レネとレベッカ

 レベッカは携帯端末を右手で弄びながら、電話をしながら去っていくマリアの後姿を見つめていた。ヴェーラとの話を聞いたマリアは、何の疑問を挟むこともなく、後の処理は全て任せろと言った。


 午後五時を回った頃、レベッカは看護師に案内されて病院の裏口から出た。そこには参謀部の車が待っていた。運転手はプルースト中尉だった。


「ハーディ中佐に追い出されましてね」

「そうですか」


 レベッカは上の空で応える。その手は未だ携帯端末をいじくっている。何となくそこに表示されているリストを眺めていて、レベッカは手を止めた。バックミラー越しに、運転席のプルーストと目が合ったが、レベッカはすぐに目を逸らして、携帯端末を耳に当てた。


『レネですが……』

「レベッカ・アーメリングです」

『レベ……えっ?』


 回線の向こうで動揺しているレネの姿を思い、レベッカは少しだけ表情を緩めた。


「まぎれもなく本物ですよ。ところで今から出てくることは可能ですか」

『あ、はい。大丈夫です』


 断れるはずもない、か。レベッカは自分の発した質問に、少し反省した。そして寮まで迎えに行く旨を伝えて、通話を終える。


 十分経たずにレネと合流したが、レネの顔は緊張で引きつっていた。それはそうだ。中将と言えば、士官候補生にとってみれば神様にも等しい存在だ。ましてや絶大な人気を誇る歌手でもある。レネにしてみれば、二重の意味で神にも等しい存在であった。


「ここはね、私たちの思い出のレストランなんです」


 エディットと出会い、そして、別れた場所だ。あの別離わかれから、五年が経過しようとしている。それでもなお、あの瞬間の記憶は生々しく蘇る。レベッカは頭を振って、一度その記憶の励起を鎮めた。そしてドアを開ける。


「お待ちしておりました、閣下」


 フロアマネージャがやってきて恭しく一礼する。その瞬間、店内はざわつきはじめる。それはそうだ。レベッカの顔を知らない国民はいない。ヴェーラとレベッカは、大統領よりもよく顔を知られていたし、有権者以外にもまた絶大な人気を誇っていたからだ。そして、そのレベッカが同伴している少女の、レベッカに勝るとも劣らない美貌もまた注目を集めた。その美貌の少女は、自分が相当に場違いな場所に来てしまったのではないかと狼狽していた。


 フロアマネージャが案内したのはいわゆるVIPルームだった。この部屋であれば好奇の目に晒されることもないし、聞き耳を立てられることもない。ヴェーラとレベッカは、マリアを交えて何度かこの部屋を利用したことがあった。


「ジンジャーエールを二つ、とりあえずお願いします」

「かしこまりました」


 フロアマネージャは一礼して姿を消した。忍者のようだとレネは思った。


「さぁ、おなか空いているでしょう? 好きなものを注文してちょうだい」

「はい……って、どれも高ッ!」

「心の声が漏れてるわよ」

「えっ!?」


 目を白黒させて動揺するレネの顔を見て、レベッカはたまらず吹き出した。


「報告で聞いてるのとだいぶ違うわね。猫は被らなくていいわ。ここはあなたを査定する場面ではないのだから」

「でも、あ、いえ、しかし、あの……」


 赤面して俯くレネ。レベッカは眼鏡を外してテーブルの上に置いた。


「一対一では初めましてね、レネ・グリーグ。ああ、レニーと呼んでもいいかしら」

「えっ、あ、はい! 光栄です、提督」

「この席では提督はやめて。閣下も禁止。ベッキーでいいわよ」

「それは、ちょっと……」


 躊躇うレネを見て、レベッカは「ははは」と声を立てて笑う。


「さすがに呼びにくいわね。じゃぁ、レベッカさんでいいわ」

「あ、はい。アーメ……ちがった、レベッカ……さん」

「よろしい」


 レベッカは仰々しく頷き、そしてメニュー表を開いて適当にタップする。


「まずは適当に注文しちゃうわね」

「はい、お願いします」


 レベッカがメニュー表を閉じると、二人の目の前に「ご注文を受け付けました」という文字が浮かび上がった。


 運ばれてきた見るからに高級そうな料理に目を丸くするレネを面白そうに観察しながら、レベッカはいくつか他愛もない話題を振り、レネの素直な反応を楽しんだ。レネは幼少期から天才少女とも評されていたという記録があり、故郷のセプテントリオの中ではちょっとした有名人だったらしい――ということは、入学前の調査票によってレベッカも知っていた。だが、レネは自分からは一切その話題には触れなかったし、言われても少しも鼻にかけた様子は見られなかった。そのS級の能力と知能を有しながらも、周囲に上手く溶け込んでいると評価される所以ゆえんは、そのあたりにあるのだろうとレベッカは思った。


「あなたが未成年でよかったわ」


 何杯目かのジンジャーエールを飲みながら、レベッカはしみじみと言った。


「私、お酒がまるでダメでね。すぐに潰れちゃうのよ」

「そうなんですか!」


 レネはまた目を丸くする。


「ひどいモノよ。ヴェーラやカティはザルみたいにお酒に強いんだけど。羨ましいわ」

「メラルティン中佐が酒豪というのは納得なんですが、グリエール提督がお酒を嗜むとは存じ上げませんでした」

「あの子、お酒大好きよ」


 微笑みながら、レベッカは明るい色のテーブルフラワーに視線をやった。


「さて」


 レベッカは視線を戻す。レネがオレンジジュースの入ったグラスを持ち上げた所だった。


「本題に入ろうかしら」

「あ、はい」


 レネはジュースを置いて畏まる。レベッカは眼鏡を掛けなおした。


「あなた、ヴェーラ・グリエールについて、どう、思う?」


 その問いに、レネはテーブルを見つめて沈黙する。五秒ほど経ったところで、レネは視線を上げた。


「どう思うかという抽象的な問いへの答えとして、適切か否かはわかりかねますが」

「うん?」

が、衝動ではなく苦悩の末の選択であったとするのなら、それもまた一つの意志の力だと思います」


 明確な言い切りに、レベッカは興味を引かれる。


「その行為の末に、嘆き悲しむ人がいるとしても?」

「セルフィッシュ・スタンドを創られた方が、それを想像できなかったとは、私には到底思えません」


 レネは「あくまで推測に過ぎませんが」と前置きをして続けた。


「グリエール提督は現在も昏睡状態と聞いております。が、仮に……亡くなっていたとしても、回復されるにしても、グリエール提督の意志は成し遂げられると、あの方は計算していたのではないかと思っています」


 はきはきと言葉を積み上げていくその少女に、レベッカは確かに好感を覚えた。


「では聞くけれど、レニー。ヴェーラの意志とは、なんだと思う?」

「それは……戦場に出たことのない自分が言って良いのかわかりませんが――」

「言ってください」


 レベッカはレネの躊躇を一刀両断にした。レネはそれでも数秒程度迷ったが、やがて意を決したように頷いた。


「グリエール提督は、国民に目を覚ませと……そう仰りたかったのではないかと思うのです。私たちは決してただの兵器ではない。傷つくことも死ぬこともあると、そう言いたかったのではないかと。同時に、その、皆の知るヴェーラ・グリエールは、仮面に過ぎない。本当の自分は、今の自分を望んではいない。そういう――」

「あなたの慧眼には感服します」


 レベッカは静かに割り込んだ。


「ところでレニー。あなたはその見解を誰かに披露したことはありますか? たとえばルームメイトとか」

「いいえ」


 レネは首を振る。


「私のルームメイトは、アルマ・アントネスクと、マリオン・シン・ブラックの二名ですが……。あの子たちがS級であるという事にも関係がありますか?」

「あるわ」


 レベッカは頷き、ジンジャーエールを飲み干した。部屋の片隅で待機していた給仕ロボットが、グラスを下げにやってくる。


「承知しました、レベッカさん。ご安心ください」

「助かるわ」


 レベッカはため息を吐き、すっかり片付いたテーブルの上を眺めた。


「さて」


 レベッカが目を上げ、レネの視線を捕える。


「じゃぁ、もう一つ、あなたに秘密を暴露するわ」


 レベッカは静かにそう言った。

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