#06-2:ソリスト級、レネ・グリーグ

バーチャルシーケンス

 その数日後、ヴォーカリスト級およびソリスト級、合計八名が一堂に会した。その多くは初顔合わせである。「九十二年四天王」などとマスメディアでは囃子立てられているエディタたち一期生四名、二期生ハンナのV級たちに加え、三期生では二人のV級――ロラ・ロレンソとパトリシア・ルクレルク――とレネ・グリーグというS級が加わった。


「ではさっそくだけど、全員乗り込んでくれ。システム起動後は、各人エディタの指揮に従うように」


 ブルクハルトが号令をかけると、エディタたち八名と、一期および二期生のクワイア級の合計六十八名が黒い筐体に乗り込んだ。


「じゃ、あとは僕はカメラマンに徹するから、善戦するように」


 そんな声を聞きながら、エディタはシステムを起動していく。三年目ともなるともう手慣れたもので、何も意識しないでも起動シーケンスを進めていくことができる。すぐに意識はの波に包み込まれ、闇の中から光の世界へと強引に引き上げられていく。そこはもはや現実リアルと見分けのつかない仮想現実空間バーチャル。エディタたち一期生は重巡洋艦に、二期生、三期生は軽巡洋艦。C級たちは駆逐艦、フリゲート、コルベットを操っているはずだ。


「各員、状況は頭に入っているな?」


 エディタは努めてゆっくりした口調で尋ねた。


「敵は第一および第二艦隊。航空戦力を中心とした打撃群だ。時刻はヒトフタマルマル、天候は快晴」


 そう言ったところで、索敵情報がアップデートされる。


「情報追加。ナイトゴーントが十二機接近中!」

『あいつら苦手』


 トリーネの声が聞こえてくる。その言葉に、三期生以外は間髪入れずに同意する。エディタやトリーネにしてみれば苦戦するような相手ではないのだが、それでもナイトゴーントは非常に煩わしい相手なのだ。セイレネスを貫く攻撃力に、かなりの防御力を有し、その上ひらひらとして捉えにくい。C級にしてみれば圧倒的な脅威であることは変わりないので、無視するわけにもいかない。結果、V級たちの火力の大半を奪われる、この上なく厄介な戦闘ユニットだった。


『レスコ先輩、レネ・グリーグです。よろしいですか?』

「どうした」

『私を先頭に立ててみてはいかがでしょう』

「君を? いけるのか?」

『わかりませんが、ブルクハルト教官にいただいたデータを信じるならば』


 理性的で落ち着いた声に、エディタはフッと息を吐く。


「いいだろう。やってみてくれ」

『承知しました』


 そう応答するなり、レネの操る軽巡洋艦が艦隊の先頭に進み出た。随伴には同じ三期生のロラとパトリシアの軽巡が選ばれた。エディタたちはその場にとどまり、一斉に戦闘態勢に入った。敵の艦載機が一挙襲来してきたからだ。


「レネ、艦載機百二十、ナイトゴーント十二! 対艦ミサイル来るぞ!」

『確認しています。敵機照準介入……完了。ロックオン本艦に付け替え……完了! レスコ先輩、全艦対空砲火を上げてください』

「了解。全艦、対空戦闘用意!」


 エディタはレネが走らせているシステムを覗き見しながら、口笛を吹きたい気分になっていた。澱みなく鮮やかなその手腕は、もはやエディタをも凌駕していた。百機以上の敵機のシステムにほとんど同時に干渉するなど、そもそもが人間わざではない。


「全艦、射撃開始!」


 エディタの合図と共に、計七十六隻が一斉に対空戦闘を開始する。


物理層フィジカルレイヤー、アンダーコントロール! 熱量スレット相殺セットオフ、ターゲットセット! ――コンプリート!』


 数秒後、敵の艦載機とエディタたちの艦隊の中央近傍に、縦横数百メートルにも渡る炎の壁が出現した。ミサイルと、セイレネスの干渉を受けた弾頭が衝突し、本来の数倍ものエネルギーを解き放った結果である。熱量そのもので言えば、一メガトン級以上の核兵器にも匹敵する。


『すごい……』


 トリーネとクララが同時に呟く。テレサは口笛を吹いたようだ。エディタは喉を鳴らし、そして二秒ほど間を置いて我に返る。


「ハンナ、こちらの被害状況報告」

『ありません。無傷です、先輩』


 だろうなと、エディタは頷く。


「敵機は?」

『撃墜は十六。中大破多数ですが、ナイトゴーントは無傷のようです』


 ハンナは戦闘力自体は特筆するべきものはないが、情報の収集や分析能力に関しては、テレサやクララの上を行く。エディタやトリーネほどではないにしても、それでも、艦隊のの役割としては十分過ぎるほどだった。


『レスコ先輩、私とロラ、パトリシアで敵の艦隊を叩きます。先輩方は艦載機をお願いします』

「了解した。三隻でいけるのか?」

『おそらく……』


 そうこうしているうちに、艦載機たちが弾幕射程内に入ってくる。七十隻近い艦艇からの対空砲火は、圧倒的密度で空域を覆い、焼き切っていく。


「クララ、テレサ、トリーネ、艦載機どもを叩け。ハンナは私とともにナイトゴーントだ。C級はそれぞれの担当V級に従え」


 てきぱきと指示を出しながらも、エディタはレネの戦闘状況を注意深く観察している。レネの指揮には迷いがない。エディタの分かる範囲では誤りもない。そして、速い。全てにおいてエディタの上を行っていた。


「経験値もこれじゃ誤差じゃないか」


 自分は二年と少し何をしてきたのか――そんな自問すら湧いてくる。


『はぁぃ、エディタ。今は集中集中!』

「あ、すまない、トリーネ。そうだな。恰好悪いところは見せられないな」

『そういうこと。あたしたちはあたしたちのできる戦いをするだけだよ』


 できることは山ほどある。無力ではない。


 エディタは自分にそう言い聞かせ、上空をうるさく飛び回る蚊蜻蛉ナイトゴーントを次々とロックしていく。


「ハンナ、目標をマークした」

『マーキング確認。隷下部隊に共有。対空戦闘、目標至近。至近クロース戦闘コンバットシーケンス、アンプリファイア・ゲットレディ!』


 ハンナの展開するシステムがエディタの中に音と光となって伝わってくる。いちいちコマンドラインを解読する必要はない。数秒と経たずに、ハンナの戦闘準備が完了する。


「よし、一気に叩き墜とせ!」

『了解しました、先輩。三式弾で行きます』

「三式弾使用を承認する。試作品のデータチェックも実施しろ」

PPC粒子ビーム砲使用許可確認。先輩、非同期で良いですか?』

「各個でやる。隷下の小型艦をうまく使え」

『はい。では、対空戦闘開始します。主目的は――』

「損害ゼロ。敵機の殲滅は急ぐ必要はない」

『了解、味方艦防衛を最優先目標と設定。全艦、撃ち方始め!』


 十二機のナイトゴーントに向けて、二十隻もの艦艇から機関砲から主砲にいたるまで、大小様々な弾頭が弾き出される。それは艦隊の上空を瞬く間に爆炎で彩っていく。


 エディタは半ば自動的に戦闘を続けながら、レネの方を注視し続けている。レネ、ロラ、パトリシアの三人の軽巡が放った火力は、二個艦隊に向けるにはあまりにも微弱だった。常識的に考えれば、空母は愚か、重巡洋艦ですら沈められるか否か怪しいところである。


 だが、その攻撃の結果に、エディタたちは揃って言葉を失う。数秒してようやく、エディタは立ち直る。


「たったの一撃で……? ハンナ、確認できるか?」

『重巡三隻、軽巡四隻、駆逐艦十九隻が戦闘不能。中破艦多数』

「信じられん……」


 レネが放ったたったの一撃で、もはや勝負は決していた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます