■五月十七日(日) 隼人 3

「隼人は俺の仕事場に来るの初めてだよな」


 隼人を助手席に乗せて車を出し、西尾が訊いた。


「初めてですよ。普通、友達のお父さんの職場なんか行かないでしょう」


「職種によるだろ。喫茶店やバイクショップだったら行くぞ」


「西尾さん、喫茶店とかバイクショップに勤めてるんですか?」


 隼人が首を傾げると、西尾は苦笑いした。


「確かに違うな。まあ、うちになんて用がない方がいいんだが」


「何やってるんですか?」


 不穏当な物言いに、隼人は眉をひそめた。


「探偵。……と言ってもアニメや映画みたいに警察の仕事手伝ったりはしてないぞ。浮気調査とか素行調査とか、そんな感じ」


「へえ」


 考えてみれば、潤とは親しいのに、その父親の仕事は何も知らなかった。


 車が港町市街を進む。

 港町駅付近は車が多く、あちこち渋滞しているのをよく見かけるが、西尾は混まない道を知っているのだろう、すいすい進んでいる。


「喫茶店と言えば、なおみの父親の職場には行ったことありますよ」


 隼人が言うと、西尾はふっと表情をほころばせた。


 なおみの父親は、授業参観その他子供の行事にはマメに顔を出していた。入学式も父親が同伴していたはずだ。母親が忙しいらしい。


「ああ、あいつコーヒー淹れるのうまいだろ。このご時世にはちょっと高めの値段設定だが、おいしいコーヒーが飲みたいときは行ってやってくれよ」


 西尾がやわらかい表情で言ったときだった。


「駐車場に着いたぞ。ちょっと離れてるんで歩くが、勘弁してくれ」


「大丈夫です」


 隼人の返事に、西尾は小さく笑ってウインカーを出した。

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