#17-3:the declaration

怒りを歌う

 ――と、まぁ、こういうわけ。


 イザベラは戦いの顛末と、その最後に見たものについて、レベッカに詳細に話していた。ソファに浅く腰かけていたレベッカは、眉間に皺を寄せながら呟く。


「それが本当にそうだったとすると、アーシュオンはとんでもないことを……」


 きわめて常識的な感想だ、と、イザベラは思った。手にしたグラスをテーブルに置き、イザベラはソファに座り直して身体を沈める。


「マリアも同じものを見たと言ったんだ。だからたぶん、間違いない」

「そう、ね……」


 レベッカは同意する。オレンジジュースの入ったグラスを手に取り、飲まずにまたテーブルに戻す。そしてイザベラの顔を覆うサレットの方をぼんやりと見て言った。


「イズー、あのね、この家の中では、それ、外して良いのよ?」

「うん? ああ、これ?」


 イザベラは自分の顔の半ば以上を覆い隠しているサレットをトントンと叩いた。


「四六時中着けてるからさ、全然気になってないんだよ。それに、さっすがにドギツイよ、今のわたしの顔は」

「それでも――」

「わたしもね、見せたくないんだ」


 イザベラは言って、先ほど置いたグラスを手に取り、中の琥珀色の液体を一息で飲んだ。レベッカとしても、そう言われると何も言えない。レベッカはイザベラの今の顔を知っている。その外見は、そうと分かっていても背筋が凍る。


「でもさ、聞いたかい、ベッキー」

「なにを?」

特集。雑誌の企画さ」

「なにそれ!」


 レベッカは思わず声を荒げていた。歌姫セイレーンが、一種一つの合法ドラッグとしてのニーズがあることは知っていた。現に今でも、戦闘で死亡した歌姫たちのが音源として出回っていたし、当局には規制する法的根拠もない。


 イザベラは気だるげに立ち上がり、コート掛けの所に置きっぱなしになっていた自分のバッグから、一冊の雑誌を取り出した。


「ご丁寧にも紙媒体でも出ているありさまさ。そんだけ需要があるコンテンツってことだよね」


 テーブルの上に乱暴に放り出されたその雑誌を見て、レベッカは目を丸くする。それはヤーグベルテで生活する者であれば必ず知っていると言えるほどの知名度を誇るゴシップ週刊誌だった。その表紙には今回戦死したクワイアたちの写真と共に『歌姫断末魔特!』いう文字が躍っていた。


「ここ数十年で最も売れた紙媒体ペーパーメディアになるだろうってさ。週刊誌のくせに大増刷。電子媒体だってすごいことになってる。ダウンロードランキングは発売二日目にして書籍部門の月間一位だ」

「そんな……だって、この子たち、死んだのよ!?」

「うん、だからこその断末魔だよ」


 イザベラは冷たい声でとぼけてみせた。そこには静かだが深い怒りがあった。


「ご丁寧に、この子たちのプライベートまでがっつり特集されてるよ。嘘か本当かなんて検証しようのないことまで、びっしりとね。関係者だとか友人だとかがペラペラしゃべってるってことになるけど、その実態はどうだか」

「……ひどい」


 震える手で雑誌をめくりながら、レベッカは奥歯を噛み締める。その唇は戦慄わなないている。


「軍は、何も?」

「うん」


 イザベラは二杯目のウィスキーを注ぎながら肯く。


「参謀部、情報部ともに問題ないっていう見解。ただ、使用料だか権利料だかみたいなのは請求するって。査問会で聞いたし、そういうことになるんだろうね」

「それって! 軍が使用を認めますって言ってるようなものじゃない!」

「わたしに怒らないでよ。こんな不愉快なことはないんだから」

「……ごめんなさい」


 レベッカは首を振ると、雑誌をテーブルの上に乱暴に投げた。レベッカらしからぬ行動に、イザベラは「おおう」と声を出す。


 二人はしばらくの間、無言でテーブルの上のグラスと雑誌の間に視線を彷徨わせて過ごした。そろそろ日付が変わる頃になって、イザベラは腕を組んでソファに全身を預けた。そして言った。


「うんざりなんだ。うんざりだ。ヤーグベルテにも、アーシュオンにも、とにかく、うんざりしてる」

「イズー……」

「わたしが育てた、わたしを慕ってくれていたかわいい部下たちがたくさん死んで。それだけでも悲しくて仕方ないんだ、わたしは」


 イザベラは頭を抱える。


「あの子たちを死なせているのはわたしだ。わかってる。でも、わたしはこの国のことを思って戦っている。犠牲だって、割り切れないなりに割り切っている。歯を食い縛ってね。なのに、査問会では徹底的に糾弾される。わたしは他の誰にもできないことをしているのに、だよ」

「わかる……」


 レベッカは頷いた。イザベラは「うん」と曖昧に応じる。そしてウィスキーを一口飲み、喉を湿らせる。飲んでも飲んでも全く酔いが回らない。イザベラの頭はいつになく明晰だった。


すら、こんな下衆なものに使われるんだ。それを快楽のために使うバカ者たちもどうかと思うけど、それをさらに利用する軍なんてもっとクソッタレだ」


 イザベラの頭の中は罵詈雑言でいっぱいだった。


「わたしたちは何も与えられることない。ただ奪われるだけだ。骨の髄までしゃぶりつくされて捨てられる、ただの嗜好品だ。わたしたちの想いも気持ちも、この国の連中はまるで無視だ」

「全員が全員そうだとは言えないわよ、イズー。反対しているグループだってあるじゃない」

「武力放棄を訴えている連中だろ、それ。武力があるから戦争が続くとか言ってる馬鹿げた連中だよ。あいつらは自分の主張のために、わたしたちのこの状況を利用しているに過ぎないんだ。奴らは政権批判が出来ればなんだって利用する。自分たちの存在をアピールするためにね」

「でも」


 レベッカは指を組み合わせ、じっとその手を見つめる。


「私たちは軍人なのよ、イズー。文民統制シビリアンコントロールの下で、国防のための力を振るう。私たちの力は確実にこの国を――」

「守ってどうするんだい? その先に、わたしたちに何が残る? 彼らはわたしたちに何か一つでもしてくれた?」

「私たちは軍人だから――」

「わかってないよね、ベッキーは。どうしてそこまで彼らを弁護するんだい。国民も、議会も、私たちを偶像アイドル扱いする一方で、必殺の特攻兵器のような扱いで使い潰している。さっき言ってた一部の市民グループ以外は、どの政党も同じだ。そりゃそうだよね、今やわたしたち無しに国防は成り立たないんだから」


 ソファに深く腰掛けたまま、イザベラは淡々と語る。表情はサレットに隠されていて全く見えない。見えている口元には、表情はない。


「そしてそこに来てアーシュオンのだ。わたしは今でもアレを錯覚か何かだと思いたい。でも、あれが本当に薬漬けの生首だったとしたら、この世界はもう終わっている。いや、終わっていい」


 その静かな声には、苛烈なほどの怒りが込められていた。イザベラは無表情の内にその感情を隠すことなく放出していて、感受性の高いレベッカはまともにそれにてられた。それは今すぐにでも、また火を放ってしまいそうなほどの灼熱の怒りだった。


 レベッカはテーブルの上のグラスを睨みつけた。何もかもが腹立たしかった。


「イズー、私はそれでも、人々が私たちを必要としているなら、それに応えたいと思う。その動機がどうあれ、彼らは弱い者よ。守ってあげないと死んでしまう」

「なら死ねばいい」


 イザベラは言い捨てる。


「わたしはね、彼らを守ってやろうなんてこれっぽっちも思っていない。わたしたちのすら利用するような人々に、わたしは敬意を払うこともできない。議会の連中にもうんざりだし、そんな連中を選んだ国民にもうんざりしている、心底ね」

「でも、私たちは」

「きみは誰のために戦うんだい」

「国のためよ」


 レベッカは迷いなく答えた。しかしイザベラは小さく肩を竦めてみせる。


国のために?」

国でも、私たちが長い間暮らした国よ。私たちには力があるんだもの、彼らを守るのは私たちの責務よ」

「責務ときたか」


 イザベラはグラスを取って、中の液体を一口飲んだ。


「その末にあるのは何だ? わたしたちへの全面依存じゃないか。薬物中毒者にも等しい、狂った中毒者が増えていくだけじゃないか? わたしたちの行為というのは、つまりそういう連中を生み出す行為に他ならない」

「ならどうしろって……」


 レベッカは俯く。イザベラは「ふ」と鼻で笑った。


「わたしはもう、十分に待った」


 イザベラはこれ以上ないというほどに冷たい口調で、そう言った。

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