#02-3:昇進祝い
夜空を見上げて
カティはジーンズにタンクトップという軽装で、ソファに深々と沈んでいた。溜まりに溜まった疲労により、ついうとうとしてしまう。しかし時刻はまだ午後八時にもなっていない。寝るにはあまりにも早過ぎた。
「遅いな……」
先に一杯やってしまおうかなと、エディットの写真を見ながらカティは考える。
「しかし、強制休暇とはね。お優しい軍隊だ」
伸ばしかけた手を引っ込めて、カティは「うん――っ」と伸びをする。ここ数か月間、エウロス飛行隊は文字通りに不眠不休の戦闘が続いていた。ナイトゴーントによる散発的な空襲や、アーシュオン強行偵察艦隊などへの邀撃任務、他はエウロスの急襲航空母艦リビュエによる哨戒任務が立て続けに入っていたからだ。
現実問題として、ナイトゴーントに確実に対抗できるのは四風飛行隊でもエウロス飛行隊のみである。エウロス、ボレアス、ゼピュロスも超エース揃いの部隊であることは間違いがなかったのだが、それでもエウロス飛行隊の異常な練度には及ばなかった。軍司令部は四風飛行隊の超エースの損耗を避けるため、損耗率が明らかに低いエウロス飛行隊にナイトゴーント対策を一任するという施策を取った。その結果、さしものエウロス飛行隊でもヒューマンエラーに起因する事故が相次ぐようになってしまったという始末だった。
カティにしても、発熱によって倒れるという失態を犯したばかりだった。三日間寝込み、解熱して二日経った今でも、まだ回復しきったとは言えない。
「休暇を明けたらまた使い潰されるんだろうが」
カティは言いながら立ちあがり、「そうだ」と手を打った。今日は晴れていた。もしかしたら星が見えるかもしれない――そんなことを思いながら、コート掛けに掛けておいた革のジャケットを羽織って外に出る。
「ベテルギウス……オリオンか」
南の空に大きく鮮やかに輝いている星座を発見して、カティは呟いた。
「あいつと見た空に似てる」
――きっと何年経っても、冬の空を見上げては同じことを思うんだろう。
寒空の下、やや感傷的になるカティである。その目は確かに潤んでいた。
オレンジ色に輝く大きな星、ベテルギウスは、いつ消え去ってもおかしくない天体なのだとヨーンは言っていた。もしかしたら、もうすでに宇宙のどこにも存在していないかもしれないとも。
「今、アタシたちが見ているのは、六百年前に放たれた光……か」
想像すればするほど、それは不思議な感覚だった。太陽の光だって五分以上前に作られたものだという。でも、太陽が消えると即座に太陽系は崩壊するらしい。それも不思議な話だった。
「冥王星は、どこにあるんだっけ」
カティは携帯端末にインストールしてある、星図のアプリケーションを起動する。そしてその場でぐるぐると回って、「冥王星」という表示を探す。
「あそこか」
地平線の少し上あたりにいるらしい。だが、肉眼で見えるはずもない。場所が正確にわかったとしても、それはあまりにも小さくて、遠い。いるとわかっていても、姿を見ることすら叶わない。ましてや声なんて届くはずもない。
「はぁ……」
カティは溜息を吐く。呼気が白い雲となって、藍色の夜空に消えて行く。
「アタシが中佐だってさ、ヨーン」
カティは満天の星空を見上げながら、自嘲気味な笑みを見せる。たくさん殺したら偉くなる。最善を尽くした結果、より多くの成果を求められた。そしてそれに応えた。そしてその成果として、瞬く間に中佐にまで昇進したのだ。だが、その境遇に嘆きこそすれ、辞めるという選択肢はカティの中には存在しない。ヴェーラとレベッカがあれほど耐えているのに、自分だけ楽をしようという気にはまったくならなかった。二人を助けるためなら、アタシはこれから先も何人でも殺すだろう。そんなことを考えて、カティは自嘲する。
「寒いな」
カティは身震いを一つすると、家に入ろうと門扉に背を向けた。
丁度その時、参謀部の黒塗りの車が、家の前に到着した。
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