第38話 第三の紋章



 ―――『あたしたちに起きた事件が、このノートに既に書かれていたからだよ』。


 蛟ちゃんが言った言葉の意味が分からず、ぼくは眉を寄せる。赤間と黒江も、反応しなかった。ただ、彼女が手に持っていたぼくのノートに、視線が釘付けになる。


 何を言ってるんだろうか。


 首を傾げて、疑問を口にする前に、蛟ちゃんが喋り始める。屋城と大蛇は腕を組んで、蛟ちゃんが語るのを待っていた。蛟ちゃんはノートをパラッと捲った。視線をノートに向けたまま、口を開く。


「―――ある時、団の中で内部分裂が起きた。暴走したパープルボアにより、団員との軋轢が生まれてしまい、騎士団の誇りである旗が奪われる事態となる―――」


「ぶはっ!」


 突然、黒聖闇書ブラックホーリーダークコデックスの内容を読み上げられ、動揺して吹きだしながら、ぼくは地面に手と膝を付いた。赤間が一瞬ぼくを見たが、それ以上に蛟ちゃんの読み上げた中身が気になったのか、視線を彼女に戻す。


「何の話だ?」


 黒江も首を傾げている。


「パープルボアの設定だよ」


「もう止めて!」


 叫びながら手を伸ばしたぼくに、スタジャンくんが後ろから邪魔をする。羽交い締めにされて、ジタバタするが、赤間も黒江も助けてくれなかった。


「騎士団の誇りである旗を奪われて、レッドドッグたちと取り戻すんだ。以来、レッドドッグとパープルボアはライバルであり、よき友になるんだ!」


 蛟ちゃんがノートを掲げて、大声で宣言する。赤間は「ハァ?」と腕を組んで蛟ちゃんを睨んだ。顎に手を当てて考えながら、黒江が聞く。


「それは、そのノートの内容か?」


「そうだよ。そして、事実なのよ」


「え?」


 暴れていたぼくも、その言葉に顔を上げる。蛟ちゃんの表情は真面目で、横に居る大蛇はやや顔色が悪い。蛟ちゃんはチラッと屋城を見た。


「実は、赤間、アンタと大蛇がやりあった辺りはね、アタシたちマッドライダーズの中で、ちょっとした離反があったんだ。大蛇にはいつも言ってんだけど、アタシたちは走り屋で、ケンカ屋じゃない」


 蛟ちゃんがそう言って、顎で大蛇を指す。大蛇は肩を小さくして、申し訳なさそうな表情をする。察するに、大蛇が赤間に突っかかったように、しょっちゅう同じようなケンカを起こしていたのだろう。それを、姉である蛟が間に入って仲裁してきたりしたに違いない。


「とは言っても、バカが集まりゃ、ケンカもする。多目に見てた部分もあるんだけどさ。あの日は最悪だった。ケンカして離反した奴がね、マッドライダーズの命でもある、チームの旗を盗んだんだよ」


「え……」


 ぼくはその言葉に、ドクンと心臓が鳴った。


「盗んだ野郎、この辺を仕切るデカいチーム『幽鬼』へ入る手土産に、マッドライダーズの旗を盗んだんだ」


 幽鬼の名に、黒江がピクッと眉間を動かした。眉を寄せ、目を細める。


 幽鬼と言えば、掲示板でも名前が上がる大きいチームのはずだ。そこに入る為に旗を盗むなんて、かなり大それた事を、その人物はしたようだ。


「屋城が追ってくれたんだけど、既に幽鬼の縄張りでね。返り討ちにあって、このざまよ」


 溜め息を吐きながら、蛟ちゃんは屋城の方を見た。屋城の怪我は、そう言う理由だったらしい。そう考えると、幽鬼ってチームは相当ヤバそうなチームだと解る。出来れば関わり合いになりたくないんだけど。


「幽鬼……か……」


 黒江は呟いて瞼を伏せた。話を整理していたのか、黙っていた赤間が蛟ちゃんの方を見た。


「まあ―――状況が同じなのは解るけどよ」


「言ったでしょ。パープルボアはレッドドッグたちと協力して、旗を取り戻す。あたしらは、旗を取り戻したいんだ。弟が突っかかった事は謝るよ」


 頭を下げる蛟ちゃんに続いて、大蛇も頭を下げる。こんな事を言ってるけど、元は弱点が書いてあると思ってノートを盗んだんだから、彼女たちは本当は赤間を弱点で脅そうとしたんだろう。それを、ノートを見て作戦を変えたんだ。


「ねえ、そんなの聞く必要―――」


 なくない? ないよね? そう思って口を開いたぼくに被せるように、黙っていた黒江が唇を開いた。


「もしかして、紋章があるのか?」


 え? 紋章?


 黒江の言った意味が分からず、目を瞬かせる。次いで、意味を理解して、ぼくは蛟ちゃんの方を見た。


「あるよ。大蛇」


「―――はぁ……」


 大蛇が溜め息を吐く。蛟ちゃんに睨まれ、渋々といった様子で、大蛇はジャケットを脱いで中に着ていたインナーを脱いだ。盛り上がった胸筋に、割れた腹筋。体格が良いとは思ったけど、身体も相当鍛えている。その、左胸の上に、見覚えのある紋章があった。


 円の中に、ヘビを模したS字を描き、そこに斜めの線が走っている。パープルボアの紋章だ。だが、ぼくの描いた紋章とは、若干異なっていた。半分、無いのだ。


「それと、あたし」


 蛟ちゃんが襟元を寛げて、右胸の辺りを見せる。ブブブブラジャーが見えてますがっ。ブラジャーに殆ど隠れていたけど、同じ紋章の残り半分が、刻まれているのが解る。


「パ、パープルボアっ……」


 ぼくは顔を真っ赤にしつつ、そう呟く。レッドドッグにブラックドラゴン。それに続いて、一つの紋章を分け合った紫藤姉弟―――パープルボアが、ぼくの目の前に現れたのだ。



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