逡巡と介入

 イザベラは、痺れを切らしたかのように叱咤した。


「クララ、テレサ、いつまでかかっているんだ」


 マイノグーラはまだ健在だった。M型も減っていない。このままだと、いずれC級に損害が出始めるだろう。敵の艦隊からは嫌がらせのように魚雷が放たれてきていた。通常であれば全く取るに足らない攻撃なのだが、C級たちの半数は新人だ。戦闘によるプレッシャーで、セイレネスを効果的に発動アトラクトさせられない者もいるだろう。何から何まで、油断して良い攻撃はない。魚雷ごときでセイレネス搭載艦を沈められてしまっては、査問会で何を言われるかわかったものではない。


「あまりよろしくはないな……!」


 イザベラは呟くと、セイレーンEM-AZを一気に前進させた。他の艦艇は微速で後退を始めていたので、艦隊を叩き割るようにして先頭に出ることになる。その動きに、アーシュオンの艦隊は敏感に反応した。全速力で反転、後退を始めたのだ。セイレーンEM-AZの威容は、それだけ圧倒的なものだったのだ。その間にナイトゴーントはさらに半減、すでに十機にまで撃ち減らされていた。その十機は一斉に成層高度まで逃げ出した。こうなってしまうとお互いに手が出ない。エウロスを待つのが得策だろうと、イザベラは対空監視を艦橋ブリッジの観測班に委譲した。


「敵艦隊が退却し始めた。奴らは放っておいて構わないが、マイノグーラとM型だけは確実に殲滅せよ」


 イザベラが言った直後、が響き渡った。思わず首を竦めるほどの強烈な波長だったが、その声の主は味方のものではなかった。V級相当の能力者のは、つまり、マイノグーラを操っている歌姫セイレーンのものだろう。


『すみません、手こずりました』


 クララが通信を入れてくる。それはかなりの消耗を感じさせられる声だった。セイレネス経由の通信では、嘘がつけない。マイノグーラの歌姫にかなりのダメージを負わされたに違いなかった。


「構わない、よくやった。ダメージはどれほどだ」

『数発被弾しましたが、大丈夫です。僕とテレサはこれからM型の邀撃ようげきに移ります』

「そうしてくれ。わたしは下がる。きみたちで一ダースのM型、残らず殲滅するんだ。C級は自由に動かして構わない」


 イザベラは自分の指示をして「鬼だな」と思う。だが、これもまた必要なプロセスなのだと信じている。これからの時代に必要なのは、一騎当千の戦力ではない。十の威力で戦える百の兵なのだ。さもなくば、第二、第三のヴェーラ・グリエールを生み出すことになる。そんな未来を許容することはできない――イザベラは無意識に奥歯を噛み締めた。


 その時、イザベラの視界の端に、赤い光が映った。


『エウロス、到着だ。第一艦隊の司令官、いるかい?』

「カティ!」

『ってなんだ、わざわざ来てやったのに、ナイトゴーントが十機しかいないじゃないか』

「ごめん、でも、殲滅頼むよ。あと、敵の潜水艦隊の追撃も」


 イザベラはコルベットが一隻喰われるのを目にしながらも、落ち着いた口調で依頼する。


『了解した。パウエル中佐、ここの空域を掃除しろ。残りは艦隊の追撃戦に移行する』


 赤い戦闘機を先頭に押し立てて、黒い戦闘機たちが一斉に南へと飛び去って行く。上空では掃討戦が始まっている。もはや心配は要らないだろうとイザベラは判断し、一度システムからログアウトした。


 暗い部屋の中で、イザベラは考える。クララやテレサにこのまま任せておいても良いものかと。すでにコルベットが二隻沈められている。状況から判断して、搭乗していた歌姫の生存は絶望的だ。艦船搭乗員たちも多くが死傷しているはずだ。そしてこのまま戦わせていては、さらに多くの犠牲者が出るだろう。その犠牲は本当に必要なのか。それに見合うだけの何かが得られるのだろうか。手を出すのは簡単だが、しかし――。


「ええい!」


 イザベラは改めてセイレネスにログインし、全速力でとの同調を果たす。戦況は相変わらずで、遅々として改善に向かっていない。このままいけば、下手すれば十隻からの損害が出るだろう。それはとりもなおさず、数百名の命が失われるという事を意味しているのだ。


「クララ、テレサ、これ以上の損害は許容できない。後はわたしがやる!」


 その一喝に、第一艦隊全体の緊張感が限界まで高まる。セイレーンEM-AZが主砲を仰角いっぱいの状態で一斉射する。十八個の大質量砲弾が、放物線を描いてM型ナイアーラトテップに向かって落ちていく。巨大な水柱を上げて着水したそれらの弾頭が着弾する寸前に、イザベラのセイレネスが干渉する。十八個の弾頭が六個に減じた。十二個分が抱えていたエネルギーが、残った六個に上乗せされる。


 その一撃で、M型ナイアーラトテップは数を半減させた。


「クララ、テレサ、直近のM型を一隻ずつ担当しろ。C級、わたしの指示する一隻に向けて、全艦コーラス開始! 各個撃破に移る!」


 セイレーンEM-AZが残ったM型に向けて突き進む。M型は右往左往しながら、逃げ散ろうとする。しかし、セイレーンEM-AZはその退路を完全に断つ。その間に、全C級によるが一隻にクリーンヒットしていた。全火力が集中させられ、挙句セイレネスの力を束ねられているのだから、生半可な防御力では防ぐことはできない。四十隻以上のC級艦艇による完全同調攻撃は、V級であるエディタ単体での攻撃力に勝る。しかし、四十名もの歌姫を完全同調させるのは非常に難しい。指揮者コンダクターの実力に依存するため、そう易々と行使することもできない。だが、イザベラはそれを完璧なタイミングでやってみせた。


 そうこうしている内に、クララとテレサが一隻ずつ撃沈することに成功する。残り三隻。


「クララ、テレサ、もう一隻だ」


 イザベラの淡々とした声に、クララもテレサも委縮している。イザベラはふと笑う。


「反省会は後だ。今は目の前の敵に集中しろ」


 二人はしゅんとして「了解」と返してくる。その様子に、イザベラは少なからず罪悪感を覚えはしたが、今はそれに構ってもいられない。


「よし、C級、もう一度コーラスだ。殲滅するぞ!」


 ――その後の戦いは一方的だった。イザベラはそれにより、その指揮能力の評価を確固たるものとすることに成功した。対するアーシュオンは、マイノグーラ、I型およびM型のナイアーラトテップを全て喪失した。そして、撤退した第九、第十潜水艦隊もまた、エウロス飛行隊の追撃によって半壊させられてしまう。アーシュオンにしてみれば、イザベラ・ネーミアという謎の歌姫の戦闘能力・指揮能力を思い知らされただけの戦いとなってしまった。セイレーンEM-AZの稼働データこそ奪われたものの、そんなものはヤーグベルテにとって、そしてイザベラ・ネーミアにとって、取るに足りない損害だった。どんなに完成されたシステムであっても、それを使いこなせる人材がいなければただのオブジェに過ぎないからだ。


 状況と再度確認し、イザベラは溜息を吐いた。


「コルベットが二隻、か」


 イザベラはセイレネスの中でそれだけ呟いて、以後数時間に渡って沈黙したのだった。

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