an end
真っ白な空間だ。
そこにいるのはイスランシオである。イスランシオは、何かを待つように宙を見上げていた。
あらあら――。
銀の炎のようなものがそこに現れる。それはやがて、人の姿を取った。銀髪がふわりと揺れる。それ以外の特徴は、イスランシオには認識できなかった。
「負けちゃったわね」
「
イスランシオは肩を竦める。二つの影は今にも重なりそうなほど近かった。
「それで」
銀の姿――アトラク=ナクアが艶やかな声で訊いた。
「もう満足したの?」
「十分だ」
「そう」
アトラク=ナクアは「ふふ……」と微笑んだ。唇の赤さだけが、イスランシオの意識に上る。
「俺には確固たる目的などなかった。あいつに会えるのなら、もうどうでもいい。遊びの時間は終わりだ」
「そう。でも、セイレネスで変わる世界を見届けなくていいの?」
「どうだっていい。死の無い世界なんざ、何をしたって虚ろなんだからな」
イスランシオは肩を竦めた。
「色即是空が真理なのであれば、結局何もしなくても同じこと。もうそろそろ潮時だっていうことだろうさ。俺の役割は終わった」
「空即是色が真理なのかもしれないわよ? 見届ける資格も権利もあるけど、いいのかしら?」
「俺にとっては色即是空が真理だった。それで十分だ」
「あら、そう」
つまらなさそうに、アトラク=ナクアは呟いた。
「仮にお前の言う空即是色こそがこの世界の真理だったとしても、俺はカティに材料は与えた」
「そうね。そう。でも喋り過ぎよ、あなたは」
咎める口調ではあったものの、その表情は艶然と柔和だった。
「それじゃ、そろそろ――」
アトラク=ナクアはイスランシオに一歩近づき、その右手を両手で包み込んだ。
「ギンヌンガの奈落へと案内するわ」
「好きにしろ」
イスランシオはぶっきらぼうに応じる。
「どのみち、この世には何の未練もないさ。この論理層はまさに理想の死の世界だった」
「あら、そう」
銀髪を揺らし、アトラク=ナクアは「なら十分ね」と小さく笑った。
「行きましょう、本当の地獄へと」
アトラク=ナクアの姿が薄れ始め、手を繋いだイスランシオもまた希薄化していく。イスランシオは電子に溶けていく自分を見ながら苦笑のような表情を浮かべた。そして銀の悪魔に向けて囁いた。
「悪魔よ、お前は本当に
「ふふふ……ありがとう。エイドゥル・イスランシオ」
ばつん。
音を立てて、空間が暗転した。
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