■五月二十七日(水) 栄美 1

 スマホ画面を見ると、母親からだった。手で夏凛たちに合図して、栄美は食堂の端に移った。

 眼前に港町の夜景が広がる。レースのカーテンをしているだけなので、夜景がよく見えるのだ。


 昔は百万ドル、今は一千万ドルの夜景として港町市が喧伝している夜景だ。確かに緩やかな坂から海に向かって光が散らばり、高速道路の明かりが線を描き、色とりどりの光が見える。


「はい、もしもし」


『もしもし、元気にしてる?』


 母親の声がスマホから響く。


「うん、元気よ」


『やっぱり思ったんだけど、前払いで払った今週の分が終わったら、ホテルに移動しない? いつまでも迷惑かけるわけにはいかないし』


「え、でもこういうところは収入があんまりないから、部屋代が入る分には助かるって言ってもらったし、家に帰れるようになるまでいてもいいんじゃないの?」


 思わず栄美は反論した。この施設は予想外にとても居心地がよかった。もちろん夏凛と親しいからというのは一番の理由だが、先ほどのように他の施設の子とも、意外と話が合うのだ。


『一人の子にあんまり深入りするのはどうかなぁ。あ、別に施設の子がどうって言うつもりはないのよ。美佐ちゃんもそこの出身だしね。それは構わないんだけど、一人の子に深く関わるよりは、広く浅くいろんな子と話をして、まあできればうちのこととかにはあんまり踏み込ませずにいた方がいいんじゃないかと思って』


「あたし、一人の子と仲良くなっちゃダメなの?」


 栄美が思わず訊き返した。


『今は時期がまずいわ。今回の件が一段落したら、仲がいい子の方が、心の教室にだって誘いやすいし商品の良さを判ってもらえるけど……』


「何それ! あたしは別に家の仕事のために友達つくるんじゃない! 林田くんは奇跡的に他の子に黙っててくれたけど、次はないよ! あたしここに来て、いろんな子と普通に話せて、こんなに楽しいの人生で初めてなのに……」


『話なら会員さんのお子さんや妹さんでも』


「それは友達じゃない!!」


 思わず栄美は大声を上げてしまった。


「もうあたし、家の仕事手伝わない! 絶対に嫌!!」


 栄美は勢いでスマホを耳から離して、『通話終了』をタップする。それから、食堂中の視線が自分に向いているのに気づいてため息をついた。


 まだ食事は終わっていない。


 栄美は自分の席に戻った。横の夏凛はほぼ食べ終えている。


「児童養護施設はダメだって?」


 夏凛がひじをついて皮肉な顔で笑う。


「じゃなくて、一人の子に深入りするのがダメなんだって。意味わからない」


「これでもし、たとえば日下部さんちに来週は泊めてもらって、そのときも同じことを言ったら、お母さんの本音が、『一人の子に深入りするな』だよね」


「じゃあその日下部さんって人に泊まりに来てもらえば、一人じゃなくて二人になってOKってこと?」


 望が夏凛の向こうでそんなことを言いだした。


「それいいじゃん。日下部さんって西尾さんと家族ぐるみで付き合いあるんでしょ。勧誘されないだろうし、されても何とかなるだろうし、ほんとに呼んでみる?」


 夏凛が乗ってきた。


「日下部さん、呼んだら来てくれると思う?」


 栄美が訊くと、夏凛はいたずらっぽい表情になった。


「どうだろうね。来ても不思議はない雰囲気はあるよね。栄美、ケータイのアドレスか何か交換してたよね?」


「LINEだけど、呼んでみる?」


 栄美が恐る恐る言うと、夏凛はにやっと笑って頷いた。

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