平和な夜

 しばらくの沈黙の末、レベッカが強い口調を絞り出した。


「イズー。私にも、あなたの決意をどうしたら覆せるかわからない。けれどね、もう、あなただけに背負わせるのは嫌なのよ」

「きみは今までのことを悩む必要はないんだよ、あれはわたしが――」

「いいえ」


 レベッカは首を振る。


「もうその話はやめましょう? 私の罪でもある。あなたの罪でもある。だからといって半分ずつにはならない」

「そうだね」


 イザベラは口をへの字に曲げつつも同意した。


「そんなさ、わたしたちの迷いとか躊躇いとか、そんなネガティヴなものがり集められて十年。こうして事はここに至ってしまったんだ」


 もう十年になるのかと、イザベラはそれまでの月日を思い、懐かしさのようなものを覚えた。


 しかし、その十年で何をしてきたのか。やったことと言えば、アーシュオンの人々を殺戮し、そして、自らに火を放ったことだ。死の世界すら垣間見たというのに、自分も誰も彼も、何一つ変わらなかった。つまり、何もしてこなかったのと同じだった。


「わたしたちは決めなくちゃならないんだ。わたしは近い将来に決めるだろう。その時、きみがノーだと言ったとしても、わたしは同意しない。きみはわたしが意志を貫くと知っていたって、やっぱりノーと言うだろう。そしてわたしは――」

「ちょっと待って、イズー」

「……うん?」

「今回は、あなたがどういう結論を下すにせよ、私はイエスと言うわ」

「ベッキー……?」


 思わぬ言葉に、イザベラは明らかにまどった。その様子を見て、レベッカは寂しそうな微笑を見せる。


「初めてかもね、こういうお話の時に、私が本心を口にするのは」

「ベッキー……?」


 三人は沈黙した。指先を動かすのさえ躊躇うほどの重たい空気が、三人を包み込む。部屋の明るさが一段も二段も下がったような気さえした。季節にそぐわない冷気が、三人の間を縫って通って行った。


「ベッキー、きみがイエスと言うなら、あの子たちのことは」

「ここに来て迷わせるつもりなの?」

「いや、それは」

「あなたの言った通り、もう次世代なのよ。そしてあの子たちはもう十分に強いわ。エディタには貧乏くじを引かせる形になって申し訳ないと思うけど」


 レベッカは腰を浮かせてウィスキーのボトルを取り、マリアとイザベラのグラスにそれぞれ注いだ。レベッカのグラスは空だったが、別に何を飲みたいとも思わなかった。レベッカは空のグラスをぼんやり眺めつつ、息を吐きながら言った。


「私たちは問題を提起するの。解決するのは私たちじゃない。あの子たちなの。そして――」

「そして?」


 イザベラとマリアの声が重なる。レベッカは少し躊躇った末、ぼそっと答えた。


「国家よ」

「国家、かあ」


 イザベラは肩を竦めた。マリアも「国家ですか……」と首を振った。


「確かにベッキーの言う通りかもしれない。望みは薄いけど。でも、だからこそ、わたしはやるべきことをしなくちゃならないって再確認した」

「そう、ね……」


 レベッカは溜息と共に同意した。


「私たちはもうカードを持ってるのよね、二枚の、切り札とも呼べるカード」

「あの二人のD級ディーヴァのことかい」

「そうよ」


 レベッカは眼鏡を外してテーブルの上に置いた。前に垂れてきた髪を後ろに流し、目を細めてイザベラを見る。


「あの子たちが私たちの意志を継ぐ。そう信じたい」

「願望かい?」

「いえ、希望よ」


 レベッカは、詭弁よねと嘆息しながら、ソファの背もたれに身体を預ける。


「私には勇気なんてない。イズー、あなたのように行動することもできない。でもね、あなたをという決断をすることはできる。たとえあなたが何をしようと、とんでもないことをしたとしても、私はあなたを肯定する」

「それは心強いよ、ベッキー」


 イザベラはウィスキーを口にし、そして今度はマリアの方を見た。


「きみは?」

「私は次世代の歌姫セイレーンたちを守ります。今、そう決めました」

「きみならそう言うと思っていたよ」


 イザベラは笑う。マリアは寂しげに微笑み、ウィスキーのグラスを合わせた。


「乾杯だ。過度な期待をされている次世代ディーヴァたちに」

「アルマ・アントネスクと、マリオン・シン・ブラックに」


 二人はウィスキーを一気に喉に流し込み、そして深く息を吐いた。レベッカはそんな二人をぼんやりとした表情で眺めていた。


「私も酔えたら良かったのに……」


 レベッカがそうぼやくと、イザベラとマリアは同時に吹き出した。


「きみは酔えるだろ、私たち以上に!」

「そ、そうじゃなくて!」


 レベッカは紅潮しつつ慌てて手を振った。イザベラは「あはは」と豪快に笑っていて、マリアは口元を押さえてクックと喉の奥を鳴らしている。


「一杯だけ飲もうよ」

「ダメよ、私は、ホラ、ね?」


 それは平和で貴重な、じゃれあいの時間だった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます