完成した詞

 レベッカは混乱した。自分が着ていたはずのブラウスが、空いているソファの上にきちんと畳まれて置かれている事実。上半身がほとんど裸であるという事実。そして全く眠った記憶がないという事実……などに対して。


 テーブルの上にあった眼鏡をかけ、下着を直し、ブラウスを着なおす。動揺のためにボタンを一度掛け違う。慌てて付け直そうとするも、指が震えてもどかしい。


「ああ、もう」


 自分に苛立ちつつ壁の時計を見上げると、時刻は午前五時ちょうどだった。外はもう明るくなってきている。


 ようやくボタンを締め直し、幾分冷静になって室内を見回す。ヴェーラとマリアが重なり合うようにしてソファで眠っていた。正確に言えば、マリアはヴェーラの膝に頭を乗せており、ヴェーラはそんなマリアの肩に身を伏せるようにして熟睡していた。


 テーブルの上に目をやると、空になったウィスキーのボトルが一本に、ブランデーが一本、ワインが二本置かれていた。そしてそのボトルの林の間に、電子メモパッドが埋もれていた。何やらいろいろと書き殴られている。


「あ、作詞……」


 すっかり忘れてた!


 レベッカは明日締め切りとなっている作詞依頼の件を思い出す。カティと相談しようと思っていたっきり、すっかり忘却の彼方に追いやってしまっていた。


「できたのかな」


 レベッカは淡い期待を持ちつつ、その電子メモパッドを手に取った。そしてその完成稿と思しき部分に何度か目を通す。



 

 舞い散る雪の華のように 立ち止まったら 消えるもの

 まるで溶け行くためだけに わたしの前に現れて

 その時がやって来てしまったら 辿り着いたら 消えてしまう 

 まるで落ち行く羽根のように わたしを迷い惑わせて


 微笑わらうだけなら お気に召すまま

 声をあげたら 叫んでしまうよ

 だから今 笑いながら手を振るよりも

 みっともないほど 泣きわめきたい


 永遠に あなたにすがって 泣いていたい


 そうさせてって今、誰に言えばいい?

 あの時 何も言えなかった わたしの心は乾いていて

 二人して微笑みあって 握った手のぬくもりさえ忘れて

 最後は そうして手を振って 全て忘れたい、そう口にした


 また会える? けずじまいで

 覚悟の意味も 最後の希望も

 見ずに 聞かずに ただ逃がさないように

 永久とわ別離わかれなんてない そう言って閉じ込めて


 誰に伝えよう? 誰に伝えればいい?

 誰が聞いてくれる? 誰がわかってくれるというの?

 わたしが たたずむ 深い淵に

 わたしが かくした ただひとつの歌




 これって……。


 パッドを持つ手が震えている。レベッカは唇を噛んでそれを何とか止めようとする。だが、力が入らない。


「おはよ、ベッキー」


 突然背後から聞こえたその声に、レベッカは思わず硬直する。その様子を見て、寝起きのヴェーラは小さく笑う。


「見たんだ?」

「え、ええ……」

「わかるでしょ、それ。ヴァリーとの思い出とか、そういうの」

「やっぱり……」

「で、どう?」


 レベッカはその詞をもう一度読んだ。

 

「わがままな人の、良い歌ね」

「わがままな、かぁ」


 ヴェーラはまだ眠っているマリアの髪を撫でながら、微笑んだ。その女神のような美しさに、レベッカは立ち眩みを覚える。


「ああ。そうね」


 レベッカの頭の中に、一つのフレーズがはしる。


「セルフィッシュ・スタンド」

「セルフィッシュ・スタンド?」

「どうかしら」

「ああ! そうか」


 ヴェーラは気付く。タイトルをつけるのを失念していたのだ。


「セルフィッシュはワガママって意味なのは分かるんだけど、スタンドは?」

「いろんな意味があるでしょ? そういうの全部ひっくるめる感じ」

「ああ!」


 ヴェーラは「なるほど!」と頷いた。


「いいね、それいい」


 思わず興奮して声が大きくなったためか、膝で眠っていたマリアが目を覚ました。


「あっ、す、すみません、姉様」

「おはよ、マリア。楽しい夜だったね」


 ヴェーラはマリアの肩をぎゅっと抱き寄せ、囁く。その目はレベッカの胸辺りを見ていた。レベッカは頬を赤くして自分の胸を両手で隠す。そのしぐさがツボに入ったのか、ヴェーラはしばらくケラケラと笑い続けた。


「もういいでしょ、ヴェーラ!」

「あはっ、ごめんごめん。それでね、マリア。この歌のタイトルなんだけどさ。ベッキーが『セルフィッシュ・スタンド』とかどうって」

「セルフィッシュ・スタンド……」


 マリアは何度かそれを呟く。レベッカがおずおずとそのメモパッドをマリアに手渡しながら少し身をかがめる。


「ど、どうかしら……?」

「いいですね! しっくりきます!」


 マリアはニコリと微笑んだ。

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