■五月十七日(日) 隼人 4

 西尾の言葉通り、駐車場から十分以上歩いて、西尾の職場に着いた。


 港古電鉄こうこでんてつおよびJRの港町みなとまち駅から歩いて十分程度の交差点にあるビルの一室。三階まで階段で上ったところにある入り口には『風野探偵事務所』と書かれている。


「博之は!?」


 ドアを開けるなり、女の甲高い声が響いた。


 隼人が声のした方を見ると、事務所の奥にある応接セット、ソファから立ち上がった皆川夏凛がいた。真っ青なTシャツに黒い短パン、水色のニーハイソックスという派手ないでたちである。目の周りに少し化粧をしているようだ。


「皆川、さん?」


 学校での印象とは全然違う。私服だと不良少女のようだ。学校では、セーラー服の制服をそのままで着ていて、当然化粧もしていない。


「……林田?」


「俺が『さん』つけたのに呼び捨てかよ」


「あたし林田嫌いなんだよ」


 隼人が軽く文句を言うと、夏凛は顎をくいっと上げて隼人を睨みつけた。


「んだと!」


「チャラチャラして親の金で塾行かせてもらって遊び半分でうちの学校来てさぁ。マジむかつく」


 あまりの言い草に隼人が絶句してしまうと、西尾が苦笑いして、夏凛の肩をぽんぽんと叩いた。


「そう言ってやるなよ。まあ座れ。……隼人。飲み物、烏龍ウーロン茶と緑茶と麦茶とアイスコーヒー、どれがいい? 全部ペットボトルだから味は期待するな」


「じゃあ烏龍茶で」


「所長、烏龍茶ひとつお願いします!」


 西尾の言葉に、パーティションから男が一人立ち上がった。眼鏡をかけてよれよれのスーツを着た六十歳前の男だ。


「了解。博之くんは返してもらえなかったのかね?」


「重要参考人だそうです。……あ、隼人もこっち座ってくれ」


 西尾が、夏凛の斜め前の席を指す。仕方がないので隼人は仏頂面でその席に腰を下ろした。

 案の定、夏凛が嫌そうに顔をそむける。


「夏凛、態度悪すぎ」


 西尾が注意して、夏凛の横に腰を下ろした。

 それから夏凛はため息をついて西尾を見る。


「例のプラスアルファ、栄美えいみん家がやってるってほんと?」


「残念ながら本当だよ。それ判ってて友達になったわけじゃないんだな?」


 西尾が夏凛に確認する。夏凛は不機嫌な表情で爪を噛んだ。


「あたしにそんな高等技術が使えるわけないじゃん」


「それは判る気がする」


 苦笑いしながら西尾が頷いた。


「で、一方隼人は、プラスアルファのイベントに連れて行かれてるんだよな? 最初から知ってたんだよな?」


「はじめは、ふんわりと、ただのイベントって言われたんだよ。で、行ったら会員の人たちがありがたいお話とかしてて、さすがにドン引きして二回目の誘いを断ったら、『設営の手伝いだけでもしてほしい』って言われて」


 そこで言葉を切ると、西尾は大きくため息をついて、腕を組んだ。


「死体を発見した、と。……ていうかおまえ、ついていくなよ。あやしいイベントだって知ってて着いてって、設営だけで済むわけないだろ」


「……栄美は、あたしに金がないこと、判ってたから誘わなかったのかな」


 夏凛が小さく呟いた。西尾が表情を緩めて、夏凛の頭をぽんと叩く。


「連れて行ったら、こいつみたいにドン引きされてそれで終わり、っていうのが判ってたからおまえのこと誘わなかったんだろ」


 西尾の言葉に、夏凛は黙って唇を噛んだ。


「絶対に博之は助けてやるから。……ところで隼人。おまえが見つけた時、被害者は亡くなってたんだな?」


 不意に話を振られて、隼人はあわてて西尾の顔を見た。頷く。


「はい。念のため脈を取ったけど、全然動いてなくてビビりましたよ」


「脈取ったのかよ。度胸あるな。……で、もう死後硬直始まってた感じ?」


「いや、たぶん、普通に柔らかかったし、まだ体温も少しあった感じ。……亡くなってすぐ、ですかね」


「たぶんね。……で、被害者は、山村栄美も名前を覚えてる、かなり熱心な会員なんだな?」


「みたいだね。『美佐さん』って言ってたし」


 隼人の返事に、西尾はため息交じりに頷いた。それから夏凛に向き直る。


「で、夏凛、おまえもその被害者を知ってるんだな? ……原島美佐。おまえの住んでる施設の卒園者だな」


「あたしあの女嫌いなんだよ。何あいつ最後の最後まで迷惑かけやがって。死ぬなら博之と関係ないところで勝手に死にやがれ」


 夏凛が吐き捨てるように言う。


「もしかして、いじめられた?」


 隼人が訊くと、夏凛は眉間に大きなしわを寄せた。


「いじめではないけど、宿題させられた。あいつが最初だったんだよ。いや、それまでも博之がバカだから勉強見てやってたんだけどさ。『天才なんでしょ、やって』とか言いやがって悔しかったから『教科書見せろ』って言って解いてやったら、それからあたしがあいつの宿題係になるって、納得いかねえ」


「……あの人、けっこう年上に見えたけど、俺らと年齢近いの?」


 隼人は首を傾げた。


「七つか八つ上じゃなかったっけ」


 西尾が答える。

 今度は隼人が顔をしかめる番だった。


「え、そんな年上の人の宿題を、いつやるんだ?」


「あたしが小五のとき、あいつが高二で、あいつバカ学校だから、あたしでもあいつの宿題解けたんだよ」


「小学生が? 高校生の宿題を?」


 しつこく訊き返した隼人に、夏凛は嫌そうに手をひらひらと振った。


 そのときそっと所長が、烏龍茶が入ったグラスを隼人の前に置いた。目が合ったので、隼人が黙って会釈すると、所長は笑顔を作って頷き、何も言わずに離れる。


「だからあいつバカ学校だったんだって。博之もバカだから、学年上の教科書はちょいちょい見て、勉強手伝ってたんだよ」


「それにしたって、小学生が、高校生の宿題を解いたのか?」


 隼人がくり返すと、西尾がため息をついた。それから右手を握ってその親指で夏凛を指す。


「こいつ、リアルに天才だから」


「それにしたって、天才すぎでしょう?」


「だからそういうのを『天才』って言うんだろ」


 西尾が涼しい顔で応える。


「この話はここまで。……要するに、被害者のことを夏凛も知ってて、当然博之も知ってるわけだな?」


「あたしは『知ってる』だけ。博之は、恋人になったことはないはずだけど、友達付き合いは続いてたみたい。めっちゃ仲いいよ、あいつら」


 夏凛が大人しく答える。


「夏凛の知る限り、博之が美佐を恨んだりしてたと思うか?」


 西尾の質問に、夏凛は露骨に眉をひそめた。


「えー、恨んでないでしょ。例のプラスアルファだって、美佐の紹介だったんだし。あいつ、あたしがあんなに言っても『やめない』ってがんばってたんだから、美佐を恨む理由はないんじゃない? むしろ美佐のこと『いい人たちを紹介してくれた』くらい思ってそう。ほんとバカなんだから!」


「で、次、隼人」


 不意に名前を呼ばれて、隼人は驚いて顔を上げた。先ほど所長が持ってきてくれた烏龍茶をテーブルに置く。


「もう一度確認するけど、おまえが山村栄美と公民館に行ったとき、もうすでに被害者は亡くなってたんだな?」


「うん。まだ手は硬くなってなかったけど、脈が本当になくてびっくりした」


「おまえ、本当に度胸があるな。でも次からそんなことするなよ。絶対に触るな。毒とか塗ってあったら最悪おまえも死ぬぞ」


 西尾が隼人に注意してから、手元のグラスに入ったアイスコーヒーを飲んだ。


「死後硬直はだいたい二時間後くらいに始まるから、まだ亡くなった直後、ってことだな。なるほど、そこに博之が現れたから、実は最初からそこにいたんじゃないかって思われたわけか」


「……今までの博之の行動パターンから考えて、もし何かあって博之が美佐を殺してたら、博之は泣きながらあたしに電話かけてきて、『美佐を殺しちゃった、どうしよう』って言う。実際、さっきだって『美佐が死んじゃってる。どうしよう。どうしたらいい?』って泣きながらあたしに電話してきたわけだし。もしその前に殺してたら、それをしらばっくれるとかそんな高等技術、あいつに使えるわけがない」


「まあ、だから俺が身元引受人になったわけだしな。夏凛、ちゃんと俺に連絡くれてよかったよ」


 言って西尾は立ち上がった。


「格安価格で引き受けてくれる弁護人はアテがあるから、連絡してみる。本人との面談次第だが、基本的には否認の方向だな。他に気を付けた方がいいこととかあるか? あいつの親とかどうなってる?」


「博之は、本当に親がいなくてうちの施設に来た子。だからあいつ、家族にめっちゃ幻想を持ってるんだよ


「幻想ねえ」


 苦笑いした西尾に頓着せず、夏凛は靴を脱いで応接セットのソファに座ったまま足を抱えた。


「幻想だよ。母親だったら自分を愛してくれるとか、家族がいればもっと幸せとか、そんなの家族がいい人だった場合限定じゃん」


 小さい声だが反論を許さない夏凛の口調に、隼人は絶句してしまった。


 西尾が、夏凛の頭にぽんと手を置いた。


「結婚がすべてを解決するとは思わないけど、結婚相手は自分で選べる。そうじゃなくても成人して本気で家族になりたいと思う人間がいて、相手も同意してくれれば、家族になれる。そのときはちゃんとした人間をお互いに選んで家族になればいい」


「きれいごと言いやがって」


「きれいごとだって言う奴も多いが、俺は、生まれた家族はいろいろあったけど、今の家族は幸せだぞ」


「自分はそう思ってるのに、家族は『こいつさえいなければ』って思ってたりして」


 夏凛が毒づく。

 隼人は思わず口を挟んだ。


「西尾さんは、おまえのクラスの西尾潤の親父。潤は親父さん尊敬してるぞ」


「……西尾潤?」


 本気で考え込んだ夏凛に、隼人はがっくりとため息をついた。逆に西尾がおかしそうに笑う。


「あいつ、存在感ないんだな」


「西尾、潤? ……西尾潤、うーーん」


 本気で考え込んでいる夏凛に、西尾はポンと肩をたたいた。


「ムリしないでいい。俺とは全然タイプが違って、港町高校にがっつり溶け込みそうな、大人しい男子だ」


「あー、……ごめん。えーと、あたし識別できないかも」


 珍しく夏凛が遠慮したような様子で口を開いた。西尾が大きく頷く。


「大丈夫だ。おまえがあいつを識別することは期待してない。まあさすがに、おまえが潤をいじめたら嫌だけどな」


「あたし、他人をいじめたりしないよ。ムカついたら喧嘩になったりはするけどね。正直、あたしの邪魔をしない大人しい奴は目に入らない」


「別に誰も、他人の邪魔なんてしないんじゃねえの?」


 隼人が言うと、西尾が右の眉をぴくりと上げた。夏凛が肩をすくめる。


「いるよ。あたしみたいな奴が自分より成績いいのが気に入らないって喧嘩売ってくる、すっげえムカつく奴」


「えー天才なんだろ。じゃあ勝てなくてもしょうがないじゃん」


 答えながら隼人は、でも自分だったら夏凛に負けるのは悔しいから、勉強は頑張るかもな、とも思った。

 それを読んだかのように西尾が大きく頷く。


「負けて悔しいから勉強頑張る、というのは正しいライバル意識な。負けて悔しいから足を引っ張る、っていうのがダメなライバル意識」


「うわー最悪」


 隼人が顔をしかめると、西尾はおかしそうに笑った。


「おまえ、意外とちゃんと育ってるよな」


「意外とって失礼な。俺、潤たちとしょっちゅう母親の仕事場に顔出してるから、いろんな子見てるし、ちゃんとしてますよ」


「あー、判る。おまえの親父も同じ。誤解されやすいけど、基本は素直でいい奴なんだよ」


「……そう言われると、それはそれで嫌なんですけど」


 隼人の返事に、西尾は笑って隼人の肩をたたいた。


「まあおまえら二人とも、今回の件、新聞に出ると思うけど、学校で話題になっても加わるな。……夏凛、ちゃんと博之助けるように手配するから、先走るなよ」


「そんなの判ってる」


 夏凛が挑戦的な表情で西尾を睨んだ。

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