コーラスワーク

 レベッカたち第二艦隊が暗礁海域をセイレネスで捉えた時には既に、第八艦隊、第七艦隊は、ともに壊滅状態に陥っていた。駆逐艦の幾らかは生き残っていたが、海域には軽巡以上の艦艇の姿はない。ウラニアの舳先に意識を泳がせながら、レベッカは思わず慣れない舌打ちをする。現在の敵艦隊との距離は百キロ弱。


「逃げないの?」


 二個艦隊が向かってくるのを見て、レベッカは首を傾げた。その艦隊の前方に、四隻のM型に擬態したマイノグーラが展開している。


「すごい同調率……」


 その不気味な四隻の新型クラゲから発されるのは、完全な和音。ブレもズレもない、恐ろしく無機的な音が、それら四隻から発されている。こんな芸当は私にもできないと、レベッカは感じる。つまり、のだ。ノイズの欠片すら見当たらず、そしてあまりに調和した和音というのは、美しいというよりも不気味だ。


『ベッキー、来たか。映像は見たかい』

「カティ! 見ました、コーラスによる狙い撃ちで間違いないと思います」

『そうか。残念ながら、アタシたちもその攻撃の詳細がつかめないから攻めあぐねている。おかげで敵の艦隊にも手が出せない』


 カティの判断は賢明だった。エウロス飛行隊はかなりの高度を維持して敵の艦載機との戦闘を行っている。だが、マイノグーラによる攻撃の性能がわからないため、かなりの苦戦を余儀なくされていた。


「カティ、エウロス全機避退してください。ここからは私がやります」

『了解した。エウロスは空域を離脱する』


 よし、と。


 レベッカは頷いて、再び意識を集中する。


 マイノグーラたちからの不気味な音が、急激に圧力を増してくる。レベッカはウラニアの周囲の海が碧く輝いたことに気が付く。


「こんなもので――」


 私の防御を貫けると思うな!


 レベッカの意識が歌う。セイレネスの放つ、レベッカを取り巻く音が、ビートを上げる。音素の全てが混濁し、やがて一つのノイズとなる。竜巻のようなノイズだ。海が光る。エディタとハンナが呼ぶ声が聞こえる。だがレベッカは、それら全てをノイズの渦に放り込んだ。音がますます圧力を増し、完璧な和音というノイズを打ち消していく。


「見ておきなさい」


 レベッカは厳かに言った。意識の目が薄暮の空海域を舐め回すようにして観測する。四隻のマイノグーラから放たれる音が見える。それは糸のように絡まり合って、ウラニアへと伸びてきている。植物が根を張るように、空海域を侵食してきている。


 対するウラニアからは薄緑色の輝きが放たれ、それは波紋となってマイノグーラの音の触手を洗い流していく。ぶつかり合った音が弾け、輝きとなって消えて行く。それを見ることのできるのは、歌姫の能力を持った者たちだけであったが、エディタたちは揃ってそれを「美しい」と感じた。


 海を染めていた碧い輝きが見る間に色褪せ、灰色の陰鬱な海面に戻る。レベッカはそれを確認して、小さく息を吐いた。レベッカにしてみても、コーラスへの対抗策など使ったことは無かったが、なぜかはわかった。、レベッカは自然にセイレネスを操った。


『て、提督。マイノグーラは論理戦闘で対応しますか?』


 エディタが緊張に震える声で尋ねてくる。レベッカは数秒間黙考する。


「そうしましょう。あの子たちに物理戦闘を続けさせるのは得策ではないわね」


 今のところ、「コーラス」に対抗できるのはレベッカただ一人。下手をうてばエディタたちを失うことにもなる。それだけは絶対に避けなければならなかった。ということならば、論理戦闘の方がリスクが低い。レベッカはそう判断した。


 レベッカはエディタとハンナの意識を捕まえると、論理戦闘シーケンスを展開する。マイノグーラたちの結界をクラックするところから全ては始まる。常に四人でコーラスを展開しているマイノグーラたちの結界へとアクセスするのは、レベッカの力を以てしても手こずった。エディタとハンナがいなければ、諦めて物理戦闘で片を付けようとしたかもしれない。それだけマイノグーラ側は論理戦闘を拒否リジェクトしているのだ。だが、レベッカは要求リクエストを止めない。エディタとハンナのセイレネスの演算能力が加わり、アクセスキーの解析が始まる。マイノグーラ側はゲートを閉鎖してキーのリアルタイム上書きオーバーライトを実施してくる。概念文字列の乱舞する書き換えと侵入試行の応酬が数秒間続いたが、音を上げたのはマイノグーラの方だった。


 世界がたちまち白に染まり、その空間にレベッカ、エディタ、ハンナが出現する。数十メートル離れた所には、ほとんど見分けがつかないほどによく似た黒髪の少女が四人、立っていた。その手にはそれぞれアサルトライフルのような大型火器を手にしている。それを目にした瞬間、レベッカは緊張した。その火器はつまり、V級レベル、あるいはそれを超える能力を有していることを表しているからだ。


 六連装のガトリングガンを手にしたレベッカは、即座に彼我の間に壁を立て、エディタとハンナを呼び寄せた。


「あの子たちは危険です。私が前に出ますから、二人は援護を」


 有無を言わせぬ口調に、二人のV級は黙って頷く。


 そこからのレベッカの動きは早かった。立てた壁を自ら崩すなり、次々と柱を降らせた。警戒にそれに飛び乗り、飛び移り、少女たちとの距離を詰めていく。少女たちはレベッカに狙いを絞って射撃を開始したが、すぐにエディタとハンナによる妨害を受けて、壁を立ててそこに隠れる。エディタはアサルトライフル、ハンナは対物ライフルとハンドガンを手にしている。


 レベッカは柱を次々と立てたり消したりしながら、白い空間を飛び回る。巨大なガトリングガンを振り回し、薬莢を撒き散らしながら周囲を薙ぎ払っていく。その唸りを上げる火力の前には、少女たちの壁など紙にも等しかった。あっという間に破られ、蹴散らされていく。


 だが、少女たちも手ごわい。完全に同期した射撃は正確無比の一言だった。跳び回るレベッカを何発もの銃弾が掠めていく。エディタとハンナからの射撃も、四人の連携的な防御の前に効果が挙げられない。


論理空間上ここでコーラスは厳しいわね……」


 絶えず動き回りながら、レベッカは呟く。四人の少女は無表情にレベッカを見上げ、間断なく銃撃を行ってくる。足を止めれば蜂の巣になる。エディタやハンナではとうにそうなっていただろう――レベッカは自分の判断が正しかったと確信する。


 連携を乱すことができれば。


 レベッカはすっかり距離が離れてしまったエディタとハンナを振り返った。その間も、右手のガトリングガンは火を噴き続けている。エディタたちの支援射撃は必要十分だ。これ以上は望まない。


 レベッカは少女たちの目前に壁を立て、その一瞬で一人の少女に肉薄した。四人が次々とライフルを上げてレベッカの額に照準を合わせてくる。レベッカは柱を落して銃撃を弾き返す。柱を削った純白の土煙のようなものが巻き上がり、周囲がもうもうたる煙幕に包まれる。


 レベッカはその煙幕を突き破り、一番近くにいた少女の鳩尾に砲口を押し当てた。少女は呆然とその砲身を見て、レベッカの顔を見た。レベッカは左手で眼鏡の位置を直し、そして引き金を引いた。六連装の砲身が回転し、弾が放たれる。一瞬で百を超える弾丸を受けた少女は、上半身を文字通りに粉砕された。


 返り血がレベッカにかかり、その灰色の髪や白い肌を鮮血に染める。眼鏡のレンズにべっとりと絡んだ血液を乱暴に指で掬って払い、レベッカは足元に銃撃を加えた。舞い上がる純白の土煙がレベッカの姿を隠し、少女たちからの反撃を防ぐ。その間に、ハンナの狙撃によって少女の一人の頭部が音もなく吹き飛んだ。レベッカが一人を倒したことにより、四人のコーラスが強制終了させられてしまった結果、生じた隙をついたのだ。


 残った二人の少女は壁を立てて逃げようとする。しかし、レベッカには逃がす気はなかった。


「あなたたちは、もうログアウトはできないのよ」


 論理空間から脱出しようとする二人の少女を、アサルトライフルによる掃射が叩き伏せた。


「あなたたちは強い。だから、死んでもらうわ」


 レベッカはのたうつ二人の少女たちのところへ歩み寄って、平坦な声で告げた。少女は青白い顔で無表情にレベッカを見上げている。レベッカはブロックノイズに覆われ始めた少女にガトリングガンの筒先を向けた。


「論理の地平面に、墜ちて」


 戦いは終わる――。

 









 



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