#11:国家主義と代理戦争

#11-1:イザベラ・ネーミアの登壇

インタビュー

 年が明けた直後に発表されたヴェーラ・グリエール死亡のニュースは、瞬く間に世界を駆け巡った。それはヤーグベルテ国民に、確かに深い悲しみと巨大な不安を与えた。だがしかし、その二ヶ月後に現れた謎めいた歌姫セイレーン、イザベラ・ネーミアの登場によって、ヤーグベルテ全土を襲ったその疼痛とうつうのような痛みは、波が引くように薄れていった。


 マリアの手腕もさることながら、軍としては、このイザベラ・ネーミアの登壇を承認しないわけにはいかない事情があった。まず、イザベラは圧倒的な能力を有していた――元がヴェーラなので当然なのだが。そしてレベッカ一人では、もはや拡大し続ける戦線を支えきれなかった。アーシュオンは今なお「週刊ナイアーラトテップ」と揶揄されるほどの規模で、量産型ナイアーラトテップの生産を続けていたし、通常艦隊の装備も着実に増強されていた。迎撃に当たる四風飛行隊にしても、カティの率いるエウロス飛行隊ですら、看過し得ない損害が発生していて補充もままならない状況が続いていた。


 そしてなにより、二〇九六年初頭は、ヴェーラという一大戦力にして最大のアイドルの喪失ロストという事象は、国民世論を一挙に厭戦えんせん気運へと転換させてしまった。これは政府にとって決して好ましいことではなかった。というのも、島嶼奪還作戦が次々と成功を収め、それによって政権支持率が維持されているという事実があったからだ。


 そんな折の、新たなるディーヴァの登場である。軍としては喉から手が出るほど欲しかった奇跡であり、まさに渡りに船であった。なお、ヴェーラとイザベラが同一人物であるという事実については、軍の中でも極一部の者にしか知らされることはなかった。


 ともあれ、マリアとハーディの周到な根回しの結果、イザベラ・ネーミアによる第一艦隊復活劇は、無事に現実のものとなった。


 そして、二〇九六年四月、第一艦隊の出撃に随伴したカティは、統合首都へ帰還するなり取材を受けていた。相手は情報通信大手アエネアス社のジャーナリスト、サミュエル・ディケンズというどうにも胡散臭い雰囲気の男だった。カティは初対面だったが、名前には聞き覚えがあった。ヴェーラやレベッカが度々取材を受けていた記者の名前だったように思う。だがどうにも「初めまして」であるように思えない。


 既視感かな? 誰に似てるんだろう?


 挨拶と通り一遍のやり取りの最中ずっと、カティは心の中で首を傾げていた。


「取材慣れされてるとは思いますが」

「え?」


 カティは思わず聞き返す。それまでのやり取りがまるで記憶に残っていなかった。


「帰還のたびにマスコミに絡みつかれてうんざりしてるでしょ?」

「それは、いや、まぁ。仕事の一環だと思ってる」

「さすがは女帝ですな。貫禄があります」

「誉め言葉か?」


 カティは腕を組む。ついでに足も組んでやる。


「私のことはサムと呼んでください。改めて、本日はよろしく」

「ああ」


 サムのペースに飲まれそうになりながらも、カティは何とか踏みとどまった。二人は今、撮影用の応接室セットにて、それぞれソファに腰掛けている。カメラマンが一人、二人の周囲をうろついていて、ディレクターとアシスタントたちが周囲をのんびりと動き回っている。ディレクターの隣には情報将校の姿も見える。


「今日は雑誌のデジタルコンテンツの取材でもあります。不都合なことはしゃべらなくて構いません」

「承知している」


 カティは頷き、用意されていたアイスコーヒーを一口飲んだ。カティも何十回も取材を受けているので、こういう場にはすっかり慣れていた。だが、軍からは「女帝のイメージを大事にしろ」と命令されているので、気を抜くわけにはいかなかった。


「さて、では、カティ・メラルティン大佐。早速ですが――」


 そして取材が始まる。その間、カティは無難な受け答えに終始しつつ、サムの姿を抜け目なく観察している。眼鏡に不精髭、短く刈り揃えられた黒髪、現役軍人であると言われても疑う者はいないであろう骨太の体格。茶褐色の瞳は一瞬もカティから逸らされることはない。その表情の隙の無さから、カティは「この男はタダモノではない」と直感する。そしてようやく既視感の正体に気が付いた。


 クロフォード提督だ。この男はクロフォードに似ているんだ。


 そこに気付いて、カティはようやく落ち着いた。漠然とした不安のようなものが「なんだそんなことか」と言わんばかりに氷解していく。


 明らかに上の空になったカティに気付き、サムは二度、咳ばらいをした。カティは慌てて意識を引き戻す。


「メラルティン大佐としては、イザベラ・ネーミアの事をどのようにお考えでしょうか。いきなりの少将待遇という事実もあります」

「どう、というのは」


 カティは脱力してソファに全身を預けた。足は組んだままだ。カメラマンが一枚、写真を撮った。


「つまり、アタシが彼女に対して好意的であるか否か、という質問か?」

「そうです」

「ふむ」


 カティは顎に右手をやり、そしてまた腕を組んだ。


「アタシの意見なんてどうだって良いだろう。アタシには、戦力が補われた事実と、それによりアタシやアーメリング提督の負担が軽減されたという事実。これこそが大事なことだ。私的な意見などどうだっていいだろう」

「グリエール提督とは親しかったと聞いていますが」

「そりゃね」


 カティは肩を竦める。


「知っての通り、同じ屋根の下に住んでいたわけだし」

「そうですね。であれば」


 サムは眼鏡の奥の目を細めた。カティはそれを剣呑な眼差しで弾き返し、半ば以上氷が解けてしまったコーヒーを飲んだ。


「であればですよ、彼女の、イザベラ・ネーミアの仮面の下はもっと気になりませんか?」

「さぁて」


 カティは芝居がかった動作で肩を竦めた。


「彼女が何であったとしても、実績さえ上げてくれれば文句はないさ。三週間前の時点で、その点は十分証明されたと思っている、アタシはね」


 そう言って足を組み替える。カティの紺色の瞳は、サムの不敵な表情をがっしりと捉えている。「こいつは気付いている」と、カティは直感した。だが、カティのような要人が、公の場でそんなことを認める発言をするわけにはいかない。


「あんたのレポート、『国家主義と代理戦争』というヤツを読んだよ」


 そう言って、カティは機先を制した。


「副題は『セルフィッシュ・スタンド』だったな」

「よくご存じで。でも、この発言はカットされるでしょうね」

「だろうな」


 二人は不敵に笑い合う。話題になっているレポートは、書籍として販売されたのだが、紙媒体は即座に回収され、電子媒体は原型を留めないほどの修正を加えられた上に販売停止に追い込まれた。圧力をかけたのは、大統領府だというまことしやかな噂もあった。なお、カティはその紙媒体の一つを持っていたが、今はレベッカが所有者となっていた。


「さて、そういうことなら話を変えましょうか。先日の戦闘の件ですが。仮面を被る者グリームニルの活躍をお聞かせ願えますか」

「中継で見てたんじゃないのか」

「あなたの言葉で語られることが重要なのですよ、メラルティン大佐」


 サムはまるでカウンセラーか何かのように、穏やかな口調でそう言った。

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