イザベラの目

 マリア?


 イザベラはコア連結室の中から、マリアの不審な行動を追っていた。エレベータで別れた時にも思いつめたような表情をしていたし、どこか上の空でもあった。


 コア連結室でセイレネスを起動して、その疑念は確信に変わる。マリアは誰かとをしていた。勿論、通常の発話行為とは違う。セイレネス同士の共感のような、そんな類の会話だ。だからこうしてイザベラの意識の中に、マリアの言葉が聞こえている。


 アーマイア……?


 そんな名前がくる。アーマイアと言われて思いつくのは一人だ。アーシュオンに数々の兵器を送り出しているというアイスキュロス重工の技術本部長、アーマイア・ローゼンストック。ヤーグベルテの立場で評価するならば、まさに諸悪の根源たる死の商人である。


 しかしこれはいったい、どういうことなんだ? マリアがアイスキュロス重工と繋がっている? いや、確かにマリアは同じ兵器産業であるホメロス社に所属している。敵対勢力であるとはいえ、繋がりがないとは言えない。しかし、だとしたら、これはどういう原理の会話なんだ。セイレネスを経由した意思疎通……のようなものなのか――?


 でもだとしても、アーマイア・ローゼンストックが、セイレネスの有効射程範囲にいるとは考えにくい。そもそも、マリアの能力がわたしと同じくらいだとすれば、わたしにもアーマイアの存在を感じることができるはずだ。だが、それはない。


「あるとすれば……」


 イザベラは薄く目を開けて呟く。


「いや、まさか、な」


 しかし真偽の程は、本人に訊いてみなければわかるまい。


 悪趣味なゲテモノ……? わたしの目を覚まさせる……?


 聞こえてくるそれら不愉快なフレーズに、イザベラはかなりの苛立ちを覚えながら息を吐く。しかし、それらはアーマイアの発言であって、マリアの方はむしろそれに対して反発を覚えているようだった。


 エレベータの中で一人佇むマリアをしばし眺めていたイザベラだったが、やがて意を決して声を掛けた。


「どうしたの、マリア。きみらしくないね」


 マリアは「えっ」と声を上げる。


「やっぱりだ、マリア。きみはセイレネスを通さなくっても、わたしの声が聞こえるんだね。本当にすごい感度だ」

『え――』

「でも不便だね。嘘がつけない」

 

 イザベラは無意識に奥歯を噛み締める。会話を経てマリアの立場は理解した。マリアとアーマイアは繋がっている。しかも密接にだ。別の個人とは思えぬほどにセイレネスで共振し合うほどの存在なのだと。しかし、同一の意識であるというには、振れ幅が大きい。イザベラとレベッカよりも、同調率シンクロニシティは高い。


 イザベラはマリアの中に、マリア以外の二人分の意識を見ていた。一つはアーマイア・ローゼンストックと思われる声の主。そしてもう一つは、もっと大きなだ。イザベラには到底触れ得ないほどに強大なの人格がある。その人格がマリアの中の支配権を持っているようだった。


 ……これは、ハブ人格ペルソナ


 だとしたら、マリアとアーマイアの対話の原理も理解できる。マリアとアーマイアの何れもが、このハブ人格によって形成されたものであるとするのなら、そのハブ人格にアクセスすることで、物理的に離れたもう一方の人格との対話も可能になる。


 ――仮説の域は出ないけどね。


 ともかくも、アーマイアがどうかは知らないが、マリアは信じるに値する。マリアには嘘も偽りもない。このは引っかかるにしても、マリアという人格そのものに罪があるとは思えない。だからイザベラのマリアを信じる気持ちは揺るがない。


 マリアには見届けてもらわなきゃならないし――イザベラは特に脈絡なく、そんなことを思った。


 いずれにしても今回の敵は事はハッキリしている。トリーネの時のような失態は犯すまい。


 そこでイザベラは、自分が唇を噛み締めていたことに気付く。


「いけない、いけない」


 ごそごそとポケットを漁って、安定剤を一回分取り出して、水も使わずに飲み込んだ。


「慣れたもんだよ、まったく」


 そして、そう自虐した。

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