□五月二十日(水) 元

 モーニングコールで目覚めて、はじめはベッドで伸びをした。


 昨日の夕方、自宅マンションの前にスポーツ紙の記者がいると連絡を受けて、急遽港町市街のホテルに泊まった。昨日も遅くまで会員が紹介した人に会っていたので、妻とは会っていない。


 リモコンでテレビをつける。それからポットのお茶を入れようと立ち上がると、テレビから思いもよらない音が流れてきた。


『プラスアルファというこの団体は、港町市内で最近勢力を伸ばしている団体で、原島美佐さんはこの団体が推薦する商品を勧誘していました。警察が事情を訊いている男は、この勧誘を受けた際のトラブルで殺害に至ったとみられています』


 予想外の内容に、元はホテル備え付けのカップを持ったままテレビに見入ってしまった。

 テレビには元たちが住んでいるマンションが、モザイク付きで映されている。


『ご夫婦でいつもスーツで出勤してるから、サラリーマンの夫婦だと思ってました』


『お嬢さんも優秀だしねえ』


 顔から下しか映されていないが、顔見知りの近所の主婦たちだと分かる。

 続いてスタジオにカメラが移り、元たちプラスアルファのシステムをフリップを使って紹介していく。


 そもそも元たちプラスアルファのシステムは単純だ。しかも、元が考えたものですらない。プラスアルファの前に五年間、夫婦でやっていた会社のシステムをほぼそのまま流用しただけだ。

 その会社はネットワークビジネスから撤退して、今はエステやヒーリングサロンに健康補助食品を売る会社になっている。その会社がネットワークビジネスから撤退するというので、元たちは夫婦で今の会社を立ち上げたのだ。

 ある意味、深く考えずに今のシステムを採用したと言ってもいい。


 もっとも、深く考えていなかったのは元だけだ。

 その時点ですでに現在のように、メインで動くのは秋保、決断をするのも秋保、特約店以下会員からの売り上げをまとめるのも秋保の仕事だった。元の仕事は「山村先生」と呼ばれ、理念を述べるだけ。


 それでいいと思っていた。元だって本を出したり、プラスアルファを権威付けする仕事をしている。適材適所だ。


『このプラスアルファは実際は社長夫人であり自身も常務の立場についている女性が仕切っているという話もあり、インタビューを試みましたが、断られてしまいました』


 その言葉に、元は思わず携帯電話の電源を入れてみた。秋保から「切っておいた方がいい」と言われたのだ。


 電源が入った途端に電話が鳴った。非通知設定だ。


 無視してマナーモードにする。電話が切れるとまた非通知からの電話。相手にしているとキリがないので、メールを取得してから機内モードにした。今日会う予定だった相手からキャンセルのメールが入っている。


『会う約束をしていた相手が、事件の報道を見て、また今度にしてほしいと言いだしました。先生に来ていただくはずだったのに申し訳ありません』


 他に三件も似たような内容だった。今日入っていた約束がすべてキャンセルだ。


 ……よりにもよって、うちのイベント会場で殺さなくても。


 元は自分勝手なことを思ってため息をついた。

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