ヴォーカリスト、三人

 ちょうどその頃、エディタ、クララ、テレサの三名は、士官学校のセイレネスシミュレータルームに集まっていた。隣接するモニタルームではブルクハルト中佐が何やら作業を行っていたが、それはいつものことだった。ブルクハルトの存在についてはもはや誰も気にしないし、彼がそこでの会話を外部に漏らすこともないことも知っている。歌姫セイレーンたちにとっては、ブルクハルトは一種神様のような人であり、絶大な信頼があった。


 エディタは実に二週間ぶりにクララ、テレサと顔を合わせた。査問会が長期化したおかげで、エディタは半ば軟禁状態になっていたからだ。今日になってようやく調査が一段落したので、その足でこのシミュレータルームへとやってきたのだ。いつもならブルクハルトも軽口を叩きに出てきたりもするのだが、今日に関してはモニタルームから出てこなかった。エディタの背負っている空気があまりにも重たかったからだろうと、クララとテレサは囁き合った。


 そのエディタは、シミュレータルームにクララとテレサを呼びつけたはいいものの、さっきからずっと溜息ばかりついている。その顔にもいつもの精悍さはほとんどなく、疲労の影が色濃く漂っていた。瞳の藍色も、くすんでいるように見えた。


「トリーネがいないことを、私はまだ受け容れられていない」


 三十分も経った頃、シミュレータの一基によりかかったエディタはぽつりとそう吐き出し、がっくりと項垂れた。クララとテレサは顔を見合わせ、首を振る。クララが言う。


「でもさ、どうしてネーミア提督は僕たちを助けてくれなかったんだろう」

「そうよね、クララ。余力がなかったとは思えない」


 二人はエディタの頭頂部あたりをじっと見つめる。エディタは顔も上げず、また溜息を吐いた。


「余力どころか、あのくらいの敵はネーミア提督一人ででも対処できたはずだ」

「だったら敢えて、トリーネやC級の子たちを見殺しにしたっていうの?」

「見殺しではないと思う」


 エディタは俯いたまま、だが、強い口調で応じた。テレサは「どういうことよ」と口を尖らせる。


「ネーミア少将は、示したんだと思う。ある意味で、アーメリング提督のやり方に反発したとも思えるんだ」

「僕にはそれもよくわからないよ」


 クララが顎に手をやりつつ言う。その目はエディタを睨むように見つめ続けている。


「あの時さ、アーメリング提督だって手を出せたはずだよね。本当に反発だとするなら、アーメリング提督だって、後方なんかにはいなかったはずだろ? でもアーメリング提督はそうはしなかった。ネーミア提督は知っての通り、徹頭徹尾、ナイアーラトテップに対しては何もしようとしなかった。これ、僕たちがやられるならそれまでだ――なんて言っているように思えたよ、僕にはさ」

「それが正解だろう」


 エディタはようやく顔を上げた。が、そこには感情が伺えない。整い過ぎた顔の人形のように、いっそ不気味な表情だった。クララとテレサは図らずも同時に息を飲む。


「私たちは頼り過ぎていたんだ、アーメリング提督に。あの絶対的に堅牢な傘の下で、セイレネスで輪舞ロンドを踊っていたに過ぎないんだ。今となってはそう思う。ネーミア提督はそれを――」

「でも、トリーネは死んだのよ?」


 テレサがやじりのように尖った口調で責める。


「あのI型だっけ? インスマウスのクラゲ版? あんな奴、ネーミア提督が引き受けてくれてれば、トリーネは死なないで済んだ。艦隊だって無傷でやり過ごせた。采配ミスとしか思えない」

「誤った采配ではなかったと、参謀本部も認めている。私たちがとやかく言える範囲の話ではない、今となっては」


 エディタは自身の爪先を見つめ、その爪先でコツコツと床を叩いた。


「でも、エディタ」

「考えてもみろよ、テレサ」


 エディタは感情の無い藍色の目で、テレサの青い瞳を捕える。テレサはごくりと唾を飲む。


「ネーミア提督は、査問会の席で仰ったそうだ。わたしは永遠ではない、とね。いつまでも守ってやれるわけではないのだと、そういう趣旨だったと私は理解している」

「でも、守れたはずの命じゃない!」

「トリーネを失ったのは私だってつらい。つらすぎて涙も出ない。哀しいのかって自分に訊いてみても、よくわからない。今の私はそんななんだ。でも、私は必死で考えたし、どうしてトリーネが死ななきゃならなかったのかも、納得いく理由を探そうとした。そして見つけたのが……そういうことだ」

「でも!」

「テレサ、君はネーミア提督やアーメリング提督に、いつまで戦い続けろって言うんだ。あんなつらい戦いを、いつまでやらせるって言うんだ」


 エディタは白金の前髪の奥からテレサを射抜く。


「力があるというただそれだけの理由のために、死ぬまで戦い続けるのが当然なんだとか、そんなことを思ってはいないか?」

「それは……」


 テレサは唇を噛む。エディタはゆるゆると頭を振った。


「今回の戦いではトリーネを失ってしまった。だけど、戦略的には大勝利だ。ナイアーラトテップを全部で十六隻も沈め、敵の三個艦隊にも全滅相当の打撃を与えた。そして私たちV級、C級の戦闘能力だって、恐らくは飛躍的に向上したはずだ。文字通り、命がけの戦いを経験したからな」

「でも! トリーネは本当に貴重な――」

「結果論だよ、テレサ」


 そう言ったのはクララだった。クララはその黒髪に落ち着かない様子で手をやりつつ、眉間に縦皺を寄せていた。


「僕はエディタの話を聞いて納得した。納得しなきゃいけないと思った。ネーミア提督は、司令官の仕事をしたんだ。安易に自分の力ですべてを解決しようとするのではなくて、僕たちそれぞれにやるべき事をさせただけなんだ」

「私は納得できない、そんなの」


 テレサは肩で風を切るようにして、勢いよく部屋から出て行ってしまった。エディタは深く息を吐き、クララは「ああ、もう」と苛立ちを隠そうともしない。


「僕はネーミア提督の思いも、エディタの気持ちも、テレサのやるせなさも、多分だいたい理解できてるつもりなんだ」

「……つらいところさ」


 エディタはよろよろと、出口へと歩き始める。クララもゆったりとした動作で隣に並ぶ。


「エディタ、君に一つ、確認したいことがあるんだよ」

「確認?」

「うん」


 クララはエディタに顔を向けた。二人は見つめ合う格好になる。


「イザベラ・ネーミアってさ、グリエール提督だよね?」

「セイレネスでは、嘘はつけない、か」

「うん」


 クララは頷いた。


「C級だと確証はないかもしれないけど、勘付く子も出てくると思う」


 認証を経て扉が開く。暗い廊下に明かりが灯る。クララは敷居をまたぎながら、「はぁ」と大きく息を吐いた。


「いたたまれないよ。グリエール提督が焼身自殺を図った理由を考えるとね」

「ああ。だけど、であるなら、私たちにできることは」

「提督の期待に応え続けること、かなぁ」


 クララはどこかぼんやりと、そう言った。






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