#16-2:レイヤード

世界を終わらせる手段

 赤いスキュラが、薄緑のF108+ISインターセプタと正対する。多弾頭ミサイルが炸裂し、相互に機体を捻りながら爆炎を貫いた。なおも追いすがるミサイルの尾を引きながら、二機は再び空中で相まみえる。振り撒かれるフレアが、チャフが、限りなく透明な真冬の空を赤や銀に彩っていく。


 カティは呼吸を整えながらチャンスを待つ。敵艦載機やナイトゴーントとの一戦を終えた後での交戦だ。集中力にも限界がある。肉体の疲労だって大きい。全身にかいた汗が、とても気持ち悪い。


「機動性はあっちのが上か」


 スピードはスキュラの方が上だ。だが、機体制動プログラムをリアルタイムに最適化していくF108+ISインターセプタの方が、総合力では上回る。


 三度目の交錯の直後、スキュラのシステムが侵入警報を鳴らす。


『カティ・メラルティンか』


 通信を盗られた――!


 カティは音高く舌打ちする。周辺空域には敵も味方もなかった。そのまま薄い雲を突き抜ける。敵機はレーダーに映らない。だが気配はある。スキュラの方がスピードはあるから、直進運動で追いつかれることはない。機関砲弾が脇を掠めていく。当たるものか。


『噂は聞いている。お前も大佐になったらしいな』

「無駄話をするつもりはない、イスランシオ!」


 カティは機体を宙返りさせた。急激な減速がカティの肉体をギリギリと締め上げる。天地が反転したその瞬間に、イスランシオの機体が突っ込んでくるのが見えた。機関砲弾が降り注ぐが、カティはその全てを読み切った。機体を巧みに捻り、砲弾の雨を掻い潜る。


 イスランシオの背後につけたその瞬間に、カティはロックオンを完了させる。しかし、それはすぐに解除されてしまう。


「ちっ、介入か」

『電子戦は俺の得意科目でね』


 スキュラのシステムが汚染され始めている。カティは仮想キーボードを引っ張り出して、モニタの方を見もせずに、猛然と左手でキーを叩き始めた。あらかじめ構築してあった対汚染アンチハックプログラムを活性化させて、汚染を遅らせることに成功する。データリンクのチャネルを全て閉鎖して、機体を孤立スタンドアロン化させる。論理的な侵入余地を全て塞ぎ、機体の中に立て籠もる。味方からの支援はアテにできなくなるが、もとより一騎打ちの覚悟である。支障はない。


『お前はどうしてこんな現実にしがみつく』

「何を言ってる」


 F108+ISインターセプタの背後につける。その瞬間に機関砲は火を噴いている。普通のエースなら撃墜されていたはずだ。だが、イスランシオはやはり超エースだった。どういう機動の結果なのかはカティにもよくわからなかったが、とにかく全弾外れた。


『ヴェーラ・グリエールの行為おこない、そしてその想い』

「――!?」


 知っていると言うのか。


『俺が見つけられない情報はない』

「そうかい」


 カティはイスランシオの真後ろをキープし続ける。既に一戦終えた後だ。機関砲弾もミサイルも、心許ない。無駄撃ちはできない。それがカティをわずかに焦らせる。


「っ!」


 カティは操縦桿を右に思い切り押し倒した。機体が大きく時計回りに弧を描く。イスランシオは機体をまるでロケットか何かのように海面に対して垂直に立てていた。一瞬でも判断が遅れていたら、F108+ISインターセプタに突っ込んでいたところだった。


『お前ももう認知しただろう。この国家の、国民どもの、愚昧なことを。そんな連中に、お前も、歌姫たちも、都合の良い道具として扱われている』

「だから何だ!」


 背面上方から放たれてきたミサイルの群れを、数センチという距離感で捌ききる。近接信管によるダメージは、回避運動とアブソーバで吸収しきる。そのたびに機体が大きく揺らされるが、カティは意にも介さない。その衝撃波さえ利用しながらミサイルを避けていく。


「アタシは道具で結構! あいつらにだってその覚悟はある」

『そうかな?』


 真後ろについたイスランシオがスキュラをロックする。至近距離だ。カティは操縦桿を思い切り引き、同時にベクタードノズルを進行方向に向けて、オーグメンタを点火した。凄まじいGがカティの両肩にかかり、シートに身体がめり込んでいく。背骨が圧縮されるような激痛が走るが、カティは歯を食いしばって耐えた。


 速度が止まるその瞬間に、今度は海面にノズルを向けて、真上に飛び上がる。イスランシオの機体がカティの真下を噴射炎に炙られながら通り過ぎていく。


『その覚悟があったのなら、なぜヴェーラはヴェーラとしての死を選んだ』

「それはアタシにはわからない」


 カティは宙返りするとまたイスランシオの後背にピタリとつけた。イスランシオのクラッキングによって照準がブラされ続けているため、ロックオンに至らない。カティは舌打ちする。


「だけどね、あいつも今はこうして戦っている。アタシと一緒にね。だから、あいつらの考えなんてどうだっていい」


 アタシはあいつらを守り抜く――カティはいつだってそう思っている。あいつらなしに自分は戦えない、とも。


「今のアタシはあいつらに作られたみたいなものだ。だからアタシはあいつらを守る。それだけだ!」

『つまらんな』


 イスランシオの声は冷たい。


『歌姫などと呼ばれているあいつらが、どんな扱いを受けているか知らぬわけではなかろう』

「それをどうにかするために、あいつらは戦っている!」

『ふふふ、その先に何がある。救いか? そんなものがあると思っているのか』


 二機の戦闘機はまるで曲芸飛行をしているかのように、空を切り裂き、海を割る。飛び交う曳光弾もまた、一つの芸術だった。


『この戦いで生き残れたとしても、お前は空で死ぬだろう。死ぬまで飛ばされ続け、そして死ぬ』

「それなら後悔はない!」


 カティは海面すれすれを飛ぶF108+ISインターセプタに向かって、まるで海鳥が魚を狙うかのように急降下した。そして機関砲を撃ち込む。イスランシオはその弾幕に真っすぐに突っ込む形になる。だが、かすり傷しかつけられない。致命弾には程遠い。


『俺は知っている。このどうしようもない世界を終わらせるすべをな』


 終わらせる術……?


『いや、もうすでに終わりは近付いてきていると言った方が良いのかもしれんな』


 上に逃げるイスランシオ。カティは首を巡らせてその動きを追った。スキュラが一瞬遅れてついてくる。


『セイレネスこそが福音だ。ゲートを開き、論理層と物理層の境界を無くす!』

「意味が分からない! クソくだらないことを言っていないで、とっとと墜ちろ!」

『俺たちは物理層への絶対的なアクセス権がある』


 カティの怒号にお構いなしに、イスランシオは言った。


『論理層が物理層へ近付くことによって、俺たちは物理的な制約をより一層無視することができるようになる。ゲートウェイの干渉がなくなれば、なお、な!』

「だから何だって言うんだ!」


 本当は会話していられるような状況ではない。だが、意識が勝手に反応している、そんな感じだった。


「士官学校を襲った連中だって、セイレネスで消し飛んだじゃないか!」

『物理的には、な。だが、ヴァシリー・ジュバイルは消えてなどいなかっただろう?』

「――!?」


 確かにヴァシリーとは再戦の機会があった。カティの背筋が冷たくなる。


「あいつはまだ生きてると言うのか!」

『生きてなどいない、最初からな。だが、奴は逝った。奴自身の意志でな。それはお前たちにはできない。今のお前たちは、論理層へは介入できやしないのさ』

「よくわからん!」


 カティは一言で切って捨てた。二人はいつの間にか高度一万メートル以上まで上がっていた。どこまでも続く凍てついた冬空で、二つの機体はぶつかり合い、絡まり合う。一瞬の隙も無く、間断なくお互いの尻尾に絡みつこうと動き回る。集中力が切れたらおしまいだと、カティは意識を引き締める。脳はとっくに虚血状態に陥っていたし、緊張の連続のせいで全身の筋肉から力が抜けていっているようだった。


『セイレネスを使うべき者が使えば、世界は変わる。大いなるパラダイムシフトにより、この結果論に満ちた愚かな世界が組み変わる!』

「そんな妄想に付き合うほど暇じゃない! そんなな夢物語には興味がない!」

『非現実的?』


 イスランシオは笑った。喉の奥を鳴らす、耳障りな笑いだった。


『非現実を否定するならば、このの存在を何と説明するのだ、カティ・メラルティン』

 

 レーダーには映っていないが、イスランシオは真後ろだ。カティは直感する。操縦桿を思い切り引き、そして左に倒す。そのまま反時計回りに回って、イスランシオの右斜め上方から襲い掛かる。機関砲が火を噴き、曳光弾と高速徹甲弾がF108+ISインターセプタの右翼に突き刺さる。


「あんたの存在の説明だって?」


 トリガーを引き続ける。数百発の砲弾がイスランシオの機体に吸い込まれていく。


「あんたはな、現実から逃げ出した卑怯者だ!」


 F108+ISインターセプタの右の翼がボロボロに破かれる。火と煙を噴き上げながらも、反転してカティに迫ってくる。まるで自殺攻撃だ。


 その時、イザベラの声が響いた。


『カティ、気を付けて! 空域から離脱!』

「なんだって!?」

 

 通信回線は奪われていたはずじゃ……。


『早く!』


 その声は頭の中で反響する。さしものカティも、疲労が限界を迎えつつある。幻聴の類かもしれなかった。だが。


「お前の言うことなら」


 カティは突っ込んでくるイスランシオの機体を躱し、斜め下方に向けてオーグメンタを全開にした。眼球が眼窩に押し込められるような加速を感じながら、カティは逃げる。時間にして七秒。イスランシオ機から五キロほどの距離を取ったところで、背後から金色の輝きが追いかけてきた。その数秒後には、後ろから殴られたかのような衝撃を受ける。首に激痛が走るほどの衝撃だった。コックピット内が輝きと影の、強烈なコントラストを作る。


「なにが……?」


 痛みを押して振り返ったところで絶句する。背後上空の空が球状に燃えていた。核爆発か何かのような、ともかくすさまじい反応兵器の爆発だった。強いて言えば、インスマウスのそれに近い。


「自爆かよ、ここにきて……!」


 周囲には艦隊もいなければ味方機もいない。いつの間にか戦闘空域から大きく離脱していたようで、それは結果として幸いだった。


「エンプレス1、状況終了」


 カティは母艦リビュエへと針路を向け、ようやく一息ついた。




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