バロックノート

「やはりか」


 例の怪しい駆逐艦は、それらの威力を大きく減衰させていた。装甲に傷こそついたが、撃沈には至らない。PPCは過分に強大な兵器だったが、それは通常艦隊を掃討するための装備であって、セイレネスの力の乗るものではない。セイレネスの防御力で大きく減衰されてしまうのは納得だった。


 その一方で、その後ろに隠れていた通常艦艇たちは大きなダメージを受けていた。ただの一撃で少なくない数の大型艦を仕留めていた。


 イザベラは少し思案した末に、旗艦と思われる艦に呼びかけた。


「アーシュオンの艦隊に告ぐ! 勝負は決した。直ちに投降せよ! わたしは第一艦隊司令官、イザベラ・ネーミア中将である! 停船し、降伏せよ!」


 しばらく待ってみても反応はない。その間にも火器での応酬は続いている。


「しかたない」


 なれば、殲滅するほかあるまい。この不気味な駆逐艦どもも含めて。鹵獲ろかくできれば良いのだが、そんな余力もなさそうだった。第一艦隊はコーラスの不意打ちにより、戦力の三割近くを削られてしまっていたからだ。


「全艦隊、敵艦隊へ突撃! 殲滅せよ!」


 コーラスでの不意打ちはもはやない。ならばあとはこの駆逐艦たちとの戦いに勝利すればよい。だがしかし、今はイザベラの力のほとんどを海域封鎖に割いている。攻撃に参加する余力はなかった。つまり、エディタたちに任せる他にないという事だ。


「指定したターゲットに照準合わせ! 飽和攻撃で潰せ!」


 イザベラは矢継ぎ早にエディタたちに指示を出していく。


「レニー、ヒュペルノルを突出、切り込め!」

『了解!』

「エディタ、パトリシアは援護。クララとテレサはC級を率いて両翼から敵艦隊を掻き回せ!」


 戦況は好転している。レネのヒュペルノルが文字通り敵艦隊を真正面から切り裂いた。至近距離からの砲撃で、セイレネス搭載艦であろうとなかろうと、文字通りに打ち砕いていく。クララとテレサは高い機動力を生かして敵駆逐艦や軽巡洋艦を一網打尽にしていく。レネの後ろについたエディタとパトリシアは、その大火力で以てレネが撃ち漏らした艦艇を粉砕していった。


「片付いた――ん?」


 なんだこれは。イザベラは思わず奥歯を噛み締めた。それまで聞こえてきた敵駆逐艦からの完璧な和音が途絶えたと同時に、強烈にディストーションを掛けられた無茶苦茶なが放出され始めたからだ。とも違う。指向性も何もない、ただのぐちゃぐちゃなだ。音階すら存在しない。音源はたった一隻残った駆逐艦だ。もはや大破浸水状態であり、長くは持たない事は一目瞭然だった。


 苦痛と至福。恐怖と恍惚。


 矛盾のような歪みのような、そんなものが交互に押し寄せてくる。鳥肌が止まらない。呼吸すら忘れるほどの不愉快さだった。


 なんだこれは!


 イザベラは激しい苛立ちを覚える。強引にその駆逐艦へと意識の手を伸ばす。オルペウスによる防衛反応はあったが、イザベラはその障壁を強引に破り裂いた。分厚い論理防壁だったが、今や全力を割くことのできるイザベラに突破できないようなものではない。


「これ、ドラッグかっ!?」


 意識に触れた途端に、ぐにゃりとした何かがイザベラの意識に満ちた。なめくじのような何かが脳内を這い回るような、蟻が肌の内側を走り回るような、さながら禁断症状のようなものがイザベラの中で膨れ上がる。


「くそっ」


 さっきまでの圧倒的な同調率の正体は、これだったのか。


 イザベラは唇を舐めた。


 その駆逐艦にいると思われる歌姫セイレーンは、驚くほど空虚だった。何も見えない。そこにいるのは確実なのに、顔が見えないのだ。意志が感じられない。いわば、肉食昆虫のような――。


 薬物で完全に制御下に置かれた歌姫ということか。


 ゲテモノ、なるほど納得だ。


 心中で唾棄したその時、イザベラの意識に一人の少女の姿が焼き付いた。いや、姿というよりは、頭だ。首から下は見えなかった。髪も眉もない。薄く目を開け微笑んでいる、能面のような少女だった。


 なんだこれは……!


 呻いたその拍子に、生首少女はブロックノイズと化して消えた。まるで哄笑のような断末魔を残して。


 イザベラにはそのの詳細までは掴めなかった。ただ、こらがたい吐き気を覚えていた。ほぼ無防備の状態で受けてしまったその断末魔に、イザベラは完全にやられてしまった。あの不気味な微笑が記憶に焼き付いて離れない。断末魔が頭の中を減衰することなく反響している。


「誘い込まれたのか」


 今となって気付いたが、もはや手遅れだった。完全なる失策だった。イザベラは肩で息をしながら、自分の軽率な行動を呪った。いくらアーシュオンの秘密兵器であるとはいえ、たかだか駆逐艦であるというような油断があったことは否めない。


『司令官! 大丈夫ですか!?』


 マリアの声だった。鬼気迫るその様子に、ようやくイザベラは我を取り戻す。


「大丈夫、ちょっと油断しただけだよ」


 胸に楔でも打ち込まれたのではないかというような苦痛がある。


「それよりマリア、見た?」

『漠然と……ですが』

「何を?」

『生首のような何か、です』


 同じだ。


 イザベラは息を切らせながら思う。つまりさっきのは錯覚でも何でもなかったということになる。


 だが、今となってはその駆逐艦たちの全てが沈んでしまっていたので、事実追及のしようもない。イザベラは溜息を吐き、首を振った。


「クララ、エディタ、敵の生存者の救出を」

『イエス・マム』


 二人が同時に応え、クワイアたちを率いて敵艦隊の残骸の浮かぶ海を横断していく。


「エディタ、わたしは少々疲れた。以後任せて構わないか」

『もちろんです。直ちに再編成の上、本国へ戻ります』

「うん。そうしてくれ」


 イザベラは意識を本体に戻し、そして目を開けた。真っ暗なその視界に、イザベラはほっとする。視覚にも聴覚にも一つのノイズもない空間だ。イザベラを取り巻く闇が、五臓六腑に染み渡る。


「ああ、エディタ、そうだ」

『なんでしょう?』

「今回もよくやってくれた。頼りになるよ、きみは」

『き、恐縮です!』


 相変わらずの堅物対応なエディタだったが、その声は少しだけ弾んでいた。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます