#19:マリオンの初陣

#19-1:卒業式

卒業パーティにて

 二〇九八年九月末日、士官学校の卒業式が執り行われた。この日を以て、士官候補生たちは正式に軍に配属されることになる。無論、歌姫セイレーンたちもだ。


 今回はD級――表向きはS級だったが――が二名、V級一名が無事に卒業した。D級の二人は、アルマ・アントネスクとマリオン・シン・ブラックと言い、士官学校の首席と次席をひた走っていた逸材である。そしてV級のレオノール・ヴェガは、成績こそこの二名の後塵を拝していたが、カリスマ性という意味では二人を凌いでいた。またV級としての能力も、エディタやパトリシアを凌ぐと評価されている。


「レスコ中佐、宜しくお願い致します!」


 二次会の立食スタイルのパーティで、レオノールとエディタは初めて顔を合わせた。エディタはこういった場は苦手だったので、隅の方で一人、様々な種類のケーキを楽しんでいた。三つ目のケーキを頬張った直後に、後ろから元気よく話かけられたエディタは、盛大にせた。


「だ、大丈夫ですか、中佐」

「う、うん。大事ない」


 咳ばらいをしながら、エディタはその新人を値踏みするように見回した。癖のある栗色の髪をしたスポーティな体型の持ち主で、長身のエディタよりもさらに少し背が高い。そしてその表情は非常に勝気だった。瞳の色も栗色で、きょろきょろと良く動く。


「ああ、レオノール・ヴェガというのは君だな。パトリシアやレニーから噂は聞いている」

「恐縮です!」

「ああ、ええと、ここは確かに騒がしいが、もう少し声を抑えてくれても問題ないと思う」


 遠まわしに「うるさい」と伝えたつもりだったが、レオノールは「あははは」と声を立てて笑う。その声も大きい。確かに声は大きいのだが、それはまるで透き通るような美声なのが困りものだ。端的に言うと、誰もが聞き惚れてしまう。だが、その一方で、鼓膜は確かに悲鳴を上げる。


「ともかく、レオノール、卒業おめでとう。明日からは地獄の日々だ」

「地獄ですか」

「ああ」


 エディタはケーキのを顎で指してレオノールにも勧めた。レオノールは目を輝かせてそれを皿に取り、慣れた手つきで口に運んでいく。


「それはそうと、あの新鋭重巡、ケフェウスと言ったか」

「ええ、肯定です。私に合わせた調整をされているとブルクハルト教官が」

「噂通りっていうことか」


 ふぅん、とエディタは言って、フルーツケーキをひとつ皿に乗せた。そして少し悩んでから小さな草餅も乗せた。


「ところで、あの二人――」


 エディタは振り返って、フロアの中央の人だかりを見た。エディタが示そうと思った二人は恐らくその中心にいるのだろうが、見えなかった。


「アルマとマリーですか?」

「そうそう。S級の二人だ」


 エディタは頷き、草餅を口に運んだ。


「レポートは読んでる。君もそうだが、今年は優秀だな」

「恐縮です。まぁ、アルマとマリーに関して言えば、気に入らないほどの天才ですけどね」

「友人なのか?」

「そうですねぇ」


 レオノールはケーキの残りを口に放り込んで、しばらく考えた。


「たぶんですけど、お互い親友だと思ってるくらいじゃないですか?」

「そうなんだ」


 ならよし、と、エディタは頷く。人間関係は良い方が都合が良い。こと、セイレネスに関しては、精神状態が如実に反映されるからだ。だが、それが障害になることが間々あることも、エディタは指揮官の立場から知っていた。


「ハンナやパトリシアも優秀だが、君はそれを上回るという評価レポートを受け取っている。セイレネスの能力としては私以上だという話もブルクハルト中佐から聞いている」

「いやいや、そんなことは」


 レオノールは「わはは」と笑いながらエディタの背を叩いた。その力強い平手打ちに、エディタは思わず半眼になる。声だけでなく、膂力りょりょくも大きい。


「仮に私の方が能力があったとしても、指揮能力に関してはレスコ中佐以上の方はいないと思います。全ての戦闘について何度も勉強させてもらいました」

「そ、そうか」


 エディタはアイスティーの入ったグラスを二つ受け取って、一つをレオノールに手渡す。


「でも私の指揮なんて参考にならない。私の真似をする必要なんてない」

「そうですか?」

「ああ。私の指揮は非情だ。友人も後輩も、全てを数で考えている」

「それに問題でも?」


 レオノールはキョトンとしてエディタを見た。


「戦術戦略に於いて、その考え方は正しいと思います。そしてその考え方ができる一握りの人だけが、指揮官をやれるんだと思います」

「友人や後輩たちを引き算の材料にするんだぞ」

「それも込みで、です」


 レオノールは涼しい顔でアイスティーを飲む。


「勝利のために犠牲を容認することもあると思います、私は。多くを助けるために一人を見捨てることだってあると思います」

「だから私を憎んでいる者も恨んでいる者もいる。歌姫にも、海軍兵士にも、その家族にも」

「そうでしょうね」


 レオノールは何の気遣いもなく肯定してみせる。そのさばさばした物言いに、エディタは少しだけ心地良さのようなものを覚えた。


「しかし、レスコ中佐の指揮があったからこそ乗り切ることのできた戦いだってたくさんあるでしょう?」

「あれは、後ろでネーミア提督が支えてくれたからだ」

「そうでしょうか?」


 レオノールは空になったグラスを置いて、今度はオレンジジュースを手に取った。


「本当にそうなら、中佐は今まで一人も犠牲者を出したりはしなかったはずです」

「……どういうことだ?」

「ネーミア提督が指揮という面倒事を丸投げしていたというのなら、戦死者が出ることにはもっともっと敏感になっていたと思います。でも、実際には大きな海戦では少なくない数の犠牲者を出していますよね。査問会でも相当に叩かれたっていう情報も出ていますし」

「あ、ああ……」

「つまり、それだけネーミア提督は、本気でレスコ中佐のレベルを上げたいと考えておられるという事だと、不肖ヴェガ少尉は思うわけであります」


 確かにその通りだとエディタは思う。


「グリエール提督が事故死されてから三年が経つ。ネーミア提督はその時の酷い状況を考えて、私たちを徹底的に育ててきた。そう思う」

「ディーヴァ二人だけで戦場を回していたようなものでしたよね、確か。ニュースでは連日お二人の活躍ばかりが躍っていたように思います」

「ああ。あとはメラルティン大佐とパウエル中佐のことかな」

「エウロス飛行隊も相当だったと思いますけど、それでもディーヴァには及んでいませんでしたよ、報道の扱い」


 そうだったかもしれない。エディタは無意識に頬を引っ掻いていた。自分の立場からしてみれば、エウロス飛行隊は圧倒的な戦力だったし、何かあってもあの戦闘機がやってきたら何とかなるという安心感があった。現場と報道の温度差を感じざるを得ない。


「君もすぐわかるよ。空の女帝――メラルティン大佐は圧倒的なんだ。君もすぐに指揮官として戦うことになるだろうから、覚えておくと良い」

「えっ?」


 鳩が豆鉄砲を食らったような顔になるレオノール。エディタはその右肩をぽんと叩く。


「V級のスーパーエリートなんだ、君は。初陣から、君には私の補佐を担当してもらう。これは提督方の間でも、もうすでに決定事項だ」

「ええっ? 私、まだ卒業したてなんですけど」

「心配ない。私もそうだった」


 エディタは藍色の瞳を細めて苦笑する。


「さっき君と話していて、指揮官としての素質は十分だと納得できた。なに、心配は要らない。君の行為の責任は全て私が取る」

「あ、は、はい、レスコ中佐」

「最初の命令だ。君はこれから私のことをエディタと呼べ。私たちV級の間では、階級なんて意味を持たない。実力のある者が上に立つ。階級だの先輩後輩だのは些末な問題だよ」


 そう言いつつ、エディタは給仕係からホットコーヒーを受け取った。


「えっと、あの、了解しました、エディタ」

「よろしく、レオナ」

「は、はいっ」


 差し出された手を興奮気味に握りながら、レオノールは何度も頷いた。


 エディタも、他の歌姫セイレーンたちも、レベッカやイザベラと同様に、軍隊アイドルである。ディーヴァ二人は事実上第一線から退いていたから、現在のトップアイドルと言えば、このエディタ・レスコだった。二番手にレネ・グリーグが食い込んでおり、三番手にはロラ・ロレンソとパトリシア・ルクレルクがいた。


 レオノールの世代になってくると、一番のは、エディタやその後輩たちになっている。レオノール世代――今の十代――から見ると、ヴェーラは文字通り伝説の人となっていたし、レベッカもまた雲の上の人だった。突如現れた仮面の歌姫イザベラのファン層は二十代後半から上に集中していた。広報アイドル活動の顔としても、世代交代は確実に進んでいたのである。


「実は私の一番の、あなたなんです、エディタ」

「そ、そうか。なんか恥ずかしいが、うん、まぁ、悪い気はしない、かな」


 エディタはその白金髪プラチナブロンドを落ち着きなく弄びながら応える。エディタはその人付き合いの苦手意識から、ファン対応に於いてはしばしばだと非難されてきていた。だが今や、「それを含めてエディタ・レスコというアイドルである」という評価をされてきていて、一種カルト的なカリスマを得るに至っていた。エディタ本人としては甚だ迷惑な話ではあったのだが。


「そうだ、言い忘れていたが、私は兼務を解かれてね。第二艦隊の専属となったんだ。育ててくれたネーミア提督にはなんだか申し訳ないけど」

「あ、じゃあ、名実ともに私の直属の上官ということになったわけですね!?」

「声が大きいよ、レオナ」


 エディタは苦笑する。レオナはまた「わはは」と笑った。美少女に似つかわしくない笑い方だったが、それさえもになる。


「ともかくま、そういうことだ。よろしく頼む、レオナ」

「こちらこそよろしくお願いします!」


 レオナはまるで握手会に参加している一ファンのように、その右手をしっかりと握り締めた。レオナは「私は今、トップアイドルを独占している!」などと考えていた。


「どうした、レオナ。顔がだらしないぞ」

「あ、はいっ、いえっ、大丈夫です!」

「――?」


 レオナが一体何を言っているのか理解できず、エディタは首を傾げたのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます