#12:悪魔と人形
#12-1:インサイド・ザ・ダークネス
ARMIAとベルリオーズ
なぜ私にこんな
バルムンクの闇の中で、マリアはベルリオーズに詰め寄っている。ベルリオーズは背中で緩く手を組みながら、「なぜだって?」と、微笑むようにその赤い目を細める。
「簡単だよ。君が君であるために、さ。マリア・カワセも、アーマイア・ローゼンストックも、君が君であるために必要な
「舞台装置……」
「そう、今、君がそうしているようにね」
二人の間の見た目の距離は二メートルもない。マリアの目には強い殺気があり、ベルリオーズの表情は全てを弾き返すほどに凍てついている。
「私はただ姉様方をお守りしたいだけです。それは私の、ARMIAとしての本然、いえ、本能のようなもの。そしてマリアとしての理性のようなもの」
「本能と理性ときたか」
ベルリオーズは冷笑する。
「それら君の思考によって弾き出された答えもまた、ジークフリートの導いたものに過ぎないんだ」
「たとえそうであったとしても、私は私です。私が考え、私が悩んだ末の――」
「神は賽を振らない」
ベルリオーズは穏やかな口調でそう割り込んだ。マリアは言葉に詰まり、唇を噛みしめる。
「ARMIAとしての、つまり、今の君は、マリア・カワセなどではない。もちろん、アーマイア・ローゼンストックでもない。二つの現象が重ね合わされた事象にすぎない。重ね合わせの状態があって、初めて君という本然が存在するし、そうでないと都合が悪いんだ」
「誰にとって――」
「君の
「姉様方をお守りすることだと、私は認識して――」
「本当に?」
がっかりだと言わんばかりに、ベルリオーズはゆっくりと首を振る。その所作が、マリアを一層に苛立たせた。
「君のマリアとしての仕事は、そんなことよりもずっと先にあるんだ。ヴェーラとレベッカの事情なんて、僕にとっては実にどうでもいいことなんだ」
「ヴェーラ姉様は――」
「ああ、そうだ。あの子はもうイザベラだったね。僕の与えた名前を棄てて、それで自分の手で未来を掴んだ気になっている愚かな子だよ」
「そんな言い方……ッ!」
思わず掴みかかろうとしたその白い手首を、それ以上に白いベルリオーズの手が
「君はね、マリア。あの二人のフェイルセイフなんだ。コーディネイターにしてファシリテイター、そして、最終的な安全装置。君はそうであり続けてくれればそれでいい。アーマイアもまた同じさ。君たち二つの現象は、常にARMIAを中心に重ね合わされる。そのルールから逸脱することは不可能なんだ」
「私は……!」
「ふふ、そういうことなら、アーマイアの意見も聞いておくとしようじゃないか」
ベルリオーズはマリアの手首を離し、代わりにその細い顎を右手で捕えた。その瞬間、マリアの両腕から力が抜け、瞳が光を失った。
「
ベルリオーズが無抑揚にそう言うと、マリアは何度か瞬きをして、そしてベルリオーズの手を払った。
「……乱暴な
「やぁ、久しぶりだね、アーマイア」
「ご無沙汰しております、ベルリオーズ様」
「君のもう一つの
「それは失礼致しました、ベルリオーズ様」
マリアの顔をしたアーマイアは艶然たる笑みを見せる。
「マリアはとても良い子なのですけれど、良い子過ぎてしまうのが難点、ですわね」
「ふふ、それに比べて、君はとても悪い子だ」
ベルリオーズは目を細める。左目が仄かに赤く輝いている。アーマイアはそれに応えるように、ククッと喉の奥で笑った。
「私たちは共に相反スピンの関係ですもの。スカラは同じですが、ヴェクタは真逆。ご存知でしょう?」
「そりゃね」
おどけたように肩を竦める。アーマイアも全く同じ仕草をしてみせる。
「さて、と。マリアの話はもういいか」
「まだ何もお話ししておりませんけれど?」
「僕の関心がなくなったからね。どうでもいいのさ」
ベルリオーズは前髪を軽く摘まみ、そしてフッと息を吐く。
「ところで、アーシュオンの技術レベルは、ヤーグベルテにほぼ並んだ。あとは生産体制の問題だったっけ?」
「左様ですわ。ナイアーラトテップにセイレーンEM-AZと同様のシステムを搭載することにも成功致しましたし」
「でも、自爆させてしまった」
「いいのです、あれで」
アーマイアは緩やかに腕を組む。二人の男女は暗闇の中にじっと佇む。
「ISMT改にして、I型ナイアーラトテップ。ショゴス搭載弾頭システムのフィードバックで作られた真のISMT。しかしながら、現時点であれを量産すると、アーシュオンとヤーグベルテのパワーバランスを崩してしまいます」
「確かにね」
ベルリオーズは冷たい微笑を浮かべながら頷いた。
「あれは将来への投資でもあったわけだ」
「いったん破棄という形を取りましたけれどね。こちらのV級を喪失したのは少々痛かったとも言えますが、投資以上の収益を得られたと考えています」
「投資ね。そう簡単に言うけれど、アーシュオンのセラフの卵は数が限られているんだ。あまり粗末にはして欲しくはないね」
「そういえば、セイレーンとショゴス、発現数に圧倒的な差異がありますが」
「それはそうさ」
ベルリオーズは腕を組み、少し顎を上げた。
「ヤーグベルテの血。それが
「なぜ、そんな偏りを……?」
「君が
その言葉に、アーマイアはニヤリと、その美貌に似つかわしくない荒んだ笑みを浮かべた。
「マリアが嘆くのも分かるよ。君は本当に、マリアとは正反対だ」
「あの子が白ければ白いほど、私は黒く染まる。必然の帰結です。私の
アーマイアはその黒褐色の目を細めて、ベルリオーズと睨み合った。ベルリオーズの左目がふわりと燃え上がる。
「黒き歌姫、か。まぁ、君の出番は、そろそろ来るだろう」
「それは、アーマイアのですか。それとも、マリアのですか」
「ふふ、どうだろうね」
ベルリオーズはそう言い、また小さく笑った。アーマイアは大きく肩を上下させて息を吐いた。
「悪魔のようなお方ですね、あなたは」
「ふふ、僕はもっと邪悪さ。君たちの
何せ、魔王になろうというのだから。
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