□五月十八日(月) 夏凛 2
結局、食堂の隣にある集会所を通夜・葬式に使うように小学生たちがメインで働いて場所を作った。
夏凛が美佐と仲良くなかったのは吉田が特に知っているのでお声はかからず、夏凛が呼ばれたのはすべての準備が終わったあとだった。
来いと言われたので、制服を着て出席した。幸か不幸かバイトが入っていなかった。入っていれば、通夜に出ずに済んだのかもしれない。
そうは思ったが、セット料金の中でも一番安い花に囲まれた美佐を見ると、夏凛は何も言えなくなった。
美佐は死んでしまったのだ。もう文句は言えない。博之を誘うなとも言えない。何も言えない。
花に囲まれた硬い表情。
言われるままに焼香を済ませて、夏凛は自席に戻った。
大嫌いな女だったが、それでも本気で死んでほしいと思っていたわけではない。
そのとき夏凛の横に、望が焼香を済ませて戻ってきた。ふっと夏凛が横目で見ると、制服姿で座布団に正座して、望が泣いていた。ぽろぽろと涙をこぼして、それでも両手を膝の上でぎゅっと握りしめている。
……博之も、ここにいたかっただろうな。
夏凛はふと思った。通夜と葬式の間だけ夏凛が代わることで参加させられるならしてもよかったが、もちろん日本の司法はそんなに甘くない。西尾に電話して頼んだが、「それは無理だよ」の一言で一蹴されてしまった。
通夜終了後に弁当を食堂で食べる。通夜ぶるまいだ。
さすがにしんみりとした雰囲気で、話題は美佐のことがメインだった。全員が同じ時間に揃って食堂にいるのは珍しい。いつもは二時間の幅があるので、それぞれのタイミングで食事をとるのだ。
夏凛の右横には望、左横には吉田が座った。
「美佐、一度はあきらめた美容師の勉強を再開したところだったみたいよ」
吉田が誰にともなく呟く。
「……俺、最近一度だけ、博之さんと一緒に美佐さんに会ってるんだよ。今までになく明るくて楽しそうで、夏凛が怒ってるの知らなければ俺だって誘われちゃいそうな感じだった」
望がぼそぼそと言う。
「マルチはダメよ! 一見楽しそうでも、人間関係全部搾り取られて何もなくなったらそこで捨てられるんだからね!」
吉田がきつい口調で望に言う。望は黙って頷いた。
「判ってるよ。夏凛が博之さんに説教してるの聞いてた。俺、友達少ないし、その少ない友達連れてってそれで避けられるのつらいし、やる気はないよ」
「ああいう人たちは、充実してるように見せてるだけだからね。楽しそうに見せてるだけで本当に楽しいわけじゃないからね!」
「……そうかなぁ」
吉田の言葉に、望はひじをついてため息をついた。普段なら、「ひじをつかない!」と叱る吉田が、もの言いたげな表情で望を見て、それから黙ってため息をついた。
「俺も博之さんも、美佐さん本気で楽しそうってとこで意見は一致したんだよ。ぶっちゃけマルチの方はうまくいってなかったみたいだった。『社長の奥さんがいい人なんだよ。今度紹介するね』って言ってた」
「……それ、奥さんから改めて勧誘されるよ」
夏凛があきれて突っ込んだ。
「いや、だからまあその、勧誘はされるだろうけど、……美佐が奥さんのこと大好きで、だからそういう怪しげなイベントに行くのが楽しかったのも、本当なんじゃないかなって、俺たち思ったんだよ」
望がぼそぼそと呟く。
夏凛の斜めまで、吉田がため息をついた。
「美佐も、一見コワ系なのに中身さみしがり屋の何も考えてない系だからね。さみしがり屋はともかく、ちゃんと考えてくれてればよかったのに」
吉田がポケットからハンカチを出して涙をぬぐう。
ただの職員だと思っていた吉田が、こんな風に美佐の通夜で泣くなんて、夏凛には予想外だった。
……もしかして、あたしが死んでも、こんな風に泣くのかな。
それは初めての発想だった。今まで他人がそういう意味で自分に興味を持っているなんて考えたこともなかった。吉田のことも、仕事として自分たちに接しているのだと思っていた。
──その西尾さんって人は大丈夫なの?
さっきの吉田の言葉。きつい口調の詰問だと思っていた。けれど本当に夏凛や博之のことを心配してくれているのかもしれない。
正直、今までもし西尾が自分を騙していても、自分一人だけで食い止めればどうでもいいと思っていた。
博之も望も自分が守る。それでいいと思っていた。
「吉田さん、西尾さんのこと、おかしいと思ったらすぐに報告するから、よろしく」
夏凛が呟くと、吉田は一瞬、本当に驚いた顔になり、それからくしゃくしゃっと顔をゆがめた。本気で泣き顔だ。
「夏凛まで殺されないでよ。本当にお願いよ」
「判ってる。博之も犯人じゃない。あたしが守る」
夏凛の言葉に、吉田は夏凛の左手首を掴んだ。
「夏凛だけじゃない。わたしもみんな、博之がやってないと信じてる。というか知ってる。あの子が勢い余って殺すだけならともかく、偽装工作はしないわ」
吉田が囁くように低い声で言う。
「夏凛が博之のために動きたい気持ちは判る。否定はしないけど、何かあったらすぐに相談して」
「……判った」
夏凛が頷くと、吉田はほっとしたように表情を緩めた。
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