アフター&インター

 被害は小さい。小さいが、ゼロではない。死者は少ない。少ないが、ゼロではない。悪くはない。悪くはないが、つまり、最良ではない。しかし、参謀本部は評価するだろう。ある程度のマイナス査定を入れても、大勝利だと言うだろう。カティはマーナガルム飛行隊を新型機を含めて二機も撃墜したわけだし、敵のその他の艦載機部隊はエウロス飛行隊によって文字通り潰滅した。


 レベッカはうんざりした様子で眼鏡をかけなおした。眼鏡をかけたとて、この暗い部屋の中で何かが見えるようになるわけでもない。


 査問会では、駆逐艦二隻、フリゲート二隻、コルベット一隻の損害について叩かれるだろう。レベッカが前に出ていれば防げた損害であったはずだ、と。確かにそれはその通りだろう。だが、この数百名の命の喪失は、確実に生き残った者の糧となる。次の戦いに生かされていく。生き延びた者たちは成長し、より多くの生存の機会を得る。戦いが終わりそうにない以上、生き延びる素質のある者を生き延びられるようにする――レベッカやイザベラには、これ以上の策は思いつけなかった。


 だが、大統領府をはじめ、あらゆる政府機関は、歌姫セイレーンたちを消耗品とみなしている。艦船に付随する装備品としての扱いをしているのだ。それは色々な言葉で偽装されて美しく包装されていたが、結局はそういうことなのだ。特にC級に関する規定は、陸軍の二等兵よりも低い。これは事実だった。ヴェーラ、否、イザベラは、そういった理不尽を飄々と受け流して生きているように見えた。だが、レベッカは、そう諾々と割り切ることはできないでいた。そんな自分を振り返るにつけ、今の自分は昔のヴェーラに似ているのではないか――そんなことを思う。


 しかし、レベッカには火を被るような勇気はなかったし、そんな覚悟もまた、なかった。ただ、この状況をじっと耐え忍べば、が何かをしてくれるかもしれない。レベッカはずっとそんなことを願っていたのだ。


 だから、ヴェーラがあの事件を起こした時には、心底絶望した。何故なら、レベッカにとってのとは、まぎれもなくヴェーラのことだったからだ。しかし今は、イザベラがいる。だから――。


『ベッキー、いるかい』


 その時、カティが論理回線を使って話しかけてきた。艦長あたりが気を利かせて回線を繋げたのだろう。


『こっちはもうシャワーも済ませたけど、まだ連結室にいるんだって?』

「え、ええ。落ち着くんです、ここが」


 レベッカは正直に答えた。許される事なら、ずっとこの部屋に閉じこもっていたいくらいに、コアウェポン連結室は居心地が良かった。


「それはそうと、カティ、すごかったですね。二機ですよ? 新型も」

『ああ、マーナガルムか。そうだな。だが、隊長機を取り逃がしてしまった』

「些細な問題です。カティが無事で、十分過ぎる戦果も挙げたんですから」


 レベッカは語気強く言った。


「しかし、アーシュオンは何を考えているのでしょうか。私にはマーナガルムを捨て駒に使っているように見えるんです」

『確かに。奴らにしてみれば、どんな飛行士だって駒なんだろうさ。目下、アタシらエウロスの戦力を漸減させるために使っているようにしか見えないな』

「ひどい話です」

『なぁに、お前たちだって同じような使われ方されているじゃないか』


 カティはあっけらかんと言った。その言葉がレベッカの胸に突き立った。


「……私も、あの子たちを同じように使っています」

『皮肉を言ったつもりはないんだ』


 やや慌てた口調で、カティが弁明した。レベッカは小さく口を歪め、そしてゆっくりと息を吐く。


「カティにだから言えますけど」

『……うん?』

「私、最近、自分が怖い。だんだんと昔のヴェーラに近付いてるみたいで」

『昔の――』


 カティは言い淀む。思い当たる節があったからだ。


 疲れてるだけかな――そんなはずない。そう思いながら、レベッカは言う。


 そういうことだろう――そうではないだろう。そう思いながら、カティは答える。


 レベッカは頭全体を包み込むような頭痛を覚えながら、また大きく息を吐いた。


「カティは、私のことをどう考えていますか?」

『それは難しい質問だなぁ』

「誰にとって……?」

『アタシにとって』


 カティの答えは反射的で、明瞭だった。レベッカは前に流れてきた髪を後ろに跳ねのける。


「私には……勇気がありません。ヴェーラのような強靭さも、イズーのようなしなやかさもありません」

『そんなことは、ないだろう?』

「じゃぁ」


 レベッカは首を振る。


「それじゃぁ、私には何があるのですか」

『その頭があるだろう。物事の大局をよく見て分析できる頭がある』

「でもそれだけじゃ、私は何も――」

『良いかベッキー、人には役割があるんだ。だ』


 カティは自分の言葉の意味を確かめるように、噛み締めるようにして言った。


『お前は大局を見て、その時その時、お前にとってベストだと思う選択をしていれば良いんだ。誰にもそれが間違えだとは言えない。言う権利も資格もないんだ』


 その言葉に、レベッカは胸が痛くなる。カティは自分の行為を全て肯定すると言ってくれているのだと、分かったからだ。


『お前が迷うというのなら、それは迷うべきだからだ。迷った結果、答えが出なかったとしても、それは勇気だの度胸だのというくだらない精神論で語れるようなものとは意味が違う』


 その言葉に、レベッカは今すぐカティの所へと飛んでいきたい気分になった。これほど自分を肯定してくれる人を、レベッカは他には知らない。イザベラやマリアでさえ、ここまで自分を許容はしてくれない。


『それじゃ、こっちは空軍司令部のお偉方との会議があるんでね』

「わかりました。ありがとう、カティ」

『お安い御用さ』


 カティとの会話が終わる。すると、それを見計らっていたかのようなタイミングで、レベッカの携帯端末に緊急通信が入った。今は陸上にいるマリアからだ。


「どうしました、マリア」

『第一艦隊がアーシュオンの艦隊を発見しました。敵艦隊の規模は、マイノグーラが一隻、M型は最低で一ダース。第九、第十潜水艦隊と思われます。航空戦力は不明ですが、ナイトゴーント多数を動員してくると思われます』

「こっちより厳しいじゃない。あっちには重巡もいないし」

『そうですね。セイレーンEM-AZがあるとはいえ、軽巡二隻では厳しいと判断しております。また、まだ距離はありますが、I型と思しき反応が接近してきていると、ネーミア提督が仰っています』

「I型……」


 つまり、トリーネを殺した新型……海中型インスマウスとでも呼ぶべき化物だ。レベッカは眼鏡を一度外して、掛けなおした。


「今から向かって間に合いますか?」

『推定交戦時間には間に合いませんが、参戦は可能です』

「わかりました。カティたちにも向かってもらいます。そのように手配を」

『承知しました』


 第二ラウンドか。あの子たちには厳しい試練になるかもしれない。


 レベッカは祈るように両手の指を組み合わせ、唇を引き結んだ。

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