わたしはここに宣言する
ただ沈黙の時間が過ぎる。イザベラが最後に言葉を発してから三十分近くが経過した頃になってようやく、イザベラが腕組みを解いた。
「ところでD級の二人は元気にやってるのかな」
「え、ええ。そう聞いてる」
突然の話題変更に、レベッカは動揺した。
「アルマとマリオンだったっけ」
「そう。でもどうして?」
「うん?」
イザベラはグラスの中の温い液体を飲み干した。それが胃に流れ込んだ時、今日はもうやめとこう、とイザベラなりに自制心が働いた。
「次の時代を創るのは、あの子たちなんだよ、ベッキー」
「次の時代……?」
「そう、いつまでも私たちが頂上にいるわけにもいかないじゃないか」
イザベラはじっとレベッカの目を見た。サレット越しでもその視線の強力さくらいは分かる。
「今年、あの子たちが編入されるだろう? 二人のD級。わたしはこれに運命じみたものを感じるんだ。わたしたちの時代が終わったんだ――そんな感じのね」
「どういう、意味?」
「そのままの意味さ」
イザベラはウィスキーのボトルに目をやり、おもむろに立ち上がる。
「老兵は死なず。ただ、立ち去るのみ」
「辞めるっていうの? この大変な時に……?」
イザベラはキッチンに行って、冷蔵庫からスパークリングワインのボトルを取り出した。
「あと一杯だけ」
「もう」
レベッカは一応は不満を表明したが、止めるつもりにはなれなかった。イザベラは新しいグラスと共に戻ってくると、そのワインを注ぎ、不満そうに息を漏らす。
「気が抜けてる」
「だいぶ前に開けたんじゃなかったっけ」
「だっけ?」
イザベラは苦笑しながら「味見」と言ってその一杯を飲み干し、そしてすぐに二杯目を注いだ。もはやコメントをする気にもなれないと、レベッカは肩を竦めた。
「老兵はただ立ち去る」
イザベラは足を組みながら言った。
「それで良いのかなって、わたしは思い始めてるんだ」
「……どういう意味?」
「せっかちだね、きみは」
イザベラはワインを一口飲んだ。
「わたしたちの時代は終わるんだ、確実に。イリアス計画も軌道に乗って、制海掃討駆逐艦だっけ? あの二隻の完成も目途が立ったって聞いてる」
「でもそれで私たちがお役御免になんてなるはずないじゃない」
「ならないだろうね」
イザベラは歯切れ悪く答えた。
「最悪、逆侵攻だって参謀部の頭にはある。前例もあるしね」
参謀部第三課の主導で、アーシュオンに弾道ミサイルの雨を降り注がせたという前例だ。あれが専守防衛の時代が終わった瞬間であり、他国への攻撃能力を有することを国際的にも証明した瞬間だった。
「戦力が大幅に増える――そんなふうにほくそえんでる連中が大半だと思うけど、わたしにはそれがどうしても許せない」
「だから、どうするっていうの? 変よ、イズー」
「変? うん、そうと言うならそうだろうね」
イザベラはまた一口ワインを飲んだ。
「何せわたしは、過去も顔も焼き捨てた女だから。だから死生観がズレてるのは自覚してる。わかってるさ」
そして足を組み替える。
「わたしはね、わたしの時代のケジメをつけたいと考えた」
「時代のケジメ……?」
「ううん、わたしの時代のケジメ」
その言葉を受けて、レベッカは全身に鳥肌が立った。総毛立つというのはこのことかと思うほど、全身の皮膚がさざめき立った。
「ベッキーはさ、いつまでこのポジションで、この仕事をし続けるの?」
「それは、必要とされている限りは……」
「ほんとうに?」
イザベラはレベッカの顔を覗き込んだ。サレット越しでも、その空色の瞳がハッキリわかるほどに顔が近い。レベッカはたまらず視線を逸らす。
その時、玄関のドアが開いて、マリアが帰ってきた。マリアには自分の家があるのだが、最近では当たり前のようにレベッカ邸へとやってくる。それはイザベラにしても同じだった。
「ただいま戻りました、姉様方」
「お帰り、マリア」
「おかえりなさい」
どこかぎこちのない「おかえり」に、マリアは緊張を覚える。この場の空気が張り詰めていたことに気付かなかったのは、迂闊だった。
「レベッカ姉様、いったい……」
「な、なんでもないのよ」
レベッカは困ったような笑顔を作って手を振った。だがマリアはあからさまに肩を竦める。
「嘘が下手ですね、レベッカ姉様は」
この時点ですでに、マリアは粗方の事情を察していた。会話の仔細まではわからずとも、テーブルの上に並ぶアルコール飲料の瓶や、疲れたようなレベッカの顔、冷徹な雰囲気のイザベラ、それらの状況証拠だけで、およその事態は把握できた。
「よし」
イザベラはまた立ち上がった。
「ちょうどいいや、マリア。きみにもわたしの演説を聞いてもらおうかな!」
「えんぜつ?」
怪訝な顔をするマリアをソファに座らせ、イザベラは口元に笑みを見せる。
そして立ったまま、静かに宣言した。
「遠くない未来に、わたしは反乱する」
二人の聴衆は、同時に青
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます