おまけ■五月三十日(土) 望 3

 望が山麓園に戻ると、黒やピンクの軽自動車、紫のスクーターなどが停まっていた。


「じゃ、美佐を偲ぶってことで、今日は乾杯はなしで」


 金髪の二十代半ばくらいの男の発声で、偲ぶ会が始まった。偲ぶ会と言っても、芸能人のように式次第があるわけではなく、ただ美佐を偲んで飲み食いするだけだ。


「あれ、何か飲み物多くない?」


 望が博之に訊くと、博之は頷いた。


「会費は取らないかもしれないって連絡したら、みんな、飲み物とか食べ物持ってきてくれたんだ」


 見ると、テーブルの真ん中には、林田の母が差し入れたオードブルの他に、フライドチキンやサラダがある。脇には缶酎ハイが十本ほど立っている。


「あたし、美佐が前にいた居酒屋のバイトが一緒でさぁ。本当はもっと友達多かったんだよ。だけどみんな、変なイベントに連れていかれて、それで距離ができちゃったから、今さら友達面して出られないって、来なかったんだ」


 二十歳くらいの女の子がそんなことを言い出した。同じくらいの年齢の男も頷いた。


「ああ、俺はファーストフードで一緒だったけど、こっちもそんな感じ。俺は初めてバイトに入ったとき親切にしてもらったから、変なイベントに連れていかれたときはがっかりしたけど、目が覚めたらまた前みたいに、ときどきみんなで飲めると思って……」


 そこで男の言葉が切れた。目に涙が浮かんでいる。


「ほんと、美佐いい子なのにさぁ。いいように利用されちゃって、しかもこんな目に遭うなんて……」


 最初に言った女の子も泣き出した。


 その話を聞いて、博之も涙ぐんでいる。


 それを見ながら望は、西尾や林田の母があれだけネットワークビジネスを止める理由が判った気がした。


 本当なら美佐には、もっとたくさんの友達がいて、こんなことになったら泣いてくれたはずだったのだ。


 来てくれた友達はみんな、手土産に飲み物や食べ物を持ってきてくれている。

 本当にいい人たちなのだ。


「美佐さんが、あの変なビジネスと手を切ったら、みんな美佐さんのこと受け入れてくれたのかなぁ」


 望が呟くと、最初に発声をした男が困った顔になった。


「人による。また変なとこにハマったら嫌だからもう距離は置きたいって奴もいるし、あの変なのやめるの待ってる奴らもいた。そのビジネスの奴に殺されたっていうから、『俺がもっと止めとけば殺されなかったかもしれない』って言って、今日来なかった」


「そんな……。その人のせいじゃないのに」


「俺も、来いって言ったんだけど、美佐に合わせる顔がないってさ」


「えー、美佐さんだったら絶対、来てくれたら喜ぶのに」


「俺もそう言ったんだけどさ。……怖いよな。俺の別の友達も、別の似たような会社にハマって友達なくしたし、本当にろくでもないのがはびこりやがって。……あ、ここ禁煙なんだっけ」


 男は咥えた煙草を箱に戻した。


「……すみません」


 勢いで望が謝る。


「おまえが決めたルールじゃないだろ。まあ飲めよ。……って未成年だっけ。ここじゃ飲めないな」


「すみません」


「でもいいよ。美佐が育ったところだろ。あいつはこういうところの出身だって隠してたから、どんなひどいところだったんだろうって思ったけど、ちゃんとしたところじゃん。少し安心した。もしかして、施設で虐待とかされてたのかって心配してたんだ。最近ニュースでときどきあるじゃん」


「そうっすね。でもここの人たちはみんな、厳しいけど、俺らのことちゃんと考えてくれてるんすよ。今ここにはいないけど、施設の人と学校の先生が協力して、港町高校に入った子もいるし」


「すげえよな。もとから頭もいいんだろうけど、さすがに塾とか通えないじゃん。自力だろ?」


 男が驚かないところを見ると、美佐がその話をしたのかもしれない。実際、望も自分のことを知ってる友達に「うちの施設から港町高校に入った子が出た。俺仲いいんだ」と自慢したし、意外とみんな話しているのかもしれない。


「通信教育は補助金で取れるんすよ。その子はそれで勉強してたみたいです」


「えー、俺もやったけど、すぐ出さなくなって、送られて来たのも封も開けなくなって、親に怒られてやめちゃったよ。ちゃんと続けるっていうのはやっぱりすごいんだよな」


 言って男は自分のグラスに瓶ビールを注いだ。


「美佐と知り合って、俺もっとちゃんとしなきゃって思ったんだ。美佐も博之も根性あるじゃん。俺なんていい年して、バイトやめても家あるしーとか思ってたから、家賃払えなくなったらホームレスしかないって言われてびっくりして、それなのにあいつらいつも笑ってるじゃん。すげえよな」


「まあ俺ら、先の不安なんて考えたら生きていけないから、考えないようにしてるだけなんすけどね」


「でもすごいよ。俺甘えてるって、初めてちゃんと自覚したんだ。だから今は、前の親方に頭下げて、もう一度職人として鍛えてくれってお願いして、現場に入ってる」


「職人さんなんですね、すごいじゃないっすか」


 望の言葉に、男は苦笑いした。


「高校中退して親の会社継ぐって言ったら、親父が怒って、『おまえみたいな奴には継がせん。継ぎたいならよそで修業して来い』って言うのに、その『よそ』も一年でやめたから親父怒っちゃってさー。仕事選ばなきゃバイトはあるからいいじゃん、って生きてたけど、美佐に『そこまで言ってくれる親がいるのに何してるんだ』って怒られて、そのときはえーって思ったけど、しばらくしてからじわじわきて、今ちゃんと職人やってるんだ。美佐のおかげだよ。……何でおまえが泣くんだよ」


 男の苦笑いに、望は自分が泣いていることに気づいた。


「美佐さん、やっぱりちゃんとしてんじゃんって思って。俺も博之さんも、美佐さんに面倒見てもらったから、変なビジネスにハマったのも心配だったし、早く目を覚ましてほしいって思ってたのに……」


「そっか」


 男は小さく頷いて、席を立った。しばらくして、烏龍茶のペットボトルを持って戻ってくる。


「まあ飲め」


「ありがとうございます」


 男がグラスに烏龍茶を注いでくれる。望がそれを飲むと小さく笑って、望の肩をぽんと叩いた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます