レネという少女

 圧倒的過ぎて、言葉が出ない。


 シミュレータから這い出たエディタたちは、首を回したり、ストレッチをしたり、床を爪先で引っ掻いたりと、思い思いの方法で時間を潰していた。だが、誰も喋らない。何を話せばいいのかわからなくなっていたのだ。


 C級の候補生たちは早々に部屋を出て行ったが、エディタたちはなんとなくその場を辞することができなかった。彼女らが見ているのは、レネ・グリーグが乗っていた筐体である。その筐体のそばにはブルクハルトが座り込んでおり、何かの調整を行っているようだった。


「よし、オーケー。レニー、完了だ」

「はい、教官」


 筐体の天蓋が開くと、レネがひょこっと顔を覗かせた。金茶のポニーテールに褐色の瞳を持った、活気にあふれた顔をした美少女である。先ほどの冷徹とも言えるような戦闘指揮をした人物とは同じとは思えないほど、天真爛漫な印象の少女であった。


 ブルクハルトはレネと二言三言会話をすると、さっさとモニタルームへと引っ込んでしまった。ここに至ってようやく、レネは自分が先輩方の視線を一身に受けていることに気が付いた。レネはそんな視線に気圧される様子もなく、ニコリと笑顔を見せる。


「初めまして、みなさん。改めまして、レネ・グリーグです」


 レネは一直線にリーダーであるエディタの所へ歩み寄って、その手を取った。


「よろしくお願い致します、レスコ先輩」

「エディタでいい」

「はい、エディタ先輩。色々教えて頂けると嬉しいです」

「あ、ああ……」


 教えること? あるのか?


 エディタはそんなことを考えつつ、レネの手を握り返す。


「私はS級ですから、確かに能力そのものはあるのかもしれません。でも、私は歯車タイプの人間です。言われたことをするのは得意ですけど、誰かを導いたり的確に動かしたりすることは全然ダメなタイプなんだと思うんです」

「それこそ、経験次第じゃないか」


 エディタは空いてる左手で毛先をくるくると弄びつつ答える。レネは手を離し、微笑んだ。


「しっかり勉強しますね、エディタ先輩」

「あーぁ、こりゃ強力だねー」


 トリーネがレネと握手をしながら、のんびりした口調で言った。


「あたしはトリーネ・ヴィーケネス。エディタは気難しくて内向的なところがあるけど、不器用なだけなんだ。でもたぶん、あたしたち一期生の中ではダントツでオトナだから、安心して接していいよ」

「おい、トリーネ、なんだその紹介は」

「まぁまぁ。今度ご飯でも一緒にいって、お風呂で背中でも流し合おうよ」


 トリーネはそんなことを言いながら、一期生、二期生を紹介していく。レネも同期のロラ・ロレンソとパトリシア・ルクレルクを紹介し、とりあえずはその場は解散となった。


「やれやれ」


 トリーネと共に最後に部屋を出ながら、エディタは呟いた。


「とんでもない実力差だったな」

「気にしてる?」

「そりゃね」


 エディタは歩きながら肩を竦める。トリーネは小さく笑う。


「しょうがないじゃない。でも無力感とか感じる必要はないと思うわよ」

「なんていうか、今日はちょっともうやる気が出ないよ」


 エディタは首を振る。トリーネはそんなエディタの肩に手を回す。


「厳しい訓練受けてきたのに、まだ入学したての子に全然およばなかったぁって、落ち込んでる?」

「まぁ、そんなところだ」

「あーあ、まじめだ」

「悪いか?」

「悪くないよ」


 トリーネは生真面目な顔を作って首を振る。


「やっぱりエディタはいい指揮官になると思うよ。あたしはエディタの下でなら戦えると思うもん」

「トリーネは誰の下でも上手くやれるだろ」

「あたしはエディタが好きなのよ」


 トリーネはエディタの耳元にそう囁く。驚いて立ち止まったエディタを見て、トリーネはクックックと喉で笑う。


「あたしが男だったら、あなたを妊娠させてたかもしれないよ」

「に、に、妊娠……!?」


 エディタの頬が真っ赤に染まる。それを見てトリーネは吹き出した。


「めっちゃ純粋! かわいいんだ」

「お、おちょくるなよ!」


 エディタは目を白黒させながら抗議し、トリーネの背中をぽかぽかと叩く。トリーネはケラケラ笑いながらエディタを強引に抱き寄せた。


「でも好きよ、エディタ。あたし、あなたの事を人間として好きなのよ」

「わ、私も、君の事は嫌いじゃない、けど。あ、でも、そういう意味じゃないし!」

「知ってるわよ。でも覚えておいてね、エディタ。あたしはあなたを人として尊敬しているし、命を預けるに足る人だと思っている。多分、クララやテレサだって同じよ。あたしたちはあなたを信じているの」


 廊下を連れ立って歩く二人は、いつの間にか手を握り合っていた。エディタはふとマリアの掌の感触を思い出す。マリアとトリーネの手はもちろん違っていたが、なんだか緊張して硬くなった心が、柔らかくほぐされていくような、そんな感じを覚えていた。


「こういう言い方はどうかと思うけど。あたしたちはあなたを心から信頼している。だから、あなたはあたしたちの信頼を疑ったらダメだよ。S級が出て来ようが、もしかしたらD級が出て来ようが、あたしはエディタの親友だし、一番に頼れる部下でありたいんだよ」

「トリーネ……」

「感動した?」

「う、うん」


 エディタは素直に肯いた。トリーネはニヤっと笑う。


「じゃぁさぁ、キスしてよ」

「へっ!?」

「キスしてよ」

「キ、キスぅ!?」

「まじめなんだ!」

「え? え?」


 戸惑うエディタの手を引きながら、トリーネは声を上げて笑う。


「冗談だってば! でもしたかったらしてもいいよ!」

「し、しないよ!」

「あはははっ! あなたのって、そんなところだと思うんだよね」

「私の、正体?」


 エディタは左手で顎を摘んで考え込む。トリーネはまたエディタの肩をぐいと抱き寄せた。


「もっと楽にして。あたしたちだって無力じゃない。あなたが全部やる必要なんてないんだから。がんばるあなたのことは本当に大好きだけど、がんばり過ぎてるのを見たら、あたしたちが責任感じちゃう。そこんとこ覚えといて。あたしたちのために、力を抜いて」

「わ、わかった。気を付ける」


 エディタの生真面目な答えを鼻歌交じりに聞きながら、トリーネは自然な動作でエディタと腕を組んでいた。

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