#04:ヴォーカリストたち

#04-1:傍らの戦い

深淵を覗く時……

 デメテル進水から四ヶ月後、二〇九三年九月――。


 エディタたち四名のヴォーカリスト級の歌姫セイレーンたちは、それぞれシミュレータを経由して最前線の戦いの様子を見つめていた。


 四人が見ているのは、通常の艦対艦の戦闘ではない。ヴェーラと黒髪の少女たちとの――論理戦闘である。物理的な銃撃戦を行っているわけではないのだが、その空間での計算結果が、現実空間――物理層――に反映される。論理層と物理層というのは、ある意味に於いては表裏一体なのである。


 そのほとんど白一色の空間に、黒髪の少女は三人いた。それに対峙するのはヴェーラただ一人。だが、勝負は圧倒的に一方的だった。ヴェーラはほんの一瞬で、三人の少女を血祭りにあげていた。手にしたアサルトライフルから放たれた弾丸は、黒髪の少女たちの急所を確実に撃ち抜いていた。


 その手慣れたとも、無慈悲ともとれる手腕に、四人のヴォーカリストたちは言葉もなく立ちすくんでいる。それは彼女らが想像していたとは、あまりにも乖離したものだったからだ。


「こんなものが……こんなのが私たちの戦いだというのか」


 エディタはひそかに呟いた。もっとも、ここはセイレネスの内だ。他の三人にも、ともすればヴェーラにも聞こえただろう。


『エディタ、見て!』


 トリーネの声がエディタの脳内に響く。エディタは弾かれたように意識を集中させ、視点をに移動させた。


「あの機体は、インターセプタか!」


 十数機のナイトゴーントを従えた薄緑色に発光する戦闘機。まぎれもなく、F108+ISインターセプタ・シュライバーである。


『かれこれ二十回くらいは撃退されてるんだよね、これ』


 クララが言った。エディタは「ああ」と肯定する。そこでテレサが口を挟む。


『でも撃墜はできたことがないのよね?』

「そうだった。致命弾が出る直前くらいにふわっと消えてしまうって、グリエール閣下が仰っていたな」


 当初こそ、「そんな非科学的なことがあるはずがない」と懐疑的な意見を持っていたエディタだったが、そもそもセイレネス自体が科学的とは言えないだ。従来の科学や常識に囚われていては、理解できるものもできなくなる。そんなパラダイムシフトが現に起きているのだ。まずはそれを認めなければならない――エディタはそう悟った。


 セイレネスという技術をもたらしたのは、実はあのヴァラスキャルヴなのだという噂もまことしやかに囁かれている。ヴァラスキャルヴ、もとい、ジョルジュ・ベルリオーズ。あの史上最大の天才と言われる人物であれば、何を思い付いたところで何らの不思議もない。


 エディタの目の前では、デメテルが圧巻の対空射撃を展開していた。空域を薙ぎ払うような、さながらレーザーかレールキャノンによる掃射のような、そんな砲火が撃ち上げられている。それは瞬く間にナイトゴーント数機を爆砕させ、インターセプタを追い詰める。


 エディタの胸にちくりとした痛みが走る。その瞬間にエディタは悟る。この痛みは精神的なものだと。その痛みは波打つように胸の内で広がり、鋭く深く奥へ奥へと進んでいく。


「くっ……なんだこれ」

『エディタ?』


 トリーネの気配が隣に現れる。見えないが、すぐそばにいる。


「胸が、痛い……! 苦しい……ッ」

『ログアウトするのよ、エディタ』

「いや、これは……」


 これは、心の痛みだ。ヴェーラ・グリエールの中心部にある、繊細で鋭利な、何か恐ろしく危険なもの。それに触れてしまったのだ――エディタは何故か強くそう感じた。


「だいじょうぶだ。これはたぶん、グリエール閣下の心の痛み……」

『それなんか、わかるかも』


 トリーネが真っ先にその意見を肯定した。


『閣下もいろいろあったから……』

「そう、だな」


 エディタは敢えて具体例には触れなかった。だが、四人の誰もが、ヴェーラがただならぬ人生を歩んできたことを知っている。


『そういえばさ』


 クララの声が聞こえる。


『グリエール閣下は、何か薬を飲んでるっていう噂があるよ』

「……薬?」

『安定剤じゃないかって言われてるけど』


 安定剤?


 エディタが思わずそれを声に出そうとしたその瞬間、エディタのセイレネスがダウンした。視界が一瞬にして暗転し、上下感覚すら消失する。意識が、まるで強烈な眠気に襲われでもしたかのように細く薄くなっていく。


 意識が消えるその寸前に、エディタは見た。


 前髪の奥で嗤うヴェーラ・グリエールの姿を。ヴェーラが立っているのは、黒髪の少女たちの、無数の死体の山の上だった。


「君はここを覗きこむべきではない」


 ヴェーラの姿をしたその人物は、唇を歪め、はっきりとそう言った。

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