#12-2:燻る猟犬たち

狙い撃つは――

 ヤーグベルテのV級歌姫セイレーンを仕留めてから約半年後、二〇九六年十月――。


 シルビアは硬いデスクチェアに深々と身体を沈め、指を組み替えては溜息を吐いていた。つけっぱなしになっている空中投影型ディスプレイには、新型のナイアーラトテップ、通称I型の立体図が表示されている。外観的にはクラゲではあるが、その動きはどちらかと言うとタコである。初期型、量産型に比べ、圧倒的に機動力が高い。その機動力にはシルビアたちも揃って度肝を抜かれたほどだ。だが、その機動力は格闘戦のためのものではなかった。


「水中型ISMT……か。改良型のダブルミーニングだな」

「特攻兵器」


 シルビアのデスクの前にある粗末な応接セットから、気だるげな声が上がる。フォアサイトのものだ。なお、フォアサイトの向かい側にはクリスティアンが足を組んで座り、勝手に淹れたコーヒーを飲んでいる。二人は全くやる気の見られない姿勢と表情で、伝統的なボードゲームに興じていた。クリスティアンがビショップの駒を手にしながら言う。


「うちはそこまで追い詰められてるのかねぇ。この前のミサイルと言い、そのタコと言い」

「でも、ろくに訓練を受けさせてなくても、有力な歌姫セイレーンを乗せた重巡を仕留めたんだ。交換レートとしちゃ、十分にアリだとは思うよ」

「そうじゃねぇよ、フォアサイト」


 そう言って二人は三手ずつ差した。


「ショゴスだっけ、うちの歌姫って奴は。ともかく、一般人というわけじゃねぇだろ。限りある才能を使い捨てにし始めたら、そりゃもう亡国の色が見えてきたって言うことだぜ。歴史が証明してら」

「ロマンチストだね」

「リアリストなんだよ」


 クリスティアンは「チェックメイト」と、フォアサイトにとどめを刺した。


「特攻兵器なんて、俺は認めねぇぞ。百何十年前のヤーグベルテのお家芸じゃねぇか、自殺スーサイド攻撃アタックなんてのは。その結果どうなった」

「さぁねぇ」


 フォアサイトは肩を竦める。


「憲法を失い、教育方針を失い、軍隊を失った。それだけじゃない?」

「それをな、国を失うって言うんだよ、フォアサイト」


 クリスティアンはコーヒーを飲み干し、ソファに座ったまま伸びをした。フォアサイトは頬杖をつきながらあくびをする。二人の様子を黙って見ていたシルビアだったが、やがてちらりと壁の時計に視線を走らせ、すっかり冷めたコーヒーを飲み干した。


「その議論はいずれにしてもらうとして。クリスもフォアサイトも、情報部経由で何か聞いてないのか」

「俺たちの出撃保留の件は何にも情報はねぇよ」

「おなじく」


 二人は即答し、チェスのセットを片付け始める。フォアサイトは手を動かしながら、「どころかさ」と続ける。


「艦隊戦力も全く動いてないじゃない。イザベラ・ネーミアだっけ。そいつの戦い方に恐れをなしたんだと思うよ、司令部は」

「俺もその見方に賛成。せっかくヴェーラ・グリエールが退場してくれたってのに、その後釜に座ったイザベラってのが冷血な合理主義者だ。アレの登場で、ヤーグベルテの歌姫艦隊どもが一気に練度を上げちまった感があるな」


 二人の意見を腕組みと共に聞いていたシルビアだったが、やがて「だな」と呟いて不愛想な灰色の天井を見た。


「イザベラの登場のおかげで、それまでの戦略的飽和攻撃は通用しなくなった。レベッカは健在で、イザベラはヴェーラ以上に安定していると聞く。その上、二人の戦略も例の第六課主導で劇的に変わった。さらに悪いことに、せっかく開けたV級の穴が、もはや塞がれてしまった」


 シルビアは椅子をくるりと回して窓の外を見た。数百メートル向こうに、真上からの陽光に照らされた、シルビアの純白の愛機が見える。その向こうに、見慣れない青紫色の戦闘機が駐機されていた。


「さらにその上、来年にはV級の一つ上、S級というのが加わるらしい。V級も予定通りなら二人――」

「マジかー」


 クリスティアンとフォアサイトのげんなりした声が重なる。


「これでD級が出てきたら目も当てられねーな」

「だねぇ」


 だが、それは時間の問題だろう――シルビアは嘆息する。


「ところでさ、シルビア」


 そんなシルビアの後頭部に、フォアサイトが声をぶつけてくる。


「あんたの心の問題は、解決したの?」

「……したとは、言えない」


 シルビアの正直な回答に、フォアサイトは声を立てて笑う。


「この正直者。生き残れないよ」

「ヴァリーは決してスパイなんかじゃなかったし、銃殺されるほどのことなどしていなかったと私は信じている」

「でもさー」


 フォアサイトの目が輝く。


「ヴァリーがオルペウスの研究段階を一段引き上げたのは間違いないみたいだけど?」

「それは……そうかもしれないが」

「死んだ男を諦めるのは難しいとは思うけどさ。そこに引きずられて奈落に真っ逆さま……なんてなったら、さすがのヴァリーだって浮かばれないんじゃないかねぇ」


 フォアサイトの言葉を背中に受けながら、シルビアは目を閉じる。そこには反論の余地はない。ただ耐えてやり過ごすくらいしか、できない。


「あたしからの忠告だよ、シルビア。今はね、あの。あいつをぶっ殺すことだけを考えるんだ」

「そうそう」


 クリスティアンが二杯目のコーヒーを淹れながら頷いた。


「次こそなんとかできねーと、俺たちの沽券こけんに関わる」

「そうだが――」


 シルビアは唇を噛む。


 空の女帝――カティ・メラルティンは圧倒的だった。大人と子どもが争っているかのような、そんな実力差があった。ヴァルターはそんな女帝と互角の戦いをして見せた。だが、自分には……。


「ま、連戦連敗中の俺らが言うのもアレだけどさ。大丈夫だ、突破口はあるさ」


 シルビアの逡巡を吹き払うように軽く、クリスティアンが言った。


 その時、ドアに備え付けられている入室認証装置が、ピピッという神経に触る電子音を発生させた。シルビアは慌てて立ち上がり、デスクの前に出た。


 開けられたドアの向こうには、軍帽を目深にかぶった将校、ヒトエ・ミツザキ大佐が悠然と立っていた。



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