覚悟の差

 コア連結室に飛び込んだヴェーラは、シートに身体を固定するなりセイレネスを起動させた。その一瞬で五感がセイレネスに溶け込み、それまでの自分の物理的身体と意識が分離する。瞬間に、ヴェーラの意識は撃墜し損ねた一機の飛翔体PBVに追いついた。直後、その中から十個の再突入体が現れる。


「大きい……!」


 それはアーシュオンの新型ミサイルだった。見たことがないほど巨大だ。そして目標は十個に分離した――。


 闇を切り裂いて再突入体たちが超高速で落下していく。断熱圧縮による空力加熱が、プラズマ化した大気が、巨大な再突入体たちを赤熱させる。


「エディタ、わたしがマークした九機を集中攻撃! 上がってきている迎撃ミサイルを全部使って構わない! ベッキー、いる!?」

『もうちょっと待って!』

「急いで!」


 レベッカはまだコア連結室に辿り着いていないのか――ヴェーラは意識の中で爪を噛む。その目は異質な一機の再突入体に向けられている。


『提督、今からでは核は……』

「エディタ、余計なことを考えるな! やらないよりマシだ。良いな、どんな手段を使ってでも、指定した全てを!」

『承知しました!』


 エディタならうまくやってくれるはずだ。ヴェーラはあまりにも不気味な再突入体に取り付こうとした。が、バシッと電撃でも走ったかのようにその手が弾かれる。


「やっぱり……!」


 その再突入体はまるでオーロラでも纏っているかのように輝いていた。断熱圧縮に生じた空気を、何らかの力で全て吸収しているように見えた。


「探査班、こいつの落着地点を割り出して!」

『エイブラハム市です』


 確か百万都市の一つだ。そんな場所に落とすわけにはいかない。


 ヴェーラは奥歯を噛み締める。その間に、レベッカがテキパキと対応指示を出している。そこには着弾後の初動についてのものも含まれている。


『お待たせっ、ヴェーラ!』

「感じるでしょ、こいつ」

『……これ、まさか!』


 上がってきたばかりのレベッカの意識が、明らかに曇る。


『生身でこの加速に耐えられるとは思えないけど……!』

「でも、

『ええ……』


 二人は一斉にその弾頭に取り付く。相手のセイレネスに接触コンタクトする以外、もはや打つ手はない。二人の力をもってしても、その結界をなかなか開けられない。


「君はそこまでして人を殺したいのか!」


 ヴェーラは全精神力を動員して、その輝く無機物を怒鳴りつけた。


 その瞬間、ヴェーラとレベッカは、あの真っ白な空間――論理空間――に招き入れられた。そこはナイアーラトテップと論理戦闘を繰り広げる戦場とまるで同じで、上下左右の感覚があるほかは、ただ白い床が全方位に無限に広がっているだけの空間だった。


「ベッキー、あれ」

「見えてる」


 並んで立つ二人の前方二十メートル程度の所に、黒髪黒瞳の少女が一人、立っていた。陽炎のように揺れる少女の姿は、それまでに倒してきた少女たちとは一線を画していた。明らかに異質で、そして、強力だ。


 ヴェーラとレベッカの手にアサルトライフルが出現する。少女の手には五連装砲身のガトリングがある。火力の差は歴然としている。


「皆、死んでしまえばいい」


 少女は前髪の奥に表情を隠し、そう言った。その瞬間、ガトリングの砲身が回転を始める。ヴェーラとレベッカは目を合わせるなり左右に散り、白い床に壁を生じさせる。やや遅れて飛来した猛烈な火力に、その壁がガリガリと削られていく。狙いなどない、無茶苦茶な射撃だった。だが、それだけに二人は身動きが取れない。


「なぜ、そんなことを思う! 民間人に恨みなんてないはずだ!」


 ヴェーラが射撃の合間をついて怒鳴る。だが少女は首を振り、引き金を引く。引き続ける。


「私は全てを恨む! 呪っている! この世の中を。この世界を!」

「なぜだ!」


 ヴェーラは応射しつつ尋ねる。周囲には熾烈な銃撃音が響き跳ねているのだが、ヴェーラたちの声は正確に相手に届いている。


「なぜ? 私をこんな風にしたのは、世界だ! 何も理解しようとしない連中だ! 知っていてなお目を瞑り、耳を塞ぐ、ただの豚だ!」

「だからって民間人を百万人も殺そうというのか!」


 ヴェーラが撃ち返そうとした時、「待って」とレベッカがそれを手で止めた。


「あなたの本心は違うでしょう、ね?」

「ベッキー、何を……?」


 少女の前に身体を晒すレベッカに、ヴェーラは呆気にとられる。少女は少女で動揺したのか、銃撃を止めた。


「あなたの運んできた他の弾頭は、全て人の住んでいないところに落ちるわ。それこそあなたの最後の良心、たちへの抵抗なんじゃなくて?」

「そんなはずは! 私は、全てを……」

「そしてその全ては迎撃される。被害ゼロとはいかないまでも、想定される最小限のものに収まるはずよ」

「そんなっ!」


 レベッカは少女に向かって一歩、また一歩と近付いていく。少女は震える手でガトリングガンを持ち上げる。ヴェーラはアサルトライフルを構えなおすが、レベッカは左手を横に出してそれを止めた。


「あなたは本当は殺したくなんてないのよ。でしょう?」

「私は死ぬ。一人でなど――」

「あなたをこんなところに閉じ込めたのは誰? ヤーグベルテの人々なんかじゃないでしょう?」

「お前たちがいなければ、ヤーグベルテの連中が素直に戦をやめていれば! 私たちはこんな目に遭わずに済んだ……!」


 ガトリングガンの砲身が回転し始める。だが、レベッカは銃を構えもしない。


「それはね、私たちも同じ思いよ。あなたたちが攻めてきさえしなければ。戦争が続いてさえいなければ。私たちもなんてされなかったかもしれない。ただの人間として、生きられたかもしれない。わかる? 同じなのよ」

「でも、お前たちは死なない。私は……最初から死ぬことが決まっていた。いや、死んでいたと言ってもいい」


 黒髪の少女はニヤリと哂った。砲身は緩やかに回転を続けている。


「私はこの弾頭に物理的に接続されている。手も足もない。最初からそうなるべく、私は……!」


 その瞬間、ヴェーラとレベッカの意識の中に、おぞましい姿が映し出された。手も足もない少女から、無数のコードが生えている。顔面はマスクに覆われていたが、かろうじて見えるその目は虚ろに開かれていた。


「なんてこと……」


 レベッカの手が震えている。


 怒ってるんだ――ヴェーラの心には、レベッカの感情が痛いほど伝わっていた。


「だったら! あなたが恨むべきはその非道をしたアーシュオン! ヤーグベルテの人々を殺して良い理由になんてならない!」

「だったら! 私にと言うのか! 何一つ残せないまま、ただ死ねと!」

「何を残せるというの! 戦う術も持たない人々を大勢虐殺して、それであなたは満足して死ねるの!?」


 レベッカの怒りは苛烈と言っても良いほどだった。


「あなたに道連れにされる人たちの想いはどうなるの!」

「わかるものか、お前たちに! 私は死ぬべくしてここにいる。死ねと言われてここにいる。ならば」

「死んだあなたの事なんて、誰も振り返ったりしない! 誰もあなたのなんて永遠に知ることなんてない。あなたの罪と同じに。私たち以外には、誰も知らないでしょう。誰も語らないでしょう」


 レベッカはアサルトライフルをゆっくりと持ち上げる。黒髪の少女も銃口をレベッカに向けなおす。ヴェーラは固唾を飲んで引き金に指を乗せる。


「だから、私たちにあなたの罪を教えないで。私はあなたを忘れない。教えて、あなたの名前を」

「お前たちにそんなこと! 何がわかるって言うんだ!」


 ガトリングの砲身が回転を始めたその瞬間に、少女の右膝が撃ち抜かれた。少女はたまらず膝をつく。白い床が鮮血に濡れていく。


「ヴェーラっ!?」

「もう時間切れだよ」


 それはヴェーラ自身が驚いたほどの冷たい声だった。


「君は被害者でいるべきなんだ。可哀そうな少女であるべきだったんだ」

「ヴェーラ、それは……」

「ベッキー、君は何をしたかったの。この子に罪を自覚させて、そして何をしたかったの」


 ヴェーラの空色の瞳が、まるで氷のように冷たい。レベッカは言葉に詰まる。


「この子は死ぬ。わたしたちが殺さなくちゃならない。その未来は決まっているのに、ベッキーはこの子に何を求めたわけ? 懺悔? それとも、自死?」


 ヴェーラは躊躇なく少女に近付いていく。レベッカはその場から身動きができない。


「満足して死ねるように、心の準備でもさせようとした?」

「私は……そんなつもりじゃ」

「君の自己満足だ、それは。慈愛という名の自己欺瞞だ」


 ヴェーラは少女の額に銃口を突き付けた。少女はあきらめたように目を閉じた。


「ベッキー、わたしも君に覚悟を問うよ。わたしはいつでも引き金を引ける。でも、君は? ベッキーには、返り血を浴びる覚悟はある?」

「私は……私には……」

「ふふ、いいのさ。君はなんだ」


 ヴェーラは少女に視線を戻し、目を細めた。銃口は静かに黒く輝いている。


「さよなら」


 ヴェーラの白い頬と白金の髪に、鮮やかな朱が差した。

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