それぞれの経歴
部屋に取り残された四人は、互いに顔を見合わせた。昨日の入学式で顔は合わせているものの、未だ会話は成立したことがなかった。過密スケジュールに追われて、それどころではなかったというのもある。
四人はそれぞれ互いの様子を探り、じっと沈黙していたが、トリーネがまず音を上げた。
「あー。えっと、これからずっと一緒にやっていく仲みたいだから、自己紹介とかどう?」
「名案だ」
エディタが頷く。トリーネもその短い黒髪に手をやりつつ頷いた。クララとテレサも同意する。
「じゃぁ、言い出しっぺのあたしから。あたしはトリーネ・ヴィーケネス。実家はすぐそばにある地元民だよ。両親ともに海軍だったから、軍の誘いに一も二もなく乗っかったっていうわけ」
トリーネは自信に満ちた声でそう自己紹介した。
「まぁ、まさかそんなに能力があったなんて思いもしなかったけど。あ、ちなみにレベッカ派です!」
「いきなりレベッカ派か。私はどっちもコンプ済みだが」
エディタが机の上に腰掛けながら言った。美少女ではあるのだが、その九頭身にもなろうかというスタイルの良さが、少々男性的な所作をも美しく見せる。
「私はエディタ・レスコ。北部出身だ。突然軍の使いが来たと思ったら、いつの間にかここに送り込まれていた。趣味はネットと読書、あとは筋トレだ」
「根暗なのかアクティヴなのかわからない人ね」
トリーネはそう感想を述べた。だが、見た目のサバサバした印象のおかげなのか、そこには嫌味な感じはない。エディタは「ふ」と鼻で笑う。
「私の住んでいた場所は限界集落みたいなものだったから、そのくらいしかすることがなかった。それだけだ」
「都会に出てきた気分は?」
「便利だが、空気が臭い」
エディタはニヤっと笑いながらそう断じた。トリーネも似たような表情を見せる。
「あたしたち、仲良くやっていけそうね、エディタ」
「そう願いたいね。都会人に馬鹿にされないようにせいぜい頑張るさ」
「今度、統合首都案内してあげるわ」
「お言葉に甘えて」
エディタはトリーネを値踏みしつつ、そう応じた。そして思い出したように言う。
「君の趣味を聞いていなかったな」
「あたしの?」
トリーネもまた、エディタの事をぬかりなく観察していた。
「うーん、歌かな? 音楽学校行こうと思ってたから。ピアノも自信あるよ」
「へぇ」
エディタは素直に関心した。エディタはと言えば、人前で歌ったりしたことなどなかったし、楽器も弾けない。むしろ男子と一緒に野球をしたりサッカーをしたりすることの方が多かったのだ。
「あたしたちには共通点は全くないけど、よろしくね、エディタ」
「異文化コミュニケーションだと思って頑張るさ」
「はは、面白いこと言うのね、エディタ」
トリーネは快活に声を立てて笑う。エディタもつられて苦笑した。その時、「あのさー」と、取り残されていたクララが声を上げた。
「二人で盛り上がってるところ悪いけど、僕たちの事忘れてない?」
「ああ、すまない。君は――」
「僕はクララ。クララ・リカーリ。南部出身だよ」
クララは黒髪に黒褐色の瞳をした、落ち着いた雰囲気の少女である。エディタたちと同じ十六歳であるはずだったが、その沈着冷静な空気感から、より年上に見られることが多かった。
「何回か陸戦に巻き込まれたこともあるんだ。おかげで十二歳で戦災孤児さ」
あっけらかんと言い放つクララに対し、エディタたちはかける言葉がない。今時分、戦災孤児は珍しくもない。ここ数年だけ考えても、数万からの戦災孤児が生まれている計算になるのだ。
「僕は施設から出られると聞いて、二つ返事で軍の誘いを受けたんだ。その上、アーシュオンにこの手で復讐できるかもしれないって思ったら、もう居ても立ってもいられないよ」
なるほどなと、エディタは思う。先ほどまでのどこか大人びたクララと、今こうして嬉々として復讐を語るクララ。同一人物とは思えないほど、雰囲気が違っていた。だが、これが自然なんだろうとも思う。幼くして身寄りを失い、施設では恐らくは過酷な生活を強いられてきたのだろう。アーシュオンへの個人的な憎悪が高まったところで、誰にも責めることはできない。
「だから僕は、さっさと前線に就いて、一隻でも多くの敵を沈めたいんだ。願わくば、本土にミサイルを撃ち込むくらいはしたいね。でっかい奴をさ」
「まぁ、落ち着きなさいよ、クララ」
興奮し始めたクララをやんわりと諫めた少女は、肩を竦めながら会話のバトンを受け取る。
「私はテレサ・ファルナ。セプテントリオ出身」
セプテントリオ?
エディタたち三人の声が重なった。それもそのはずだ。あの町はインスマウスによる自爆攻撃によって壊滅したはずだからだ。
「まぁ、そういう顔にもなるわよね。でもね、生き残りってのはどこにでもいるわけ。私の家は跡形もなく吹っ飛んだけど、たまたま旅行に出ていたおかげで家族は全員無事よ」
「そ、そうか。ラッキーだったな」
エディタが思わず言ったが、テレサは「どうだか」と頬を引っ掻いた。
「友達はみんな死んだわ」
「……すまない」
「いいのよ。幸運だったのは間違いないんだから。V級だかで発現したのも何か運命めいたものを感じるわ。私もクララと同じ、復讐のために軍の誘いを受けたクチね」
テレサは頬杖をつき、隣のクララを見やる。クララはテレサに同族意識でも覚えたのか、何度か
エディタは立ち上がり、教室の出入り口を親指で指し示す。
「私たちはそれぞれ事情があるようだけれど、今後ともよろしく頼む。脱落なんてするなよ?」
「誰にモノ言ってんのよ」
トリーネは鼻から息を吐きつつそう応じ、右手を前に出した。意図を察したクララとテレサが、そこに自分の右手を重ねていく。エディタも慌てて戻ってきて、そこに手を重ねた。それを待って、トリーネはにこりと微笑んだ。
「仲良く競い合っていきましょ。よろしくねっ」
仲間……か。エディタは少しだけ胸の高鳴りを感じたのだった。
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