赤と白のデュエル
三機の
『シルビア、フォアサイト、下見てみな。M型だ』
「……何ていう悪趣味な造形だ」
以前の、
「それにE型に比べるとずいぶん小さいな」
『駆逐艦くらいの大きさしかないみたいだぜ』
クリスティアンの機体が上空へと移動し始めた。
『強化プラスティックの投入すらケチったってことかな~?』
『エンジンだって、解体寸前の旧型艦の使い回しらしいからな』
「二人とも、無駄話はおしまいだ」
シルビアはそう言いつつ、武装のセーフティを解除する。
「第三艦隊全飛行隊、突撃するぞ! 多弾頭ミサイル、放て!」
五十機もの戦闘機から放たれたミサイルが、いくつもの小弾頭に分裂する。空間の熱量が跳ね上がり、やがてヤーグベルテ側の撃ち放った多弾頭ミサイルの弾頭と衝突する。爆炎は空域を熱しあげ、陽炎と煙幕によって空が歪められる。
シルビアたちはその猛る炎を突っ切り、乱気流の川を強引に渡り切る。ヤーグベルテ第八艦隊の艦載機たちは、数の上ではアーシュオンと同等だったが、練度が違っていた。そもそも、マーナガルム飛行隊が第三艦隊マフデトに正式に移籍させられていたことが、ヤーグベルテ第八艦隊の不幸だった。
「艦隊は放っておけ! 制空戦闘にのみ集中――」
『ちょっと待て、シルビア! やばい、やばいぞ!』
「どうした、クリス」
号令を中断させられたシルビアは、仄かに苛立ちながら、機関砲弾をばらまいた。その直撃を喰らった
『間違いねぇ! エウロスだ! エウロスが来た! 空の女帝がいる!』
「なん……だって……!?」
エウロス飛行隊は別動隊の方に出現したと聞いていた。だからシルビアは、この制空戦闘はアーシュオン側の勝利で終わることを信じていた。
真紅の機体を駆る空の女帝、そして女帝に続く黒塗りのエウロス飛行隊機――。
『エウロスは全部で六機だ! 別動隊の方には女帝が出てきていなかったんだと!』
「くそっ、油断した!」
シルビアは舌打ちしつつ、極至近にいる空の女帝を
「どこだっ」
レーダーには映っていない。肉眼でも発見できない。
その瞬間、シルビアはほとんど自動的に操縦桿を右に倒していた。直後、それまでシルビアがいた空域を機関砲弾の群れが切り裂いた。シルビアの体中の汗腺から汗が噴き出す。シルビアは上下反転の体勢で空の女帝を探す。だが見つからない。二秒もしないうちに再びロックオンアラートが鳴り響く。シルビアは直感を頼りに機体を海面すれすれにまで降下させる。機体が生み出す衝撃波が、海面を叩き割る。機関砲弾が、白波を穿つ。
「くそっ、どこだっ」
空の女帝を視界内に捕らえられない。完全に手玉に取られている。再度のロックオンアラート。シルビアは機体を立てて、オーグメンタを点火した。熾烈な炎が海面を焼き、視界を覆いつくさんばかりの水蒸気を発生させる。まるでロケットのようにシルビアの
『やるじゃないか』
その落ち着いた女の声に、シルビアの思考が一瞬白くなる。その声を聞いた瞬間に、シルビアは相手との実力差を認識せざるを得なくなったのだ。
『だが、そろそろ墜ちな』
暴風のような衝撃が機体を揺らす。シルビアは上昇を止めない。燃え盛る太陽に、ひたすら迫り続ける。追ってくるのは、空の女帝ただ一人。静謐な空を、白と赤、二機の戦闘機が裂き上がる。加速度に歯を食いしばり、しかし操縦桿を握る手を離すことはない。血液が背中側へと集中し、眼球が痛み始める。奥歯の方から妙な音が響く。
限界か――。
『シルビア、すまねぇ、遅くなった!』
「クリス!」
助かった――!
シルビアは一瞬だけ気を緩めた。その瞬間、視界が大きく揺れた。機関砲を喰らったのだ。右の翼の根本付近に大穴が開いている。
「くそっ、これは……」
これ以上の空戦は無理だ。
シルビアは火花を散らす右の翼を睨み、唇を噛んだ。その瞬間、シルビアの視界一杯に真っ赤な機体が入り込んできた。背面飛行でコックピットを接近させてきたのだ。
『勝負は次回に持ち越しだ。僚機に感謝しな』
「舐めた真似を!」
『それとも、今、死ぬか?』
「……ッ!」
完全なる敗北である。自分は生き残ったのではない。殺されなかっただけだ。
シルビアは離れて行く赤い機体を睨みながらも、その事実を認めていた。そしてシルビアの身体は、もはや自由が利かないほどに竦んでいた。空の女帝の気にあてられた、そう言っても良いのかもしれない。
『シルビア、無事か?』
右隣に並んだクリスティアンが気遣ってくる。
「なんとか。だいじょうぶだ。それより戦況は」
『散々だぜ。制空権は見ての通り完全に守り切られたし、M型は集中的な対潜攻撃を受けて何もできずに逃走。得られたものは何一つねぇな』
『まったくだよ。エウロスは全機無傷だし、うちの方は全部で二十機近く墜とされたみたいだ』
フォアサイトがシルビアの左につけてくる。
「ナイアーラトテップもM型の三隻や四隻では、艦隊相手では負けはしないが勝てもしない、ということか」
『そういうこったな』
クリスティアンが疲れた声で肯定する。
『さすがはナイアーラトテップってところで、防御力は鉄壁だ。だが、突破力がねぇ。E型が空母だとしたら、M型は駆逐艦くらいの位置づけだぁな』
「……なるほどな」
シルビアは母艦エルシャ・バインディングを視界に収めつつ、左の掌を右の拳で殴りつけた。
「くそっ、みすみす女帝の引き立て役になってしまったッ!」
『この事実は結構痛ぇな』
クリスティアンが珍しく真面目なトーンで言った。シルビアは鋭い視線で隣を飛ぶクリスティアンの
「わかってる。わかっている」
たったの数分間の交戦で得られたものは、焦燥、恐怖、屈辱……。そして、アーシュオンのトップエースは、ヤーグベルテの女帝の足元にも及ばないという事実の提示である。
『まーまー、シルビア。生還できたことをよしとしようよ、今日の所はさ』
「しかし、フォアサイト――」
『あんたが今々しなきゃならないのは、あたしたちに冷たいコーヒーを奢ること。いいね』
「……わかった」
シルビアは首を振り、肺の中で停滞していた空気を思い切り吐き出した。
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