レネの剣舞

 その翌日には、ソリスト歌姫セイレーン、レネ・グリーグが第一艦隊へと正式配属された。また、V級のパトリシア・ルクレルクはレネと艦を共用する都合により第一艦隊へ、ロラ・ロレンソは第二艦隊へと配属された。


 秋の終わりから冬にかけて、アーシュオンの潜水艦部隊による沿岸部への空襲は、断続的に続いた。第一艦隊、第二艦隊がカバーできる範囲に現れた場合には撃退することはできたが、広い沿岸部を二個艦隊で防衛すること自体に大きな無理があった。四風飛行隊も八面六臂の仕事ぶりを見せていたが、その戦力は確実に漸減させられていた。


 だがそれは、M型ナイアーラトテップに加え、マイノグーラの量産を開始したアーシュオンにしても同様であった。超兵器オーパーツと総称されるそれらの戦力こそ拡充を続けていたが、通常艦隊および艦載機の不足が目立ち始めていた。両軍は、一部の部隊を除き、疲弊に疲弊を重ねていたのである。


 だがしかし、それは厭戦ムードには結びつかなかった。両軍ともに圧倒的な戦力、つまりセイレネスを有しており、そして互いに自軍の方が強力であると根拠なく信奉していたからである。


「パトリシア、すまないな。今回は出番はナシだ」


 イザベラは提督席の横に直立不動で立っているヴォーカリスト級歌姫に話しかけた。パトリシア・ルクレルクは、メディアでは「妖精」と形容される、小柄で可憐な少女だった。赤みがかった金のショートボブに縁どられた白い顔の中に、鮮烈な輝きを放つ緑の瞳がある。パトリシアは同期のロラ・ロレンソにいつも隠れているような内気な少女ではあったが、いざ戦いの場になると一人の戦女神と化すことは、二度の実戦を経た結果、軍部にも広く認知されることとなっていた。


 パトリシアの乗艦は、現在セイレーンEM-AZに並走している重巡洋艦ポルックスなのだが、それには現在、レネ・グリーグが搭乗していた。ポルックスが共用チューニングとなっているのは、レネ専用戦艦ヒュペルノルが完成するまでの暫定措置である。


「いえ」


 パトリシアはしばらく間を置いてから答えた。イザベラは苦笑する。


「クララやテレサの軽巡を充てても良かったのだが」

「いえ、先輩の顔は立てておかないと」

「そうか」


 イザベラは頬杖をつき、「うん」と息を吐いた。


「きみも巨大な戦力だ。そういう意味ではわたしは今、大きなリソースの無駄をしていることになる。だが、まぁ、学べるものは多い」


 そう言いながら、イザベラは腕を組み、メインモニタを見上げた。その時、索敵班員が声を上げた。


「提督、敵を最大射程に捕捉しました!」

「わたしの、か?」

「肯定です!」


 元気の良いその声を聞いて、イザベラは「ふむふむ」と頷き、しばし考えた。


「ソリストの最大射程に入ってから再度報告をするように」

「イエス・マム。レネ・グリーグ中尉の探査界センサと同期します」

「うん」


 イザベラには動く様子はない。パトリシアが首を傾げる。


「司令官は攻撃には参加されないのですか? 第三哨戒艦隊と第四補給艦隊、現在交戦中ですが……」

「いいんだ」


 イザベラは腕を組んだまま首を振った。


「そもそも敵艦隊は第三、第四を餌にしているだけだからね。我々を誘き出したいだけなのさ」

「であればなおのこと、射程外攻撃アウトレンジで叩くのが良いかと」

「その通りだ。でも、しない。この戦いはエディタが指揮して、レニーが戦う。理想的な形さ」


 イザベラの声は明瞭で、落ち着いていた。哨戒機からのデータリンクで作られたレーダーマップの端には、すでに第三哨戒艦隊と第四補給艦隊が見えている。アーシュオンは一個艦隊で以て、その二つの小艦隊を追いかけている。今は姿が見えないが、ナイアーラトテップなども潜んでいることだろう。


「戦争はね、一人や二人の人間に頼ってするものじゃないんだ」

「しかし――」


 そこまで言って、パトリシアは口を噤んだ。このことは司令官の中ではとうにカタのついた問題なのだ、と気付いたからだ。その様子を満足げに横目で見やり、イザベラは悠然と足を組んだ。


「レニー、戦闘準備。エディタ、以後指揮を任せる」


 そう言った直後に、メインモニタの右端に、レネとエディタの顔が映し出された。とはいえ、暗いコア連結室からの映像なので、その表情はほとんど見えない。


『承知しました、提督。レニーは有効射程まで待機。レニーのセイレネス発動アトラクトを以て、状況を開始します』

「うん、そうしてくれ」


 イザベラはエディタの行動指針を承認する。エディタももう慣れたもので、このあたりのシーケンスで手間取るようなことはない。


『戦闘開始後は、各艦敵艦隊へ突入。海域封鎖を厳にし、コーラスによる攻撃に備えます』

「敵の編成は見えたかい、エディタ」

『はい。初期型が一隻、改良型が二隻、量産型が一ダース。マイノグーラに関しては、レニーの探査でも発見できておりません』

「よろしい」


 そんなところだろうとイザベラは考える。しかし、I型が二隻というのが少し気がかりだった。


『I型はレニーに対処させます。あとはクララ、テレサ、私が他を。C級たちで味方艦隊の撤退を支援します』

「良いだろう。I型二隻に、レニー一人で足りると思うか?」

『足ります。シミュレーションは十分してきました』


 明快な断定に、イザベラは少しだけ興奮を覚えた。


「実戦と訓練は違うぞ」

『差し引いても、行けます』

「……よろしい。わたしのサポートは必要か」

『いえ』


 エディタが首を振ったのが見えた。


『だいじょうぶです。行けます』

「ならばよし。やってみせろ」

『承知致しました。まもなく状況を開始します』


 その数秒後、隣の重巡ポルックスの主砲と二門の電磁誘導砲レールキャノンが火を噴いた。セイレーンEM-AZの艦橋にも、その轟音と衝撃が響いてくる。薄緑色の輝きが炎のように立ち上がり、そして、水平線の向こうへと消えて行く。


 その様子を見送ってから、パトリシアは遠慮がちに訊いた。


「司令官は本気でセイレネスをお使いにならないつもりですか?」

「さぁてね」


 イザベラは首を回す。


「私はでいたいんだ」


 その笑みの冷たさに、パトリシアは寒気を覚えた。イザベラはおもむろに立ち上がる。そしてまたメインモニタを見上げながら、ゆっくりと腕を組む。レネを映し出しているモニタの中で、レネはゆっくりと目を開けた。


『I型の轟沈を確認。続いて二隻目を狙います』

「ほう……」


 感嘆の声を漏らすイザベラ。パトリシアは、何が起きたのかさっぱりわかっていない。立ち尽くす二人を尻目に、重巡ポルックスが再度主砲を一斉射した。先ほどよりも明瞭な薄緑色の輝きが、まるで投槍ジャベリンのようにほとばしり出て行く。


「パトリシア、レニーはシミュレータでもこんなレベルだったのか」

「いえ、もう少し控えめでした」


 ようやく事態を飲み込んで、パトリシアが上ずった声で応えた。騒然とする艦橋の中、索敵班が声を上げる。

 

「提督、エウロス飛行隊が現着です。通信開きます」

『メラルティンだ。司令官、いるかい?』


 音声のみの通信だった。もうすでに戦闘フェイズに突入しているにも関わらず、その声には全く動揺の類がない。だが、油断もない。イザベラはレーダー映像の中を高速で横切っていく味方機、つまりエウロスの二十機ばかりの機影を追った。


「怠け者の司令官は、提督席で見物中。やることがなくてね」

『それはけっこう』


 カティは少し笑ったようだった。


『ついでに訊くが、アタシたちは何をすればいい。今I型が二隻沈んだって報告があったが。敵の艦載機だけやればいいかい?』

「それをお願いする。あとは上空を押さえ続けてくれればいい」

『了解。艦載機を殲滅する。……ナイトゴーントもいるな』


 カティとその部下たちなら、ナイトゴーントはもはや敵ではない。特にカティのスキュラは、ナイトゴーントたちのセイレネス装甲とも呼ぶべきものをまるで無視して痛打を与えられる。その上、エウロス全機にオルペウスが搭載されているため、ナイトゴーントの優位性は、もはやない。


「提督、海面の色が変わりました!」

「来たか!」


 量産型の最低でも四隻がマイノグーラの偽装艦だったということだ。以前と同じ戦法である。エディタの緊迫した声での指示が飛ぶ。


『クワイア級、旗艦周辺の海域封鎖を急げ!』 


 その不気味なに、パトリシアは思わず耳を塞いだ。圧倒的正確性をもった和音の群れが、一分の狂いもなく聴覚にじ込まれてくる。


「これは……!?」

PTCパーフェクトチューンドコーラスって、ブルクハルト中佐は表記してたな。ああ、まだシミュレータには実装インプリされてないのか」


 まるで他人事のようにイザベラは言う。そのどこかとぼけた口調が、パトリシアをますます不安にさせる。


「司令官、しかしこのままでは」

C級クワイアたちを信じるしかないよ、今はね」


 飄々とした口調で言いつつ、イザベラは肩を竦めてみせた。


「運命を他人に委ねるってことは、こういうことなのさ」

「あの、怖くないのですか?」

「怖いさ」


 イザベラはクックッと喉の奥で笑った。


「思わず笑っちゃうほどにね」

「ならなぜ――」

「今のヤーグベルテは、まさにこんな状態なんだよ、パトリシア」


 突然話題が変わったように感じ、パトリシアは戸惑う。イザベラはメインモニタに顔を向けたまま、腕組みを解いて、背中で手を組んだ。


「他人に運命を委ねるなんてのは、自分の生き死にすら、他人に任せるということなんだ。こんな具合に、無責任にね。わたしは今、この艦に乗っている皆の命を危険に晒した。まるで他人事のように、自らは何もせずにね。この姿勢こそ、今のヤーグベルテを支配している病魔なのさ」

「しかし、司令官には力があるじゃありませんか」

「チカラ、かい」


 イザベラは赤く美しい形の唇をついと歪めた。


「チカラがある者は、運命を他人に委ねてはならない。きみはそう言うのかい?」

「理不尽な状況を変えられる力があるのなら、それを行使しないまま他人に運命を任せるなんて、その……」

「傲慢な考え、かい?」


 そうこうしている間に、周囲の海の色はすっかり元通りになっていた。襲い掛かってきていたPTCと呼ばれる攻撃もまた、鳴りやんでいる。そこでしばらく沈黙していたエディタが、億劫そうな声で報告してくる。


『提督、マイノグーラを全滅させました。レニーが二人、やってます』

「ご苦労さま。以後の処理もすべて任せるから、きみの好きなようにやるといい。副司令官殿」

『……承知致しました』


 エディタが応じたその直後、イザベラは後頭部を殴られたかのような衝撃を覚えた。頭がひどく痛む。耳鳴りが襲ってくる。


「何か来るぞ!」


 イザベラが言うと同時に、カティから緊急通信が入った。


『奴が出たぞ。F108+ISインターセプタだ!』

「ここで出てくる!?」

『そっちの艦隊に被害が出てる。クソッ、完全に不意を打たれた!』


 悔しそうなカティの声。その機体に備え付けられているカメラの中に、薄緑色に発行するF108+ISインターセプタの姿があった。


「エディタ、被害報告急げ!」

『はっ、コルベット四号、フリゲートアリシアおよびメイユン、駆逐艦ミルドーおよびテレジア、通信途絶しました。一班まるごとやられました』

「五隻が一瞬……」


 パトリシアが目を見開いて呻く。その視線はカティから送られてくる映像に注がれている。イザベラは爪先で三度ほど床をつついてから、メインモニタに映っているエディタの顔を見上げて言った。


「これはわたしの失策だ、エディタ。気にするな。空はメラルティン大佐に任せておけ」

『対空砲での支援等は――』

『要らんよ、レスコ少佐』


 カティが割り込んだ。


『あいつはアタシがカタを付ける。こいつには一切手を出さないでくれ、かえって邪魔になる』

「了解、カティ。というわけだから、エディタは海面上の敵をどうにかしてくれ」

『承知しました、司令官』


 エディタの重巡アルデバランや、レネの重巡ポルックスは、もう水平線の向こうにいる。クララの軽巡ウェズン、テレサの軽巡クー・シーの姿は、かろうじて捉えられる。水平線のあたりが緑色に輝いて見えるが、そこまではっきりと視認できるのはイザベラだけだった。V級であるパトリシアの実力を以てしても、言われてみれば緑色に見えるという程度の認識力だった。


『ナルキッソス隊、F108+ISインターセプタの随伴機をどうにかしろ! コルベットに被害が出ている!』

『ナルキッソス1、了解……してるんスけどね、ナイトゴーント、手強くなってません?』

『泣き言を言うな、分析はブルクハルト中佐がやってくれる。今はそいつらを叩き落すことを考えろ!』

『イエース・マァム』


 そうこうしているうちに、カティから送られてくる映像の中心に、F108+ISインターセプタの薄緑色の姿が捉えられた。


 カティが宣言する。


『エンプレス1、エンゲージ!』


 相殺し合う多弾頭ミサイルの爆炎が、戦いの始まりを告げた。

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