#13-2:12年を埋める

グラッジ・マッチ

 次で仕留める――。


 カティは紺色の目を細め、HUDの向こうに見える白い機体を目で追った。背面飛行に移り、コックピット合わせの位置関係に持って行く。顔が見えるわけではない。だが、それでも衝動的にそうしたいと思った。黒い煙の尾を引いて、高度五メートルの所を飛ぶ、傷ついた純白の戦闘機。それに上から圧力をかける真紅のスキュラ。彼我の距離は十メートルとない。


 機体を立て直し、再び上空へと飛ぼうとしたその時、カティは新手に気が付いた。強力なECMでもあるのか、レーダーには探知されていない。だが、一万メートル近い上空にある薄い雲の辺りに、カティは強い違和感を覚えた。


 アラートが鳴り響く。ミサイルアラートだ。上空から投網のように、小型のミサイルが落ちてくる。カティはオーグメンタを最大出力で吹かし、さながらロケットのように上空へと飛んだ。それによりミサイルとの相対速度は音速の五倍以上にもなる。


 ミサイルの豪雨である。機関砲で叩き落とし、機体を捻り、時にノズルを垂直に立てて、音速の舞を見せる。デコイもフレアも使わない。今のカティには必要がなかった。スキュラの機動性とカティの身体能力が完全に調和した攻撃的回避行動アグレッシヴ・アヴォイダンスだった。全てのミサイルの脅威を背中に押しやって、カティは急降下してきた青紫の機体と正対する。ほとんど無意識のうちに機関砲が唸る。タングステン合金の弾丸が、双方から同時に放たれる。


「PPCがあれば仕留められたな」


 カティは慌てる風もなくそれらを避け切り、機体を捻りつつ降下を続ける青紫の敵機を追う。


 その時、カティは気付いた。何故か、気付いた。


「お前は!」

『久しぶりだな』


 声が直接頭の中に響いてくる。それはひどく不愉快な感触だった。


「ヴァシリー・ジュバイル! 聞こえてるのか!」

『感度良好、そんなに叫ばなくても届いている』


 おどけたようなその声に、カティの神経は逆撫でされる。


「エレナをどこへやった! そもそもなぜ貴様がこんなところにいる!」


 背面につけるなり機関砲を放つ。だが、まるで蝶のように掴みどころのない機動でかわされる。ヴァシリーは突如フレアを撒く。真後ろにつけていたカティは反射的に機首を引き上げて、その直撃を回避した。カティでなければフレアで撃墜されるという不名誉を味わうところだった。


『エレナなど、最初から存在しない。意識に投影されたゴーストにすぎない』

「だとしたら! アタシの記憶は何なんだ! エレナでなければ何なんだ!」

『主体にとってみれば、幻であろうと存在は存在だ。その主体にとってみれば、現実なんだよ、カティ・メラルティン』


 カティはきりみするように機体を捻る。空域を青白い光が薙いでいった。PPC粒子ビーム砲か、或いはそれに準ずる兵器の輝きだった。その光速の兵器を以てしても、ほとんど直感の世界で動くカティの機体を捕えることはできなかった。だが、カティは冷や汗を隠せない。二発目がないとは限らない。


「わけのわからないことを!」


 カティは叫び、左手で仮想キーボードを猛然と叩いた。機体制御プログラムを書き換え、機動マニューバ安全装置セイフティを外す。装甲の一部を切り離し、さらに速度を上げる。


「アタシとエレナ、そしてヨーンの恨みを、屈辱を、今ここで晴らす!」


 双方が同時に互いをロックオン。アラートがうるさく鳴り響く中、カティは目を細める。眉間に力が入る。機体が悲鳴を上げるほどの加速度に耐え、カティは唸り、そして最後の多弾頭ミサイルを放つ。


 ミサイルは唸りを上げて飛び、無数の小弾頭を放出する。ヴァシリーの機体もまた同様にミサイルを放ち、中間地点で相殺する。花火のように爆炎が広がり、カティもヴァシリーも、その中に機関砲を乱射しながら突っ込んでいく。


 その瞬間、カティはを聞いた。全ての時間が止まったように思える。機体を掠めようとする弾頭が、幾つも見えていた。爆光の広がりすら緩慢に映った。音は拍動リズムを刻み、やがて弦音ストリングスが流れてくる。それはコーラスのようにも聞こえた。無数の人間による合唱のように。


「なんだ、これは」


 やがて声は消え去り、ふわふわとした音と心音のような拍動だけが残る。しかし、そこは静寂であり、沈黙だった。音はあって当然のもので、ノイズという認識にすらならない。アラートすら聞こえない。何もない。ただ、青紫の戦闘機の姿だけがハッキリと意識に映る。爆炎の向こうにいるその姿が見えるはずもないのに、異常なほどに明瞭に、その位置が分かった。ふわふわとした音たちが、急激に音圧を上げ、カティは思わず奥歯を噛み締めた。耳の奥が鈍く痛む。


 カティの右手は勝手に動いていた。止まったHVAP高速徹甲弾の雨の中を、悠々と潜り抜け、見えざる敵機に向かって機関砲弾を叩き込む。爆炎を潜り抜けると、機首からエンジン部分までが一直線に切り裂かれた青紫の機体が見えた。この時間、この空間の中、動いているのはカティとスキュラ、そして放たれた弾丸だけだった。


「なんだ、これ……」


 カティは再び呟いた。


 その瞬間、時間が戻る。急な加速にカティの身体がシートに押し付けられ、思わず肺の中の空気を全て吐き出した。


『セイレネス……だと……!?』


 ヴァシリーの上ずった声が聞こえてくる。セイレネス――ベッキーか!?


 カティは遥か水平線の向こうにいるであろう第二艦隊旗艦を思う。可能性はなくもない。


『ははははは! そういうことか! なるほど、ようやくわかった!』

「何がだ!」


 カティは宙返りすると、真下をふらふらと飛ぶ青紫の機体を再び捕えた。生かしては帰さない。コックピットを照準する。人差し指がピクリと動く。


『何も知らぬままに弄ばれて死んで行くがいい!』

「だまれ!」


 トリガーを引く。


「あの世で詫びろ!」


 青紫の戦闘機は、コックピットを中心に打ち砕かれ、真っ二つになって、爆ぜた。

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