#03:インターセプタ
#03-1:イスランシオとの戦いを経て
巡洋戦艦デメテル
二〇九三年四月――ヤーグベルテ統合首都では、ようやく桜が咲き始めた頃――。
ヴェーラは仏頂面で、眼下に佇む新型巡洋戦艦デメテルを睨んでいた。彼女のいる司令室からは、広大なドックが一望できる。
「で、この巡洋戦艦、メルポメネと比べてどうなの?」
ヴェーラの振り返った先には、デスクで忙しく指示を飛ばし続けているブルクハルト中佐がいる。ブルクハルトは視線を空中投影ディスプレイからヴェーラに移す。
「理論値では七割ってところ、かな」
「七割……」
「理論値で、ね」
「はぁ……」
ヴェーラは苛々と髪の毛を指先で弄った。ブルクハルトは再び空中投影ディスプレイに指先を走らせながら、どこか他人事のように言う。
「あいつらが出てこなければ、まぁ戦えるんじゃないかな」
「あいつらが頻繁に出てくるから困ってるんだよ、教官」
ヴェーラは苦笑しながら腰に手を当てる。
「ナイトゴーントと、イスランシオ大佐の亡霊。あいつらにはほんと手を焼くんだよ。メルポメネですら厄介に思っていたのに、このデメテルじゃ、どう考えても力不足だよ」
「それもそうだね」
ブルクハルトは全くいつも通りの口調でその主張を肯定する。ヴェーラは大きく息を吐き、首を振る。その様子を視界の端でとらえたブルクハルトは「そういえば」とヴェーラを近くに呼び寄せる。
「なになに?」
「今朝方、ホメロス社から送られてきたデータなんだけど、これが新型戦艦のスペックと外観」
空中投影ディスプレイに映し出されたその威容に、ヴェーラは「おおっ」と思わず歓声を上げた。
「これ、すごいね。名前は、ええと……」
「セイレーンEM-AZ」
「いーえむえーずぃ?」
ヴェーラは首を傾げる。ブルクハルトは自分の端末でメールをチェックしながら補足する。
「何の略かはわからないけど、そういう名前らしいよ」
「メルポメネ・マーク2とかじゃないんだ」
「名前が変わるくらい大きな改良ってことだよ」
ブルクハルトはそう言いながら、システム根幹部分、つまり、セイレネスのコアユニットの情報を表示させる。
「概ねこのスペックでいくはずなんだ。物理武装はもちろんの事だけど、セイレネス方面の論理武装が大幅に強化されるんだ。正直僕にもちんぷんかんぷんなコードなんだけど、わかるかい?」
ヴェーラはずらずらと表示される文字列を無表情に追いかける。そして時々唸ったり頷いたりしてみせる。
「すごい。メルポメネ以上にコードが洗練されてる。えと、ここなんだけど、これって艦体制御のモジュールに見えるんだけど」
「さすがヴェーラだね。その通り」
ブルクハルトは満足げに頷いて、再び空中投影ディスプレイに新型戦艦の外観を表示させた。
「セイレーンEM-AZは、極論すると、ヴェーラ単独でも制御できるんだ。メルポメネでは艦の耐久性の限界があったけど、新型戦艦ではその辺を完全にクリアしたんだ。制御モジュールもその辺と完全に同期を取っているから、遠慮することなく艦の限界ギリギリまで操作することができるようになる」
「わたし一人でできるってこと?」
「うん」
ブルクハルトは何故か得意げに点頭する。
「もちろん、君が一人で艦に乗ることはないよ。メルポメネ勤務の兵士たちがそのままスライドしてくるんだ。平時および通常戦闘時は、彼らが主役さ」
「なるほど」
ヴェーラは顎に手をやって、ディスプレイに映し出されたセイレーンEM-AZを睨んだ。
「でも、すごいね。いざという時は総員退艦させても戦えるんだね」
「君が真っ先に退艦するんだよ、そういう時は」
「わたしが貴重な
「そういうことだ」
「あははっ」
ヴェーラは思わず笑った。
「教官はそういうとこドライだよね。普通は、そんなんじゃないよとかフォロー入れるものだと思うけど」
「君相手にそんな気遣いは逆効果だ。違う?」
「はいはい。教官にはかなわないよ」
だろ? と、ブルクハルトは目を細める。ヴェーラは下唇を突き出して、大袈裟に肩を竦めてみせる。
「はは。それはそうと、これから一時間くらい時間はとれるかい?」
「今日は暇だから大丈夫だよ」
「それなら、このコードをチェックしてみて欲しいんだ」
「うん?」
「戦闘力の落ちるデメテルを少しでも強化しようと思ってこっそり組んだコードなんだけど」
ブルクハルトは手近な椅子を一脚引き寄せて、ヴェーラを座らせた。ブルクハルトはノート型端末をヴェーラの方に移動させて、プログラムファイルを一つ開いて見せる。
十分もしないうちに、ヴェーラはブルクハルトの方を振り返る。
「これ、むちゃくちゃピーキーじゃない?」
「わかる?」
「うん。こっちがわたしの今までの戦闘データだよね。で、この数値を元にして、こっちのプログラムに反映させてるわけでしょ?」
ヴェーラはブルクハルトが組んだプログラムをスラスラと解読していく。人間コンパイラみたいだなと、ブルクハルトは感想を持つ。
「やっぱり教官は天才だね。わたしが見るまでもないよ。教官のチューニングなら安心だよ」
「そう言ってもらえると、プログラマ冥利に尽きるね。これからデメテルにこれを組み込むから、いつでもコードは確認できるよ。残念ながら、そう遠くない未来に実戦で試してもらうことになると思うけど」
「遠くて良いんだけどなぁ」
ヴェーラはそう言って大きく伸びをした。ブルクハルトは何本か電話をかけてから、机の中から栄養ドリンクを一本取り出して一気に呷った。
「よし、本気だすぞ」
「もうちょっとゆっくり作業していいよぉ」
「残念ながらデスマーチの最終章だからね、いま」
ブルクハルトはいつも通りにマイペースな口調と表情でそう言ったが、その両手は目にも止まらぬ速さで動いている。その合間で電話を取ったりもしているのだから、ヴェーラはもう驚嘆するほかにない。
「ほんと、教官がいなかったらセイレネスなんてどうにも扱えなかったと思う」
「そうかな?」
ブルクハルトは鼻歌すら歌っている。明らかに状況を楽しんでいる顔である。
「システムってのはね、特定の誰かがいなかったとしても、ちゃんと何とかなるようにできているんだ。不思議なことにね」
「何とかなるようにできている……の?」
「そう。だから、この人がいなかったらとか、そういう仮定にはあまり意味がないんだ。今は僕がいるから、僕がこの辺を仕切ってる。でも仮に僕が今、ストレス性の胃腸炎なんかで倒れたとしても、軍みたいな巨大な組織に於いてはね、システムってのは意外と滞りなく管理されるものなのさ」
達観したように言い放つブルクハルトに、ヴェーラは唸ってしまう。
「でも……だったらね、教官。なんか寂しくないの? 唯一無二であることって、それだけで誇りとかそういうのに繋がるんじゃないかって」
「ははは、個人レベルの虚栄心という意味なら、そうなんだろうね」
ブルクハルトはそう言って、ヴェーラの言葉を切って捨てる。
「残念ながら、僕は隅から隅までシステム屋なのさ。たとえ自分が今死んだとしても、完璧に回り続けるシステムを構築する。誰もが管理できるように整備しておく。そんな具合の僕のシステム屋としてのエゴが、たまたま軍の利害と合致した。それだけなんじゃないかな」
「へぇ……」
あまりにも理路整然と並べられたその主張に、ヴェーラは言葉が紡げない。
「よし、と」
ブルクハルトはいったん空中投影ディスプレイを初期化する。
「デメテルのシステム、セットアップ完了。あとは再起動を見届ければデスマーチ踏破だ」
「まったく、教官がもうちょっとしょぼーい人だったら、わたしはもうちょっと楽できたんじゃないかなーって思うよ」
「逆だよ、逆」
ブルクハルトはやや得意そうに言う。
「システム管理者の能力と、現場の負担ってのは反比例するのさ」
「それは……そうかも」
「だから君はもっと僕に感謝していいと思う」
ブルクハルトはかかってきた電話を取りながらそう言った。ヴェーラは「そうだね」と同意しつつ席を立った。
「でも、教官しかいないと思うんだよねぇ」
ヴェーラはブルクハルトに微笑みかけ、そして部屋を出て行った。
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