#14-2:督戦と迷い

圧倒するモノ

 来たか。


 イザベラは艦橋の提督席で頬杖をつきつつ、遥か彼方の水平線を眺めていた。太陽はとうに背中側に落ち、現在目の前に広がっているのは、暗澹たる海と、遠近感の無い紺色の空だった。


 アーシュオンが二正面作戦を展開してくることは、参謀部の方で予想済みだった。エウロスにはマーナガルムをぶつけ、最強の戦闘艦船であるセイレーンEM-AZには改良型ナイアーラトテップを当てようという作戦であることも、情報部の活躍で事前に掴んでいた。


 制空権はエウロスが駆けつけてくるだろうから心配はしていない。何せ指揮官はカティだ。軍司令部が何と言おうと飛んでくるだろう。レベッカもまた向かってくるだろう。恐らく開戦後三時間、そのあたりでの合流となる。だが、それまではウェズンとクー・シー、そしてセイレーンEM-AZだけで持ちこたえなければならない。I型はともかくとして、量産型が一ダースもいるというのは少々計算外だった。イザベラは「ふむ」と呟いて席を立った。


 イザベラは再びコア連結室へと移動する。一時間ほど前に敵潜水艦隊をキャッチして以後、クララとテレサに哨戒を引き継いでいたのだ。


「火器管制をわたしに回してくれ、艦長」

『イエス・マム。ファイアコントロール、ユーハヴ』

「……アイハヴ、感謝する」


 敵はまだ二百五十キロ以上離れている。だが、セイレネスではその全てを照準することができていた。イザベラとセイレーンEM-AZのコンビにとって、相手が潜水艦であろうと関係ない。しかし、イザベラは通常艦隊の相手をするつもりはなかった。それはC級たちの仕事である。問題は、先ほどレベッカたちが交戦したと報告を上げてきていた新型潜水艦、マイノグーラと言う代物への対処である。レベッカによれば、マイノグーラの歌姫は相当に強力な使い手だったらしく、「V級でも対処は危険」だと警告されている。


「せめてエディタがいてくれれば心強いんだが」


 ここに来て、トリーネの喪失が悔やまれる。やはり戦力のは重要だった。トリーネさえいてくれれば、クララとテレサでトリオを組ませて――ああ、いやいや、考えても意味がない。イザベラは溜息を吐いた。


「クララ、テレサ、二人で新型を沈めろ。わたしはI型を始末する。C級たちは通常艦隊を撃滅すること」

『提督、僕たちの仕事は理解したのですが、M型はどうするのですか。一ダースもいるんですが』

「クララ、きみはきみの仕事に集中してくれ」


 イザベラは猛スピードで突出してきたI型に注意を向けつつ、静かに言った。


「量産型については、C級が引き付けるんだ。厳しいようであれば、通常艦隊は無視しても構わない。四隻一組、割り当ては……今行った。制空権はエウロスが来るまでは私が守る。耐えろ」


 敵艦隊から艦載機が発艦する。エウロスが向かってきていることを知ったのだろう。その前に少しでも戦力を削りに来るつもりだと、イザベラは読む。


『提督、空とI型両方、ですか?』

「そうだ、テレサ。きみもクララも、わたしの方に注意を向けている余裕なんてないぞ。M型が射程に入り次第、論理戦闘で片付けろ。油断するなよ」


 少しイライラする。イザベラは首を振り、意識を集中させた。セイレネスの中でが広がり、意識をじわりと浸していく。水の中で聴く音のように、それは広がり、そして閉じていく。波紋のように幾重にも反響し、重なり合い、加速度的に音圧が上がっていく。そこに繰り返しのメロディラインが加わり、リズムが次第次第に安定していく。


 十八門の主砲が一斉に火を噴いた。六門の電磁誘導砲レールキャノンが超高速の砲弾を撃ち放つ。しかしその弾丸の動きさえ、イザベラにはコマ送りのように見えていた。時間が数千倍にも引き延ばされているような感覚だ。弾頭の傷や焦げ目さえ見えるほどである。


 イザベラはに身を任せ、意識を闇に沈んだ空に浮かび上がらせる。砲弾が水平線に消えようという頃に、イザベラは意識の中で指を鳴らした。


「モジュール・ゲイボルグ発動アトラクト


 膨れ上がったが、沈黙ブレイクし――破裂バーストする。砲弾が持っていたエネルギーの、スカラとヴェクタが変化する。


 目標海中深度四十五メートル、距離四万五千。相対速度……とにかく速い!


 やや適当なその認識であっても、モジュールは期待通りに発動を完了した。エネルギーの槍は海に突き刺さり、I型の基部の中心部を貫通して爆発した。もちろん、オルペウスによる抵抗はあった。だが、生半可なオルペウスでは、イザベラにとっては何の障害にもならない。槍を受け止めるのに紙の盾を使っているようなものだった。


 次はナイトゴーントどもか。


 数は四十四。有人戦闘機は見当たらない。もしかすると、潜水艦艦隊そのものが無人制御されている可能性もあった。無人機であるナイトゴーント運搬船キャリアの役割を果たせばいいだけなのであれば、わざわざ人的被害を見込む必要もない。


「C級はM型の対処を最優先。通常艦隊はわたしが沈めることにする。制空権は取るが、相手はナイトゴーントだ。各自油断はするな。完全には守れないぞ」


 言いながら、イザベラは第二艦隊の位置を探す。ベッキーが合流するまであと三時間半といったところか。エウロスはあと十五分以内に到着するだろう。だが、エウロスはほとんど休憩なしでの戦闘だ。被害を防ぐためにも、わたしが一機でも叩き落としておくのが正解だろう。イザベラは唇を舌で濡らした。赤い唇が、暗い室内に光る動作ランプに照らされて、刃のように輝く。


 全対空砲、掃射バラージ


 セイレーンEM-AZの艦体に備え付けられた無数の小口径対空砲が一斉に火を噴いた。その曳光弾の輝きはさながら光でできた波だった。それはうねるようにして空中を薙ぎ払う。生き物のように空中を這いずり回るその熱量は、襲来したナイトゴーントや投下された爆弾やミサイルを絡めとるようにして爆発四散させていく。ナイトゴーントの持つ防御装置オルペウスなど、イザベラの前には無に等しかった。手を振れば墜ちる。視線をやれば爆発する。イザベラの意識は、セイレーンEM-AZの甲板で舞っていた。奔放に、爛漫に、イザベラはタクトを振る。広がるが薄緑色の光と化して、次々と無人戦闘機をほふり墜としていく。


「残り二十ちょい」


 二十強の青い照準円レティクルが上空を動き回り、遥か水平線の彼方に緑の照準円が束になっていて、赤いそれが徐々に近づいてきていた。青はナイトゴーント、緑は敵の艦艇、赤はM型ナイアーラトテップを示している。


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