#13:過去との決別

#13-1:女帝との戦い

カティの出撃

 二〇九六年十一月――。


 アーシュオンが着々と量産型ナイアーラトテップの頭数を揃え、また、改良型ナイアーラトテップの量産体制に入りつつあるこの時期、ヤーグベルテも黙って指を咥えていたわけではない。


 先の戦闘で一名の欠員が出たV級に、歌姫養成科第二期のハンナ・ヨーツセンが補充され、第一・第二艦隊は再びV級四名の体制と相成った。同時に大量のクワイア歌姫セイレーンも前線に配備されることとなり、ハードウェアの供給はともかく、歌姫の頭数だけは常時必要十分に確保できるようになっていた。これにより、要員の交代を効率的に行うことができるようになり、作戦のは飛躍的に向上した。


 そしてまた、四風飛行隊のうち、エウロス飛行隊には、その挙げてきた功績に鑑みて、予算が集中的に投下されることとなった。その結果、エウロス飛行隊は、予備機を含めて百機もの多目的戦闘機を保有することとなった。無論、給油機や哨戒機も十分に追加配備されている。


「新しい母艦が必要だ」


 カティはエウロスの旗艦とも言えるリビュエの自室にて、難しい表情を作りながらそう言った。空中投影ディスプレイの中では、頬杖をついたクロフォードが困ったような顔をしていた。


「中古の軽空母でも良い。何かないのか」

『簡単に言うがな、今や軽空母でさえ貴重なんだ。虎の子だのと言われているうちの艦隊ですら、最低限の艦船しか与えられてはおらんし――』

「しかし」


 カティは譲らない。腕組みをしてディスプレイの向こうにいるクロフォードを睨む。


「せっかく戦力がここまで拡充されたのに、空母がなければ機動的に運用できない。そのくせどいつもこいつも、倍の戦果を求めてくる」

『そういうのは調達部に言ってほしいものなのだがなぁ』

「物事のルートを教えてくれたのは、准将だけど」

『失敗したなぁ』


 クロフォードはおどけて頭を掻いた。カティは「そうだ」と手を打った。


「確か、何か面白いモノを建造していなかったっけ」

『面白いモノ?』

「戦艦空母とか、どこかでチラ見した気がする」

『ああ。アドラステイアか。あれはまだ設計図だ。予算は何とか下りたが、完成は二年後だ』

「なんだ」


 カティはあからさまに「がっかりした」と溜息を吐く。


「でも興味はある。提督の方でどうにか手を回しておいてもらえないだろうか」

『横車を押すくらいなら構わんが』

「ありがたい。お願いします」


 一旦頭を下げ、カティは「でも」と続けた。クロフォードは一息つくことすら許されない。


「戦艦空母はともかく、母艦が至急一隻欲しいのだけど」

『だからさっきも言っただろう? うちだって――』


 クロフォードがややげんなりした声で応えている最中に、カティの携帯端末が緊急着信を報せた。


「すまない、クロフォード准将。緊急だ」


 カティは早口で言うなり、通信を強制終了させた。そして携帯端末の情報を卓上の端末に転送する。すぐにCICにいる将校の姿が空中投影ディスプレイに映し出される。


『大佐、アーメリング提督より連絡。敵艦隊発見、とのこと』

「来たか。距離は十分あるな?」

『はっ。発見位置はほぼ当初の見込み通り。なお、敵はまだ気付いていないとのことです』


 わかった、と返事をするなり、カティは壁に掛けられていた真っ赤なフライトジャケットを手に取った。


「敵にI型はいるのか」

『一隻確認されています。M型は六隻、そして、恐らくは情報通りの第三艦隊が』

「マーナガルムもいるってことか」

『でしょうね』


 そうなるだろうという参謀部第六課の見込みがあったから、エウロスが随伴してきたのだ。現在のヤーグベルテにあっては、マーナガルム飛行隊と互角以上に渡り合えるのはエウロス以外にはいない。

 

 カティは携帯端末を机上からポケットの中に移し、フライトジャケットに装備されているイヤフォンマイクを左耳に装着した。


「アタシの機体の準備はいいな?」

『いつでもいけます。出られますか?』

「マーナガルムがいるとあれば、アタシが出なけりゃ失礼だろう」


 カティが格納庫についた頃には、ほとんどの飛行士パイロットは自機に乗り込んで、最終チェックを行っていた。露天駐機されている機体たちは、すでに発艦を始めている。


 カティは整備員たちに軽く挨拶をしながら、流れるような動作で新たなる愛機に乗り込んだ。それはカティの存在を戦場に誇示するような真紅の大型戦闘機である。次世代戦闘機の性能評価試験用に作られた試作機で、『スキュラ』という開発コードが与えられているが、Fナンバーは存在しない。


 カティはスキュラの音声通信チャネルを開き、第二艦隊旗艦エリニュスを呼び出した。


「こちらエンプレス1。第二艦隊司令官殿はいるかい?」

『その呼び方はちょっと』


 少し不満げに、レベッカが応答してきた。


「事実だろ」

『まぁ、いいですけど。でも気をつけてください。十中八九、マーナガルム飛行隊がいます』

「だろうね。じゃなきゃ、島嶼の威力偵察に、アタシたちが出張ってきた意味がない」

『ですね。マーナガルムに補充が入ったという情報もありますし』

「三機でも四機でも、制空権は何としても確保する。安心していい」


 カティは機体のチェックを行いながら淡々とそう言った。


『油断だけは――』

「誰に言ってるんだい、ベッキー。そんなことよりそっちの心配をしておきな。そっちもC級を最前列に出すんだろう?」

『そう、ですね……』


 歯切れの悪いレベッカに、カティは少し思案する。


「命を賭けて戦わないと見えないモノもある。あの子たちはそれを承知で軍に残った――という建前だ。お前がどんな戦い方をさせようが、アタシは口を出さないよ。お前の将来像ビジョンがブレてない限りは、その結果を責めることもしない」

『建前……なんですよね』


 レベッカの声が沈む。カティは小さく息を吐く。


「本音だろうが建前だろうが、ここは戦場だ。戦場にいる。どっちの立場でそこにいようが、魚雷や爆弾が当たれば死ぬ。指揮官たるお前が、そんなことにつまづいてどうする。どんな状況であっても、戦闘の過程と結果に全責任を負うのが司令官という立場だ。そのスタンスがどうあろうとアタシは責めない。だが、そんな低レベルな迷いで宙ぶらりんな指揮を執ったなら、アタシはお前を殴りに行く」


 カティはバイザーを下ろし、エレベータに機体を乗せる。ぐん、と衝撃が発生したと思ったら、急速に視点が上がっていく。デッキクルーたちの身振り手振りに従って、スキュラがゆっくりと移動していく。


「弱音を吐くなよ、ベッキー。それが許されるのは――」

『帰ったら』

「……了解した」


 カティを乗せた真紅の機体が、悠然と空を舞った。




 








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