#18:各々の決意
#18-1:ノイズレスナイト
捨て去る勇気
イザベラの宣言が、レベッカとマリアの頭の中を跳ねまわる。
遠くない未来に、わたしは反乱する――。
「何を言ってるの……」
「酔ってるのですか、姉様」
レベッカとマリアは、ほとんど同じベクトルの反応を見せた。イザベラは「ふふ」と小さく笑う。
「なぁに、いますぐとは言ってないでしょ。このまま行ったら、遠くない未来にわたしはキレるよって。そういうこと」
何か言いたそうな二人を見遣りつつ、イザベラはソファに座った。そして優雅な動作で足を組む。
「キレてしまったらという話になるだろう。だから、そのつもりで聞いてよ」
話の深刻さとは裏腹に、イザベラの口元はどこか愉快そうだった。
「わたしはね、この時代が気に入らない。憎んでいると言ってもいいかもしれないね。人々の考え方も、わたしたちの扱いも、わたしたち自身の行動も、決断も、その結果も、とにかく全てだ」
イザベラは言い、ウィスキーの入ったグラスを持ち上げてレベッカに向けて掲げた。
「この責任は、わたしたちにある。そう、わたしと、ベッキー。きみだ」
「……言いたいことは何となくわかるわ」
レベッカは沈鬱な表情を見せる。
「言われるがままにやってきた結果が今このありさまなのよね……」
「そうだよ、ベッキー。嫌がったり背いたりしてきたけど、結局わたしたちは彼らに従った。国民によって選ばれた人々が軍に指示し、軍がわたしたちに指示した。わたしたちは国民の総意で動き、守り、そして殺してきた。そして彼らはそうあることが当然だと信じ、そしてわたしたちを人とはカウントしなくなった」
イザベラの言葉は実に平静ではあったが、レベッカにもマリアにも、その内に渦巻く炎のようなものが痛いほど読み取れていた。
「わたしたちは戦争の手段ではある、確かに。でも、それと同時に一人の人間だ。罪悪感を感じ続ける
イザベラは凄絶な微笑を見せる。唇が鋭利に赤く輝いた。
「わたしは彼らに理解させる」
「どうやって? 今までだって私たち、散々訴えてきたじゃない? ライブでもインタビューでも、とにかく全ての機会を使ってきたはずよ」
「結論ありきの偏向報道下で何を言ったって無駄さ。私たちのアウトプットと、彼らの出してきた創作物の違いを、それこそ散々見てきただろう? 言ってもいない事を何度も何度も何度も何度も拡散されて、さも事実のように誤認させられたことだって何十回もあるじゃないか。わたしたちの言葉を、第三課の連中がそっくりそのまま書き換えたことだってある。そして最悪なのは、どいつもこいつも、そういうのをすっかり頭から信じ込んでしまったってことだよ。もうわたしたちが何を言ったって聞く耳を持ちやしない」
イザベラはテーブルの上に投げ出されたままの週刊誌を指差した。
「見てごらんよ。わたしたちは、断末魔特集なんていう屈辱を甘受している。いや、違うな。甘受させられている。そしてその一方で、この週刊誌は大増刷。つまり、欲しがる人間がそれほどまでに多く存在しているってこと。誰もわたしたちのことを一人の人間、一つの命だなんて考えてはいない」
「それは……そうかもしれない。でも、諦めてしまったらおしまいよ、イズー」
「悠長だよ」
イザベラは腕を組む。
「きみは悠長なんだ。次世代のディーヴァは、もう間もなくデビューするんだ。きみはあの子たちにわたしたちと同じ轍を踏ませるわけ?」
「ちょっと待ってよ、イズー。遠くない未来の話から、直近の未来の話にすり替わってる。あなたはもう諦めてしまってるように聞こえる」
「ははは」
ピエロのように笑うイザベラ。
「わからないさ。実際にわたしが何をするかなんて、わたし自身にも。でもね、いざその時に迷わないために、今、わたしはこうして話をしてるんだよ」
「ダメよ、イズー。そんなことしたって、何も変わらな――」
「変わらないなら、わたしはなおのこと、絶望するだろう。何もしなければ何も変わらない。でも、何かをすれば変わるものもあるだろう?」
必死な形相のレベッカと、冷徹な微笑を浮かべるイザベラが、視線をぶつけ合う。
「わたしは何もしないではいられない。なぜなら、わたしには力があるから。だから、わたしには何かできる。今のわたしは、何も知らなかった十年前とは違う」
「でもだからといって、そんな……!」
レベッカは「ノー」を突き付けた。しかし、イザベラは黙って首を振る。
「イズー、そんなことしたら、残されるあの子たちがどうなると思う? 結局同じ、変わらない。変わらないのよ。もしかしたらもっと――」
「悪くなるかもしれない?」
イザベラは口角を上げる。
「捨てる勇気だって必要なんだよ、ベッキー。わたしたちは今までそれを恐れてきた。でも、わたしは確信したんだ。エディタたちは上手くやれる。やってくれる。わたしが何をやらかそうが、その後に起きることを自分の力ではねのけられないっていうのなら、わたしが何をしようがしまいが同じ。でも、わたしが何かをすることで、あの子たちにチャンスを与えてやれる」
イザベラは静かにそう言い、レベッカとマリアをゆっくりと見回した。
「わたしはわたしの決断で、わたしの時代の責任を取る。けじめをつける。ベッキー、きみはどうするんだい?」
「私は……」
「わたしを軍警にでも突き出すかい?」
「しない! そんなこと!」
バカにするなと言わんばかりに、レベッカは首を振った。イザベラはグラスに残ったウィスキーを飲み干す。
「それも捨てる勇気なんだよ、ベッキー。きみは今、わたしの反乱の意志を聞いた。わたしをここで捨て――」
「それ以上言ったら怒るわよ、イザベラ。私はあなたを捨てたりはしない。絶対に」
「……そうか。うん、ならいいんだ」
イザベラはそう言ってマリアを見た。
「マリアは?」
「私は何も聞いていませんよ。酔っぱらったイザベラ・ネーミア中将閣下が、
はっきりとした口調で、マリアは言ってのけた。今にもマニキュアを塗り始めそうなほど、その表情は冷めている。その様子を見て、イザベラは満足げに頷いた。
「それがきみの答えと考えて良いのかな?」
「いいえ」
マリアはまたもや明瞭な口調で否定する。
「私は姉様の考え方には同意しますが、姉様を時代の生贄などにはしたくない。献身と自己犠牲は同一であってはなりません」
「じゃあ、どうすれば良いって言うんだい?」
「わからない。だから困っています」
マリアはゆっくりと息を吐き、天井を見上げ、また俯いた。イザベラは天井を見上げたまま、顎に手をやった。
「でも、きみの意志はわかった。きみはきみであれこれやってみてよ。ベッキーもだ。わたしは、この件についてはきみたちには相談しないよ。ここからは、わたしたちそれぞれの考えの下で、自分が正しいと信じたことをやろう」
はいそうですかなんて言えるわけがない――レベッカは唇を噛んだ。強く。
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