新たな提督

 レベッカは目を閉じて、呼吸を整える。発されるただならぬ気配に、レネは全神経を緊張させた。


「ヴェーラが、目を覚ましたわ。さっきね」


 端的な事実の通告に、レネは目を見開いた。レベッカは一つ頷き、そして過程を飛ばして、結論を告げる。


「イザベラ・ネーミアという提督が新たに着任します。私と同じ、Dディーヴァ級です」

「新たに……なるほど」


 レネは事情を察する。その目はレベッカの視線を真っすぐに受け止めている。二人はしばらくの間、見つめ合って沈黙した。


「あなたへのお願いがもう一つあります」

「はい」


 レネは強く頷いた。


をお守りすること、ですね?」

「その通り」


 レベッカは満足げに肯定した。


「お願いできるかしら?」

「もちろんです」


 レネは努めて落ち着いて応じる。その表情には、やや誇らしささえ感じられた。


「詳細は後日連絡しますね。ところで年始は実家に帰ったりするのかしら?」

「いえ、実家はセプテントリオで……」

「ああ、ごめんなさい!」


 レベッカは思わず声を上げた。が、レネは「いえいえ」と右手を振った。


「気になさらないでください。もう過ぎたことですから」

「強いのね、レニーは」

「強い……?」


 レネは首を傾げる。レベッカは微笑んだ。


「あるべきものが失われてもなお、あなたは元気にふるまっている。少なくとも外面的にはね」

「恐縮です」


 レネはその褐色の目を細めた。レベッカはそれを真正面から受け止める。ほんの一瞬、時間が凍る。レネは小さく肩を竦めた。


「隠しきれませんか」

「私にはね」


 レベッカはメニュー表を開きながら軽い口調でそう答える。


「枝豆食べる? ブランド物らしいけど」

「いいですね」

「じゃ、注文しておくわ」


 メニュー表をタップして閉じる。注文完了である。


「あなたもそうだと思うけど、私はある程度その人の記憶や感情に触れることができるわ」

「そうですね。私のはすごく漠然とした、気のせいで済んでしまう程度の感覚なんですけど」


 レネは頷いた。


「わかりました、レベッカさんに隠し事はできませんね」

「ただ、あなたの意志は尊重するわ。根掘り葉掘り聞こうとは思わない」

「いいんです。私もどこかで誰かに聞いてほしいと思っていましたから」


 レネはトマトジュースを飲みながら、少し寂し気に微笑んだ。


「セプテントリオがああなってしまって、私は家族を全て失いました。そこから先は孤児院で育ちましたが、思い出したくないことばかりです。天才少女とか大きく喧伝されましたけど、体のいい隠れ蓑にされただけの話です。生き地獄でしたね、ここに来る前は。ですから、軍の方が私に声を掛けてくださった時は、天の救いだと思いました。地獄から連れ出してくれる上に、敵をやっつける機会まで頂けるなんて、と」

「敵を倒す……アーシュオンの人間を殺すことは、今でもあなたの目的?」

「でしょうね」


 明快に言い切るレネ。レベッカは「ほう」と息を吐く。


「ただ――」

「ただ?」

「アーシュオンが憎いのかと言われれば、確かに憎いんです。でも、セルフィッシュ・スタンド。あの歌で歌われていたのは、マーナガルムのあのエースパイロットの事ですよね?」

「それは」

「あの頃のニュースと歌詞で、私はすぐに気が付きました」


 レベッカの声に重ねるようにして、レネは強い口調で言った。


「あの歌は恋の歌です。別れの歌です。でも、それと同時に感じたのは無念。底知れぬ無念さを、あの歌から私は感じました」

「S級というのは伊達ではないわね」


 レベッカは半ば呆れている。ここまで感じ取ってくれる人物がいると知っていたら、ヴェーラはあんなことをしなかっただろうとさえ、思った。


「配信からずっと、あればかり聴いています。コーラスまで完璧に覚えました」

「す、すごいわね」


 レベッカは両手を上げた。ここに至ってようやく、二人は本当に打ち解けた。


「ところで」


 運ばれてきた枝豆を摘まみながら、レベッカは話題を変える。


「マリア・カワセ大佐の事は知っていますね?」

「もちろんです。戦術の講義で何度も」

「ええ。そうね。それで、今度、マリアも交えてあなたといろいろお話が出来ればなぁと思っています。あなたに一層、興味が湧いたので」

「あ、ありがとうございます」


 若干のクエスチョンマークを浮かべながらも、レネはそう応えた。


 この子になら、ヴェーラを任せられるわ、きっと――。


 レベッカは安堵の息を吐いた。





 



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