えて表現するならば、そうだね、だよ」

「それでも、私たちがあらがえる存在であるとは思えません」

「そう」


 ベルリオーズは目を細めた。左目の輝きが何倍にも増す。


「君がそう思うのなら、そうかもしれないね。でもね」


 ARMIAに一歩近づき、ベルリオーズはまた微笑する。


「一つ教えてあげるよ、ARMIA。僕はね、この世界を奴らに明け渡す気はないんだ」

「それでは――」

「そう」


 ベルリオーズはゆっくりと首肯する。


「僕はあいつらと戦うために、君たちをり、エキドナを用意した。ミスティルテインを手にするのには失敗したけれどね」

「それもアトラク=ナクアの横車だったとは」

「ツァトゥグアかもしれないけれど、ね。ともかく、あの頃の僕は奴らの力を見誤っていた。そのことは認めなければならないだろう」


 そこでベルリオーズは「ところで」と、ARMIAの華奢な肩に手を置いた。


「君はマリアとアーマイア。軸足はどっちに置くつもりなんだい」

「その選択権が私にあるとは――」

「マリアとしての生にこそ、君は愉悦を覚えている。違うかい?」


 そのやんわりとした問いに、ARMIAは押し黙る。ベルリオーズは頷いた。


「それならそれでいいだろう。でも、アーマイアとしての仕事も全うしてもらわなければならない」

「なぜですか」

「うん……?」

「なぜ私がその相反する二人を演じなければならないのでしょう」


 ARMIAはベルリオーズを見上げる。ベルリオーズの赤い瞳がARMIAを抉り抜く。


「それは僕が君に天秤を預けたからだよ」

「……それは」

「そう、君に扱い切れる代物じゃあ、ない」


 ベルリオーズはまた喉の奥で笑う。


「だけど、それで良いんだ。そのギリギリのラインに立ち続けている君は、それだからこそ価値がある。ゆえの不確定要素であり、それはつまり、奴らの予測の範囲を超える結果をもたらすだろう。だから君は、マリアであり、その他方ではアーマイアであり続ける。君はこの役割から逃れることはできないし、逃れようともしないだろう」

「それを――あなたのを裏切る可能性も、なくはないのでは」

「ははは、いいだろう。それもあるね。君が僕を殺したとしても、それはそれで興味深い。君が僕を殺せるかどうかはさて置くとしてもね」


 ARMIAは頭を抱えたくなる。ベルリオーズの思考が全く読めないからだ。その想いも、目的も、何一つ捉えられない。


「質問を変えます、創造主デーミアールジュ

「うん?」

「仮にあのたちの目的が達成されたなら、我々はどうなりますか」

という概念さえもなくなるだろう。万象の上位層スーパークラスなんだ。全ては継承エクステンドして作られている。彼らの目的が成就した暁には、全てのインスタンスがるだけだと考えているよ」


 事も無げにそう言うベルリオーズに、マリアはゆっくりと腕を組んだ。


「我々はいつまで戦い続ければ良いのですか、創造主デーミアールジュよ」

「そうだね」


 ベルリオーズは闇色の空を見た。


「君が良いと言う日まで、かな」


 その瞬間、全ては闇に飲み込まれた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます