イントルーダー

 しまった!


 シルビアは瞬きも忘れて、一直線に落ちてくる真紅の機体を見つめていた。回避運動を行う余裕さえなかった。一瞬後には機関砲が火を噴くだろう。そしてそれを避けることはもはや不可能だ。


『最後まで面倒くさい人だね、あんたは!』


 フォアサイト……!?


 シルビアは視界の端に現れた白いものを見る。それがPXF-001レージングの機首だと悟る余力すらなかった。シルビアの右手が緩慢に動き、脱出装置のスイッチのある方へと移動する。だが、間に合わない。ボタンを押す前に、機関砲弾にやられるだろう。


 音よりも速く、機関砲弾が降り注ぐ。金色に輝く雨のように、曳光弾が迫ってくる。視界に残像が刻み込まれる。


 だが、その次の瞬間、シルビアの視界が白で覆われた。


 赤い機体がそれを掠めるようにして下に飛び去って行った。


「フォアサイト!? 脱出しろ!」


 視界を覆った白いものは、フォアサイトの乗るレージングの下面だった。


「フォアサイト!」


 黒煙を吹き上げて墜ちていくレージングを、シルビアは首を巡らせて必死に追う。キャノピーは吹き飛ばない。


「脱出しろ――!」


 思わず叫ぶ。反転し、海面に向かう。赤い機体のエンジンが見える。フォアサイトの乗るレージングの横を掠める。コックピットは炎と煙に包まれていて、見えない。背後で大きな爆発が起こる。レーダーから二番機が消えた。


 よくも!


 声にならない。空の女帝は海面スレスレで水平飛行に移った。コックピットに照準が合う。引き金を引く。当たらない。当たるはずもない。近付く海面。機体を襲う空気抵抗。操縦桿を引き、機首を上げる。海が巨大な白柱を打ち上げる。飛沫をかいくぐり、レージングがスキュラを追う。スキュラは重力に逆らう瀑布を打ち上げて、滑るように右に左に進路を変える。照準円レティクルがブレ続ける。シルビアの人差し指が、今か今かとタイミングを待つ。


 スキュラがいきなり機首を上げた。後方六百メートルにまで迫っていたシルビアはその瞬間を逃がさない。機関砲が轟然と火を噴いた。普通のエースが相手だったならば、そこで勝負は決していただろう。だが、残念なことに、エースだった。


 オーグメンタが海面を焼き、猛烈な水蒸気の渦が沸き上がる。一瞬にして白霧に覆われた世界に、シルビアは突っ込んでしまう。その直後、機体が大きな衝撃を立て続けに食らう。それが右の翼の付け根付近への機関砲の直撃だと悟るのに、一秒半ほどの時間を要した。ダメージアラートが鳴り響き、翼から黒煙が上がり始める。シルビアのすぐ頭上を赤い機体が天地反転の状態で通り過ぎて行った。次はない――シルビアの背中を汗が濡らす。


 スキュラが再び上昇を仕掛けたその刹那、空域が燃え上がる。多弾頭ミサイルが降り注いだのだ。


『こちらマーナガルム4、支援に入る』

「貴様! 遅い! 何をしていた!」


 いけしゃあしゃあと現れた青紫色の機体に向かって怒鳴りつける。


『乱戦は嫌いなんでね』


 マーナガルム4、つまり、ヴァシリー・ジュバイルは、全く動じた風もなくそんな回答をよこす。シルビアは大きく舌打ちしつつ、遥か上空へと場所を移した空の女帝を睨みつけた。どのみち、この損傷ではこれ以上戦えない。


『空母に帰れ。生きていれば雪辱の機会もあるだろう』

「くっ……!」


 またも敗れたのだ。しかも、一度の空戦で二度も敗れたのだ。フォアサイトを失ったにも関わらず、まともな損傷を与えることすらできなかった。空の女帝は、それほどまでに圧倒的だった。

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