#01-3:Pessimistic days

半年間の懊悩

 エディットの葬儀から半年が過ぎた頃、二〇九一年八月――。


 第六課の執務室――かつてのエディットの部屋――で、ハーディがデスクチェアに身体を深く沈め、腕を組みつつ呟いた。


「うまくいかないものね」

「そりゃそうでしょう」


 そう応じたのはプルースト中尉だった。その言葉にはいささか棘がある。応接用のソファに腰を下ろしたプルーストの前には、レーマン少佐が無表情に腕を組んで座っている。


「あの子たちが気付かないはずがなかったんですよ」

「そう、だな」

「だから葬儀には出るなと言ったんですよ」


 プルーストはエディットに好意を持っていた。だからなおさら、暗殺計画には猛反対の立場を取っていた。だが彼とて軍、いや、政府による圧力には膝を折れた。結果、彼は傍観者となってしまった。もはや何をもすることのあたわぬ立場である。ハーディは大きく息を吐き、そして呟いた。


「だが、いずれは露呈する。ならばあの場で、早いうちにそうと知った方が」

「だったら、もっとちゃんとケアするべきだったんです。撃たれてそれで終わりにできるとでも思っていたんですか」

「プルースト、言葉が過ぎるぞ」


 レーマンが口を挟んだが、プルーストは憤懣やる方ないといった表情で言い募る。


「第一、中佐がやる必要なんてなかった。今後のセイレネスの計画、どうするつもりなんですか」

「私以外には殺させたくなかった。私は傍観者ではありたくなかった!」

「だからって!」


 プルーストは拳を握りしめて立ち上がる。


「だったら、死に物狂いで止めたら良かったんじゃないですかね! 暗殺計画を知っていたのだから――」

「そんなものではないことは、お前も良く知っているだろう、プルースト」


 レーマンがプルーストに座るように促す。しかし、プルーストは首を振る。


「結局、あなたはその椅子が欲しかっただけでしょう、ハーディ中佐」

「プルースト!」


 レーマンが怒鳴りつける。だが、プルーストはさっさと踵を返して部屋を出て行ってしまった。ハーディにもレーマンにも止められないほどの殺気を放ちながら。


「あいつは大佐の事を敬愛していましたからね」

「知っている」


 ハーディは苦虫を嚙み潰したような表情を見せる。そして眼鏡を外して、眉間に手をやった。


「だが、私に何が出来たというのだ、レーマン。あの状況に於いて、私に何が出来ただろう」

「わかりません」


 レーマンはその厳つい顔に無表情を張り付けて、静かにコーヒーを飲んだ。


「ルフェーブル大佐もろともに消されていた方が良かったとでも言うのか」

「どうでしょうね」


 レーマンは肩を竦める。


「ただ自分に言えるのは、保身は悪ではないということですよ。シビリアンコントロールとはすなわち、長いものに巻かれるべき文化です。上手く巻けない、巻かれようとしない要素は、その場で廃棄されてしまう。それが組織論です。ルフェーブル大佐は、阻害要因になり得た。だから、前もって排除された。それだけの話です」

「ドライ、だな」

「自ら引き金を引いたあなたに言われたくはありませんが」


 レーマンの痛烈な皮肉に、ハーディはいっそう顔を歪めた。レーマンはそれを意にも介さずに、テーブルの上に放置されていたタブレット端末を手に取った。


「……このデータは裏付けがあるのですか」

「間違いない。ブルクハルト少佐も確認済みだ」

「あの戦いの結果、これだけのセイレネスの素質保有者が現れた、ということですか」

「肯定だ」


 あの戦い――ヴェーラとレベッカが、三体のナイアーラトテップを撃破殲滅した海戦のことである。


 士官学校襲撃事件の時にすでに明らかになっていたが、セイレネスはほかの人間の脳、それもとりわけ深い論理層に作用する。その刺激によって、その人間に歌姫セイレーンの能力が発現する可能性があることはその当時からずっとブルクハルトが示唆していたのだが、先般の戦いに至るまで、発現したという報告は全くのゼロだった。


 そこで技術本部によって考え出された実験が、「セイレネス同士の衝突」であった。海戦において超兵器オーパーツである「ナイアーラトテップ」が登場してくる機会を待ち構えていた参謀本部および技術本部は、満場一致でヴェーラたちとナイアーラトテップの正面対決を行うことを決定した。そのは無事に完了し、めでたく歌姫セイレーン候補者が多数発現した次第である。


「ですが中佐。この、発現が十代の女子に限定されている……というのは?」

「ああ、私も気になっていた。だが、それゆえのセイレネスなのかもしれん」

「はぁ……」


 釈然としない様子のレーマンを見て、ハーディは前髪に手をやって一筋弄ぶ。


「中佐。歌姫養成科の話は……」

「実現するだろう。もうとっくに予算は通っている」

「……ずいぶんと早いですね」


 レーマンは呆れ顔で肩を竦めた。


を受けて、即座に予算案を出したからな。大統領の動きも早かった」

「実験、ですか」

「ああ。そうだ」


 ハーディは吐き捨てるように肯定する。レーマンは小さく溜息を吐いた。


「たまったもんじゃありませんな」

「誰かがやらねばならんのだ、こういう仕事はな」

「ならば中佐。二人の歌姫たちを呼び出す必要もありましょう」

「……誰にも、できんか」

「中佐以外にはね、今のところは」


 レーマンはそう言うと巨躯を揺らして立ち上がった。ハーディは眼鏡を掛けなおし、椅子を壁に向けた。レーマンが出て行き、ドアが閉まる。


「あなたはたいした人だったんだ」


 エディット・ルフェーブル――。


 軍を怨むことはできない。結局、引き金を引いたのは私なのだから。


 ハーディは俯いて、奥歯を噛み締めた。



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