カティ vs シルビア
カティの眼下に、第二艦隊旗艦・巡洋戦艦エリニュスが見え始める。その両サイドを固めるように、エディタ・レスコの重巡洋艦アルデバラン、新人ハンナ・ヨーツセンの重巡洋艦アルネプがいる。そしてその周囲を何重にも取り巻くC級の小型艦艇がいる。思わず
「ともあれ、マーナガルムか」
レベッカたちの行く先には、アーシュオン最強の第三艦隊が待っている。当然ながら、最強の制空戦闘部隊マーナガルム飛行隊もいるということだ。制空権を取り損なえば、第二艦隊とはいえ大きな損害は免れないだろう。今回は、V級を殺害せしめたI型ナイアーラトテップもいるという。油断してよい布陣ではなかった。
『隊長、敵機来ました。一万メートルです』
副隊長、カルロス・パウエル中佐が野太い声で報告してくる。
「上の連中は制空部隊だ。下はどうだ、雷爆装の連中が飛んできていると思うが」
『メラルティン大佐、アーメリングです』
「見つけたか?」
『ええ、発艦を確認しました。ですが、雷爆装の敵機は、こちらの艦隊で応戦します。大佐は制空権だけをキープしてください」
やや硬質な声音を聞き取り、カティは苦笑する。
「いいんだな?」
『大丈夫です。それも訓練の一環です』
「厳しいじゃないか、なかなか」
『仕方ないじゃないですか……』
そんなレベッカの声を聞きながら、カティは左手で仮想キーボードを叩き、真正面の雲を睨みつけた。右手は操縦桿を握り締め、その人差し指が
「エンプレス1、エンゲージ!」
ヘッドオン!
雲の向こうにいる敵機に向けて、スキュラの胴体下部に装着された
「使い捨てなのが惜しい」
カティはそう言って、その砲身を機体から切り離す。もともと一発しか撃てない試作品であったから、それは予定通りの行動だった。
パージのプロシージャを完了させると同時に、カティは多弾頭ミサイルを撃ち込んだ。続く五十機のエウロス飛行隊所属機も同じように多弾頭ミサイルを撃ち放つ。
アーシュオンの制空部隊は全部で百二十機いる。それらもまた、同時に多弾頭ミサイルを放ってきた。彼我のミサイルが互いの中間地点で炸裂し、台風のような乱気流を引き起こす。爆炎と轟音、そして煙幕が昼下がりの空を汚らしく染め上げていく。
「今ので墜ちた間抜けはいないな!?」
『全機無事です』
さも当然のことのように、パウエルが応じてくる。唯一カティと対等に渡り合うことのできる彼は、今やあのカレヴィ・シベリウスの二つ名を引き継いで、「暗黒空域」と呼ばれている。そして昇進の速度だけみれば、カティよりも早いのだ。
『隊長、マーナガルムと思しき敵部隊を発見しました。四千上空、四機です』
「承知した。ん? 一機離脱していくぞ。四番機らしいが」
『本当ですね……』
一機がくるりと方向転換して去っていく。機体に不具合でも出たかのようだった。
そしてその間に、双方の艦隊の中間空域にて、激しい
「マーナガルム1はアタシが引き受ける。パウエル中佐、マーナガルム2と3をエンプレス隊で追い掛け回せ。エリオット中佐、その他大勢の殲滅をお願いする」
『エンプレス2、了解』
『ナルキッソス1、りょーかいっす』
一対一の勝負になる。マーナガルム1さえ撃墜できれば、エウロスご指名での出撃配備はなくなるかもしれない。この前は邪魔が入ったが、今度はそうはいかない。悪いが、確実に墜とさせてもらうぞ、シルビア・ハーゼス!
カティの新乗機スキュラが蒼穹を赤く切り上げて、急降下してくるマーナガルム1の
機体の生み出す衝撃波が海面を叩き、水の壁が立ち上る。青い海を白く切り裂く反時計回りの円運動。双方が双方の尾翼を追いかけ、まるで尻尾を食い合う蛇のように執拗に食らいつく。もはや忍耐力の戦いである。
「やる……!」
カティは呟くと、不意に機体を上昇させた。我慢比べに負けたという演出だ。これだけの緊張を強いられた後だから、マーナガルム1ほどの手練れであっても、このチャンスには食いつくだろうと予想した。
案の定、白い機体は巧みに機体をねじり上げると、オーグメンタを点火して急上昇を仕掛けてきた。スキュラの眼下二千メートル。カティも速度を緩めない。加速度がカティの胸や背骨を押しつぶそうとしてくる。血液が背中側に集まり始める。目が痛む。歯を食いしばる。そのくらいしてみせなければ、マーナガルム1を凌ぐことはできない。
カティは雲を三万メートル近くまで這い上がり、そして不意に機体を反転させた。マーナガルム1は五千メートル下にいて、なおも上昇を続けていた。
ロックオン――!
ミサイルを放つ。マーナガルム1も同時にミサイルを撃ち放ってくる。カティは飛来してくるミサイルと白い戦闘機、双方を目視する。
「フッ……!」
息を吐くと同時に、カティの右手人差し指がトリガーボタンを押す。機関砲が轟然と火を噴き、直撃コースにあったミサイルを撃墜した。神業である。マーナガルム1は、数センチのところでミサイルをかわしてみせた。
「やる――!」
コックピットがほんの数メートルの距離で交錯する。ヘルメットさえ被っていなければ、相手の表情が見えただろうというくらいに近かった。衝撃波が機体を大きく揺らしたが、ダメージはない。被弾もない。腕を上げたか、と、カティは感想を漏らす。
その時、パウエルから緊迫した声での通信が入る。
『一機そっちへ行きました!』
「ちっ! 追い掛け回せと言っていただろう!」
素早くレーダーを確認すると、確かにマーナガルム3が接近してきている。その後ろにエンプレス2、パウエルの機体が見えるが、それよりはカティの機体の方がマーナガルム3に近い。
このままでは形勢が逆転してしまう。
カティは少なからず焦った。リスクを承知でマーナガルム1に襲い掛かる。自分の間を無視して、猛り狂う狼のように、カティはマーナガルム1の白い戦闘機に食らいついた。機関砲が獰猛な唸りを上げ、曳光弾を含む数発が機体の純白に傷をつける。致命弾には程遠い。
だが、この命中弾のおかげで、再びカティに間が戻る。逃げるマーナガルム1の機体が、真正面に入った。
とどめだ……!
カティはトリガーを引いた。躊躇なく。
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